第七部 「集え、アイカツの祭典!」
第1話 アイカツおじさんと杉カツと上井草のラーメン
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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。
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「次は荻窪警察署前。荻窪警察署前。お客様にお願い致します。お降りの際は、バスが止まってからお立ち下さい」
開いたドアから降りてきたのは、権俵権助(39・独身)である。
2018年9月7日(金)。
彼が東京の地を訪れるのは、あの武道館でのライブ以来、約半年ぶりのことだった。その目的は、明日・明後日の二日間で幕張メッセにて開催される『アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!』に参加することである。こうして前のりしているのには、連日、日本列島を襲っている台風による鉄道運休のリスクを減らすという理由もあったが、もうひとつ、せっかく東京へ来るのであれば、この機会に是非訪れておきたい場所があったからだ。
バス停脇の荻窪八幡神社を右手に見ながら50メートルほど歩き、『東京うどん 豚や』を目印に右折すると、すぐに目指す建物が見えた。公民館然とした見てくれに反して、その壁面には『鉄腕アトム』『機動戦士ガンダム』『クレヨンしんちゃん』『おジャ魔女どれみ』といった有名なアニメキャラクターのレリーフが飾られている。
ここは東京工芸大学 杉並アニメーションミュージアム。
一般社団法人日本動画協会が杉並区から運営を受託された、日本のアニメーションの歴史や制作工程を体験・学習できる施設である。余談になるが、館長の鈴木伸一氏は『オバケのQ太郎』や『パーマン』などでおなじみ「ラーメン大好き小池さん」のモデルとなった人物で、他のトキワ荘メンバーと共にスタジオ・ゼロを設立したことでも知られている。
入口近くにある自動販売機に、現在ここで行われているイベントの告知チラシが貼られていた。
”杉並で楽しむアイカツ!シリーズ5周年♪ スギカツフレンズ!”
先日、宝塚で行われた手塚治虫×アイカツ!のコラボ『テヅカツ!』に続く企画展示で、この杉並アニメーションミュージアムとしては、2017年9月6日~2018年1月14日まで開催されていた「日本のアニメ100周年展 うたとダンスとアイカツスターズ!」……通称「杉カツ」の第二回開催となる。
「えーと、企画展示は3Fか」
広々としたロビーを横切り、左手のエレベーターに乗り込む。その内壁には「杉カツ」のチラシの他に、利用者への諸注意がラーメン大好き小池さんのイラストと共に貼り出されている。
「はぁ~……!」
エレベーターから出た瞬間に、思わず声が出た。受付を兼ねる3F中央の巨大な柱いっぱいに、ここを訪れた様々なアニメ・漫画業界人のイラストやサインが記されており、その顔ぶれがあまりにも豪華だったからだ。『あしたのジョー』のちばてつや、タツノコプロの笹川ひろし、『太陽の牙ダグラム』『装甲騎兵ボトムズ』の高橋良輔、『ドラえもん』先代スネ夫役の肝付兼太、『となりのトトロ』『天空の城ラピュタ』の歌手・井上あずみ、『地球へ…』の竹宮惠子……etc。長くアニメや漫画を楽しんできている人間にとっては、誰もが神様のような存在である。そんなレジェンドたちの中で二度も特集展示が組まれるとは『アイカツ!』シリーズも大きくなったものだと、当事者でもないのに勝手に誇らしげに思う権助であった。
受付で恒例のスタンプラリー台紙を受け取り、押印しがてら施設を見て回る。アニメーションの原理を説明するコーナーに、アフレコ体験コーナー、トレス台を使ってのアニメーター体験コーナーに、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季やプロダクションI.G.を興した後藤隆幸らの作業机を再現したコーナーなど、常設展示だけでも大変な充実ぶりである。
「とはいえ、やはり自分の目当ては『アイカツ!』だ」
アフレコ体験コーナーの隣に、さも最初からあったかのように鎮座する『アイカツフレンズ!』筐体が二台。傍の壁にはご丁寧にカードリストまで貼り出されている。
「一回だけ、記念にやっておくか」
いつものように百円硬貨を投入する。ちなみに、当然ながら両替機は無いので、アンコールやファンプレゼントに備えて小銭は事前に用意しておくといいだろう。なお、グッズ販売を兼ねる受付でも両替は行ってもらえるが、一人三千円まで(一万円札はなるべく避ける)、17時まで、といった制約があり、そもそもあまり手数をかけてはいけないので注意が必要だ。
「せっかくだから、遠くの子を呼ぼうかな」
『アイカツフレンズ!』第3弾から実装された『アイカツ!』時代の3人用ステージ『Let'sアイカツ!』を選び、フレンドの中から、キラキラッターで交流のある関西地方と中国地方のアイドルに出張オファーをかける。
「オンラインだから別に距離は関係ないのだが、まあ、こういうのは気分の問題だ」
余談になるが、このような通常アーケードゲームを置かない場所で筐体を稼働してくれるというのは本当にありがたいことだ。アーケードゲームには必ずメンテナンス作業が発生し、とりわけオンデマンド印刷を行うデータカードダスO以降の筐体(*1)では定期的なロール紙やインクリボンの交換も必要となる。権助はてっきりバンダイナムコの社員が常駐してこれらの作業を行うものだと思っていたのだが、テヅカツにおいて、手塚治虫記念館の職員であろうおば様たちがマニュアル片手に悪戦苦闘しているのを見かけてから、その感謝の念はますます強くなったのだった。
(*1:データカードダス筐体には複数の種類があり、印刷済みカードを払い出す『アイカツ!』では「データカードダスNEO」、オンデマンド印刷+タッチパネルの『アイカツスターズ!』『アイカツフレンズ!』では「データカードダスT」が採用されている)
「おっ、スミレちゃんのスノープリンセスアップルクラウンだ! 旅行の初回プレイから未所持のプレミアムレアとは幸先がいいな」
ホクホク顔で筐体を後にし、いよいよ中3階の『スギカツフレンズ!』展示へと向かう。階段を昇ると、「Sugar Melody」の文字を掲げてプロモーションビデオを流す大型モニターと、床にはぐるりと円形にピアノの鍵盤で囲われたステージが見えた。
「なるほど、『アイカツフレンズ!』の主題歌『ありがと⇄大丈夫』のCGステージを再現しているのか。こういう実在性を感じさせる演出は嬉しいものだな」
と、訳知り顔で感想を述べていた権助だったが、振り向いた瞬間に言葉を無くした。4Fへと続く左右の階段。そこに飾られた歴代メインビジュアルのポスターと各主人公たちのタペストリー。そして中央には全シリーズが勢ぞろいしたコラボイラスト。それは、『アイカツ!』の歴史を感じさせる壮観な光景であった。
「これはだめ」
その景色に立ち尽くしてしまう。アイカツおじさんはこの五年間の様々な出来事によってすっかり涙腺を壊されてしまっているので、すぐダメになってしまうのだ。
「うぅ……ここはカレンさんのスタンプ……」
よって、ぐずぐずになりながらスタンプを押して回るおじさんを見つけても、そっとしておいてあげてほしい。ちなみに、スタンプラリーを完走するとポストカードがもらえるので頑張りましょう(絵柄は週替わりで四種類、一人一枚まで、一日限定百枚)。
四階に上がってすぐ目に入ってきたのは、ここでも現役で活躍している旧『アイカツ!』筐体である。
「おっ、ひさし…………ぶりでもないけど、一回遊んでいこう」
前回プレイしたテヅカツからあまり日が経ってはいないものの、それでも今『アイカツ!』を遊べるのは貴重な機会である。
「しかし、あるとは知らなかったから『アイカツ!』用のカードを持ってきていないぞ」
と、筐体のすぐ隣には「つかいおわったカードはここにもどしてね☆」のメッセージと共に、レンタル用のカードが。杉カツ、抜かり無しである。
「レンタルカードはスウィングロックブランドのノーマル、バウプリントコーデ一式か。コーデに合わせてクール属性で遊ぶなら……いばらの女王、かな」
『いばらの女王』は3DS版のダウンロードコンテンツにも収録されていないため、この『アイカツ!』筐体でしかプレイすることができないのだ。
”セルフプロデュース、スタート!”
「よし、まずはバウプリントスカートを……スカートを……スカー……ぬぬぬ」
この据え付けのレンタルカード一式、どうやら相当使い込まれてきたようで、なかなかバーコードを読み取ってくれないのである。
「スカート……よし! 次はトップスを……トップス……トッ……ぬぬぬ~!」
皆さん、カードは大切に扱いましょうね。
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「やはり名曲だ……」
こうして、およそ二年半ぶりの『いばらの女王』を堪能した後も、壁に貼り出された設定資料の数々や、来場者の手描きメッセージ、オリジナルグッズ販売コーナー等をたっぷりと楽しみ、気付けばとっくに時刻は13時を過ぎていた。
「楽しい時間はあっという間だが、特に『アイカツ!』関連のイベントとなると十倍速だな。しかし、さすがにそろそろ腹も減ったし終わりにするか…………ん?」
目に留まったのは、「アニメシアター 今日の上映」と書かれたボード。
「13:30~『アイカツフレンズ!』('18) 第1話「ハローフレンズ!」(25分)……なるほど。この第1話、自分なんかは繰り返し視聴しているが、ここで初見の人をつかんでおくのも大切だものな、うんうん」
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「……おかしい、とっくに昼飯を食べに行っているはずだったのに」
30分後、既に何度見返したか分からない第1話を観終わった権助が映写室から出てきた。どうして? だって、大きなスクリーンで観る『アイカツフレンズ!』もまた格別なのだから仕方がないでしょう。
「よし、今度こそおしまい! ありがとう杉カツ!」
スタンプラリーでもらったポストカードと、購入した数々のアイカツ!グッズを手に、杉並アニメーションミュージアムに一礼して去る権助であった。
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「さて、今度こそ昼飯だ」
杉カツを出た権助は西武バス「荻窪警察前」の停留所でバスに乗り込み、車内で7分ほど揺られて、次なる目的地へと到着した。
「ここがアニメの聖地、上井草駅か」
バスを降りた権助は、駅前に立つガンダム像を見ながら言った。上井草は数々のアニメーション制作スタジオがあることで有名な土地で、『機動戦士ガンダム』や、我らが『アイカツ!』を生んだサンライズ本社もここに居を構えているのだ。
余談になるが、富野由悠季が作詞をする際に使うペンネーム「井荻麟」は、上井草駅が「井荻駅の隣」にあったことが由来とされている。
「自分はガンダムも好きだが……今日の目的はこっちだ」
駅から徒歩わずか1分、商店街の入口にその店はあった。
”豚骨らーめん てっぺん”
「昼飯はここと決めていたんだ」
がらがらと戸を開く。奥行きのある店内、十ほどある座席には先客がふたり。権助は迷わず一番奥の席に座った。
(この席が空いていて良かった)
時刻は既に午後二時半、どうやらお昼時を過ぎていたのが幸いしたようだ。
「チャーシュー味玉らーめんをください」
注文を済ませ、店内をぐるりと見回す。柱には可愛らしいぬいぐるみ、壁にはアニメのポスターに、女性客たちからの手描きメッセージがたくさん。一見、前世紀から営業している豚骨ラーメン店には似合わないものばかりだと思える。しかし、それらが意味するところを理解する権助は、その景色に感動を覚えた。
(すごい……! 『ドリフェス!』への愛で溢れている……!)
そう、この「てっぺん」は、アニメ『ドリフェス!R』に登場したラーメン屋「ちょうてん」のモデルとなったお店なのだ。『ドリフェス!』と言えば、『アイカツ!』の弟分とも呼べるアニメ(*2)であり、今は10月に控える武道館ライブへ、最後の盛り上がりを見せているところである。そんな『ドリフェス!』の聖地巡礼ができる機会を権助が逃すはずはなかった。
(*2:「第三部 最終話 アイカツおじさんと今日が生まれかわるセンセイション」参照)
「はい、お待ちどおさま」
「ありがとうございます」
できたての湯気を纏った黒い器の中に、底が見えない濃厚な豚骨スープと、麺を覆いつくす厚いチャーシュー。そこに色どりを添える葱と味海苔、そしてふたつに分かれた半熟卵がとろりと浮かんでいる。
(ああ、この席で、いつもKUROFUNE(*3)はライブの後にラーメンを食べていたんだなぁ)
(*3:『ドリフェス!』に登場する、黒石 勇人と風間 圭吾によるアイドルユニット。決め台詞は「お前ら全員、開国だ!」「貴方のためなら即位する」。ライブ中に客席から飛ばされたカードで船を作って空を飛ぶ)
そんなことを思いながらラーメンをすする。美味い。本当に美味い。『ドリフェス!』に……いや、遡れば『アイカツ!』に出会わなければ、この味を知ることもなかったのだなぁ、そんな感謝を麺と一緒に噛み締める。
「ごちそうさまでした。……あの、すみません」
思い切って、カウンターの向こうにいる店主に声をかける。
「もしよければ、お店の写真、撮らせてもらってもいいでしょうか?」
店主も、おそらく権助がこの席を選んだ時点で彼が『ドリフェス!』好きであることを察していたのだろう。快く「いいですよ」と了承してくれた。さらに、権助がスマホで何枚か撮影していると。
「良かったら、レジの裏に回ってキャストさんのサインを近くで撮られますか?」
「……えっ、いいんですか? ありがとうございます!」
ご厚意に甘えてサインを接写させてもらう。こういうことを許してもらえるというのは、きっと、これまでに訪れた『ドリフェス!』フアンたちが礼儀正しくしていたおかげなのだろう。
「ありがとうございました。……あの、『ドリフェス!』を観て来店されるお客さんって多いんですか?」
「ええ、最近はぼちぼちですけど、特にコラボメニューをやってた時期は、それはもうたくさん来ていただいて」
「そうですかぁ。来月の武道館公演の時には、きっとまた大勢来店されるでしょうね」
「ええ。……でも、あの壁に貼ってあるポスターとか、お客さんからの応援メッセージとか、武道館が終わったら外さないといけなくって。……それが寂しいですね」
その店主の表情から、本当に『ドリフェス!』とのコラボを喜んでくれていたことが伝わって来たのだった。
なお、『ドリフェス!』はこの後2018年10月20日・21日に見事、日本武道館でのファイナルライブを成功させて有終の美を飾り、当日は「てっぺん」にも数十メートルの大行列ができることになる。
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「さて、明日はいよいよアイカツ!5thフェスティバルだ!」
杉カツに『ドリフェス!』聖地巡礼と、初日から堪能している権助だが、本番はまだこれからなのだ。
しかし、この時の権助はまだ知らなかった。明日が、文字通り「命がけ」の一日となることを……。
-おわり-
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