第4話 アイカツおじさんと手塚治虫 ~復活編~
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※この物語は、くれぐれもフィクションである。
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2018年5月27日(日)。
「はい、これでポイント貯まりましたので次回の入館は無料になります。いつもありがとうございます」
手塚治虫記念館に入場した権助は、慣れた足取りで二階の企画展示エリア入口に設置された『アイカツ!』筐体へとやってきた。
「こういうのは、待ち時間が長いものから順に回るのがコツだ」
と、まるでテーマパークのヘビーリピーターのようなことを呟きながら、今日もスターライト学園の学生証をセットし、マイキャラ・ゴンスケちゃんを呼び出した。
「よし、今日は久しぶりに劇場版のスリーピングオーロラコーデを着せて遊ぶぞ」
あの時の「最後のお別れ」とは一体なんだったのか。この男、既に三度目の来館である。
「うん、やはり『START DASH SENSATION』は何度遊んでもすばらしい曲だな。それじゃあ、また今度」
プレイを終えて、展示エリアの中へ。今日は正規の順路での観覧である。
「おお、ダブルエムのドレスに、リリエンヌのロゼッタソーンコーデだ……! あ~、なるほど。こういう素材で出来ていたのか……」
ガラスの向こうに見える5着のドレスに目を奪われる。どれも過去の展示には無かった衣装だ。権助が繰り返し来館している理由の一つが、この定期的な衣装展示の変更である。「芸能人はカードが命」という『アイカツ!』のキャッチコピー通り、アイカツ!カードを基に作られた美麗なドレスは展示の花形であり、これは細かな装飾まで間近で見られる貴重な機会なのだ。
この「テヅカツ!」の素晴らしいところは、一度展示したらそれで終わりではなく、期間中に繰り返し展示内容を更新することだ。
衣装展示のような目立つ箇所はもちろんのこと、展示期間中『アイカツスターズ!』の放送が進むのに合わせて「サブタイトル&ステージ曲リスト」や「キャラクター相関図」といった細かい部分までをも……修正シール対応ではなく展示パネルごと新調するという手抜かりのなさで……随時、最新情報に更新していたのには、いつもながらアイカツ!に関わるスタッフの愛を感じずにはいられないのであった。
「そして、更新されたのは展示物だけではない」
そう語る権助の手には、新たに販売が開始された手塚治虫×アイカツ!のコラボグッズが大量に抱えられていた。この後にイベントが控えているというのに、すぐ欲に負けて手荷物を増やす男である。
「11時か……そろそろ会場へ向かうとしよう」
そのイベントとは『アイカツスターズ!特別上映会』。ゲストの生コメンタリー付きで『アイカツスターズ!』を鑑賞するという趣旨は権助が前回参加した時と同じだが、今回は佐藤監督・伊藤プロデューサーに加え、主人公・虹野ゆめ役の富田美憂と双葉アリア役の前田佳織里のキャスト二人をゲストに呼び、定員も午前・午後の各回300人ずつと6倍の規模になっている。
手塚治虫記念館を出て、西へ。
宝塚大劇場を横目に見ながら、すっかり葉桜となった「花のみち」を歩くこと10分。阪急宝塚駅に直結する商店街・ソリオ宝塚の3Fに、会場となるソリオホールがあった。係員に整理券を見せて入場すると、前回とは比較にならない大スクリーンに『アイカツスターズ!』二年目のメインビジュアルが映し出されているのが見えた。権助は整理券に書かれた番号に従い、整然と並べられたパイプ椅子の一つに座った。正面ほぼゼロズレ、前から三列目という良席である。
「皆さん、こんにちは! 『アイカツスターズ!特別上映会』へようこそ!」
声優や地元FMのラジオパーソナリティーとして活躍するmioが司会として登壇し、まずは前回と同じく佐藤監督と伊藤Pの二人を呼んで上映会をスタートした。最初に上映するのは、第38話「アイカツニューイヤー!」。
「オープニング曲は『1,2,Sing for You!』ですね。『アイカツ!』シリーズでは異例で、『スターズ!』の一年目にだけオープニングが3曲あるんですけど、これはローラにもS4戦を戦える曲が欲しくて用意してもらったんです」
「『スターズ!』は二年目があるかどうか、なかなか決まらなくて、お話をどこに着地させるのかが難しかったですね。番組は二年で終わりましたけど、もし続いた時のための、幻の三年目構想もあります」
「エンディングのテロップの色、スタッフがゆめちゃんで、歌詞が小春ちゃんのカラーになってるんですよ」
(今回もすごい裏話ばかりだ……来た甲斐があったぞ)
あっという間の30分。続くお話の上映……の前に、二人の声優が登壇する。
「こんにちは~! 虹野ゆめ役の富田美憂です」
「ほよ~! 双葉アリア役の前田佳織里です! 今日はよろしくお願いします!」
(おお……本物のゆめちゃんとアリアちゃんの声だ)
これまでの『アイカツ!』『アイカツスターズ!』のイベントは主に歌唱担当のSTAR☆ANISやAIKATSU☆STARS!が行っており、声優が登壇するのはせいぜい劇場版の舞台挨拶ぐらいだったため、これは非常に新鮮である。そんな珍しいキャストを見て、演技は達者なのに二人とも若いな、と権助は思った。
『アイカツ!』シリーズは主に中学校が舞台ということでキャストには若年者の起用が多い。そして、基本的に3か月または半年で完結してしまう深夜アニメに比べて、数年単位でのレギュラー番組であるため、今や若手声優の成長に最適な登竜門的な存在となっているのだ。事実、諸星すみれ、田所あずさ、大橋彩香、黒沢ともよ、下地紫野、高田憂希etc……と、この番組でレギュラーを持ち、ブレイクした声優は数多い。
「お二人とも、オーディションに合格した時のお気持ちはどうでしたか?」
「私は、ゆめちゃんに決まったことが信じられなくて、マネージャーさんに『もう一回言ってもらっていいですか?』って聞き直しちゃいました」
「私は……嬉しすぎて大号泣しました」
と、軽いインタビューの後、続く第77話「花言葉にのせて」の上映が始まった。
「弟の友達が家に遊びに来た時、ゆめちゃんの声を出したら『わ~、似てる!』って言われました。本物なのに~!」
「アリアちゃん役を演じてから、データカードダス筐体でアリアちゃんを使ってくれてる女の子がいて、嬉しくってずっと後ろで見てました」
若い女の子ふたりの会話は、スタッフの裏話とは違い、ちょくちょくコメンタリーから脱線するものの、こういう可愛らしい体験談も楽しいな、と権助は終始笑顔で聞いていた。
それから、余った時間で質疑応答を何点か行い、午前の部は終わった。
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「ん~~~、楽しかった! これなら午後も期待できるな!」
上映終了後、権助はいったん会場の外へ出た。すると。
「あっ、権俵さん見つけた! お久しぶりです!」
「どうも~」
声をかけてきたのは、以前アイスカツ!(*1)で一緒になったクルクルさんと、武道館ライブで出会ったマスゾエさん。権助とはキラキラッターで交流があるこの二人は、古くからの友人だそうだ。
(*1:第五部 第5話「アイカツおじさんはふたりなら最強でしょ!? でしょ!?」参照)
「あ~、お二人ともお久しぶりです! 上映会よかったですねぇ。今からお昼行くんですけど、一緒にどうですか? エルザビーフ(*2)はもう売り切れちゃったみたいですけど……」
(*2:地元の『ステーキハウス サンライト』とのコラボメニュー「エルザのステーキランチ 」2,580円(税込)のこと。和牛ステーキ80g、ガーリックライス、赤だし、ウーロン茶のセットに、コラボステッカー2枚が付いてくる。一日30食限定。「The only sun light」を持ち歌とする、お肉大好きエルザ様との示し合わせたかのような見事なコラボ)
「そういえばこの商店街、地下がレストランエリアになってるみたいですよ」
「じゃあ、そこで探しましょうか」
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「さて、店はたくさんあるものの、どこにしたものか……」
地下にやってきた権助たちは、うろうろと歩き回りながら腹を満たせる場所を探していた。パスタに居酒屋に韓国料理……選択肢は色々とありそうだ。
「この店なんてどうですか?」
クルクルさんが、奥まったところにある洋食屋を見つけた。なるほど、ショーウィンドウに飾ってあるオムライスは確かに美味しそうだ。
「いいですね。じゃあここ……」
「待った!」
突然、マスゾエさんがストップをかけた。
「よう見てみぃ、この店……オムライス専門店や」
「つまり!?」
「そう、オムライスと言えばアイカツ!ではなくプリパラ……今日食べるには相応しいとは言えないのでは?(*3)」
(*3:プリパラには『オムオムライス』というオムライスを作って食べる曲があります)
「言われてみれば確かに……。もっとアイカツ!らしい昼食を採るべきか」
「あっ、向かいのラーメン屋」
「期間限定『ゆず塩ラーメン』!? ゆずと言えば『アイカツスターズ!』S4の一人、二階堂ゆず先輩!」
「ここしかない」
いつもならばアイカツ!脳は権助ひとりだが、今日は倍率がかかっているので歯止めが効かないのだ。
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クーラーの効いた店内に、ラーメンをすする音が響く。
「うん、勢いだけで頼んだ割にちゃんと美味いな、ゆず塩ラーメン」
それはそうである。
「ところで、さっきの上映会の質疑応答、今回は事前に集めた質問からチョイスして答えてたんですけど、前回は挙手制だったんですよ。どうしたんでしょうね」
権助がその疑問を述べたところ、マスゾエさんが呆れた表情で言った。
「いや、たぶん権俵さんのせいでしょ、それ」
「へ?」
「前の上映会で、子供も観に来てるのに『最終回のあこちゃんの星のツバサは、歌唱担当のみきさんの衣装から逆輸入したものですか?』とかマニアックな質問するから~」
「うっ……」
そう言われてみると、確かにこんなややこしい質問を避けるためには、事前選別は当然の施策である。
「いや、申し訳ない。子供たちが楽しむのが第一ということを忘れてはいけないね」
「まぁ、俺もあこちゃん推しやから気持ちは分かる」
「報われてほしい」
「わかる」
「…………」
だんだんと、言葉少なになる。番組の放送が終わり、彼女の救済が難しいことを皆、理解しているからだ。
「よし! あこちゃんグッズ買いまくって公式にアピールするか!」
「それな」
前向きなアイカツ!に育てられたアイカツおじさんたちは前向きなのである。
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午後からの上映は第10話「ゆめのスタートライン!」と第82話「恋するアイカツ 」の二本。コメンタリーは前半と変わらず、一話目が監督とプロデューサー、二話目にキャスト二人が参加の形式である。
「あっ、グレードアップグリッター……そんなのもありましたねえ! ゲームの仕様で二年目に無くなっちゃったんで、どうしようか困りました……。ドレスメイク部屋を学園祭の出し物に合わせて蜘蛛の巣で隠しちゃおうかとか。システム説明役の有莉先輩をどう扱おうかとか」
「プレミアムドレスは、当初S4だけという縛りがあったんですよね。なので、主人公が着れないからどうしたものかと。途中からそうでもなくなりましたけどね」
「途中まで二年目があるかどうか分からなかったんですけど、もしあった時のために、フィッティングルームのBGMを後から豪華にできるように一年目は抑えめで発注しました」
(えぇ……監督は軽く笑い話にしているが、これはえらいことだぞ……)
噂には聞いていたが、なんと凄まじい現場だと権助は戦慄した。
『アイカツ!』シリーズはゲームやアニメを同時展開するクロスメディア作品とはいえ、最初に開発が始まるのはデータカードダス……つまりゲームである。そのため、世界観やゲームシステム、キャラクター設定などの大まかな部分はあらかじめゲーム側で用意され、それがアニメ側へ提供される形となる。もちろんそれが全てではなく、逆にアニメからゲームへのフィードバックもあるのだが、基本的にはゲームからアニメの順だ。ゆえに、アニメ側には「この時期にはこの新アイドルを登場させる」「ステージはこの曲で、このドレスを前面に推したい」「新システムが導入されるのでアニメにも取り入れること」など、様々なノルマ(制約)が課せられる。
このような「商品ありき」でドラマを展開させる手法は『アイカツ!』に限らず、商品の販促という側面を持つキッズ向け作品ではごく当たり前のことではある。たとえばスーパー戦隊シリーズでは、毎年クリスマス商戦に大型玩具を売り込むために、時期を合わせて、それまでに発売されたロボットが勢ぞろいして活躍する回が必ず用意されることになっている。
それにしても。
それにしてもだ。
あまりにも話が根幹から覆されるような変更点が多すぎる。もちろんそれは『アイカツ!』から『アイカツスターズ!』へ生まれ変わるにあたって必要な模索であり、模索とは新しいことへの挑戦なのだから、決して悪いことではない。事実、ゲームはどんどん遊びやすく、そして楽しくなっているのだから。
しかし、その変更の煽りを直接受けた佐藤監督の立場を想像すると、権助は他人事ながら頭痛を覚えた。そして、よくこんな連続ちゃぶ台返しを受けながら、あれだけ美しく物語を着地させたものだと、監督をはじめとするアニメスタッフのとてつもない力量に感服した。
「『アイカツスターズ!』は、理不尽に立ち向かう女の子の話なんです」
そう語る監督は、自らの仕事でそれを体現して見せたのだ。
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(ああ、午後の部もいい話がたくさん聞けた……よかった……)
上映が終わり、権助はすっかり惚けてしまっていた。だが、その余韻は直後の質疑応答で完全に吹き飛ばされることになった。
「それでは、続いての質問は……『早乙女あこちゃんの星のツバサ、スタープレミアムレアドレスは出ますか?』……伊藤プロデューサー?」
「えー……実は、出る予定です。夏頃かな? 『アイカツフレンズ!』のデータカードダスで実装します」
(……!?)
権助を含め、場内が一瞬、静まり返った。
そして直後、今日一番の大拍手がホールに響き渡った。
「うわ、すごい反響……!」
言った伊藤Pも驚いている。様々な大人の事情に振り回されてきた早乙女あこというアイドルは、もはや作り手の思う以上に多くの人たちから、たくさんの愛を注がれていたのだ。もちろん『アイカツスターズ!』のメインターゲットは女児である。しかし、子供が知らない「大人の事情」を踏まえた上で視聴している権助たちアイカツおじさん・お姉さんたちによる、そのフィクションを超えた応援の姿勢は、もしかしたら子供たち以上に本気だったのかもしれない。そして、その本気の声が公式サイドをも動かしたのだ。
「オンエアが終わって数カ月が経つのに、こんなにたくさんの人が集まってくださって……ありがとうございます。放送は終わりましたが、作品はこれからも皆さんの中で生き続けていきます」
「『アイカツ!』シリーズ全部が好きな人も、『アイカツ!』が好きな人も、『アイカツスターズ!』が好きな人もいると思います。今は『アイカツフレンズ!』を放送していますが、いつか『アイカツ!』や『アイカツスターズ!』が好きな人達も帰ってこられる場所を作るのが僕の仕事だと思っていますので、これからも応援よろしくお願いします!」
こうして、歓声と拍手に包まれて上映会は終わった。
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「まさか、ラーメン食べながら話してたことが現実になるとは」
ソリオホールを出た権助たちは、宝塚大劇場の中にあるジェラートショップ「ボヌール」でスミレジェラートを食べながら上映会について語り合っていた。
「マスゾエくん、俺の隣で号泣してたからね」
「いやほんま、あんなん出されたら無理やで。アイカツ!最高やん……」
『アイカツ!』のアイドルたちは、放送が終わってもずっとアイドル活動を続けている。それは頭の中では理解していたが、やはりこうして観測できる形で世に出してもらえた喜びは筆舌に尽くしがたい。
「よっしゃ、このアイスは俺のオゴリや! みんな食ってくれ!」
「あざーす!」
「その代わり、あこちゃんのスタープレミアムレアドレス絶対GETしてくれよな!」
「がっ、がんばります……!」
あこちゃんのドレスは間違いなく最高レアリティ×4だぞ! がんばれアイカツおじさん! 今から夏に備えてアイカツ!貯金だ!
-おわり-
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