第3話 アイカツおじさんとはじめてのフレンド

------------------------------------------------------------------------------------------------


※この物語は、あくまでもフィクションである。


------------------------------------------------------------------------------------------------


「なんてことだ……貸し切りじゃないか!」


2017年10月某日、ゲームセンター・梅田namco。


権助は人っ子一人いない四台横並びのデータカードダス『アイカツスターズ!』筐体を見て歓喜の声を上げた。


いつもの権助であれば、むしろ「大変だ、女児先輩が誰も遊んでいないなんて……!」と勝手にインカムの心配を始める光景なのだが、今日はその限りではない。なぜなら今は、週の真ん中ド平日、水曜日の午前十時過ぎだからである。そりゃあ、子供たちがいなくて当然だ。


「会社の創立記念日とは、こんなにありがたいものだったんだなぁ……」


と、今年一番の愛社精神を胸に抱きつつ、右から二番目の筐体を選んで着席する。


「星のツバサ第四弾、初プレイだな」


『アイカツ!』からバトンを受け継いだ『アイカツスターズ!』も開始から早や一年半。二年目から始まった「星のツバサ」シリーズで、このデータカードダスも進化を遂げていた。


特に大きな変更点として挙げられるのが、リズムゲームの最中にドレスのグレードが上がるようになったことである。曲が佳境に差し掛かり、いよいよ盛り上がりを迎えたところで着用していたノーマルドレスが光に包まれ、煌びやかなレアドレスに変化する高揚感はこれまでにはなかったものだ。さらにプレミアムレアドレスを一式揃えた上でしか本来の姿を見せないアクセサリー「星のツバサ」も存在し、収集欲をそそってくるのも何とも憎らしい。そんな憧れの「星のツバサ」を目指して、権助は今日もコインを入れる。


「……と、その前に」


彼は上着の胸ポケットからUSBメモリを取り出すと、筐体に接続されている録画機器に繋いだ。


「撮りカツ、撮りカツと」


こうしてプレイ動画を録画することで、リズムゲームの譜面に気を取られて見逃してしまった可愛い振付や演出を、自宅に帰ってからじっくりと楽しめるという寸法だ。この録画機器は「右から二番目の筐体」にしか付いていないため、普段なら順番待ちが発生しているところだが、前述の通り今日は撮り放題である。


「さて、最初はどの曲で遊ぶかな」


リストにずらりと並んだ数十もの楽曲を、目移りしながらタッチパネルで一つずつ送っていく。


遡ること一年半前。『アイカツスターズ!』が始まってすぐに行われた、持ち歌わずか三曲の初ライブ(*1)。あれから、本当に大きく育ったものだ……と権助は感慨深かった。


(*1:第2部 最終話『アイカツおじさんと、これからもよろしくアイドル活動!』参照)


「……今なら、この曲を受け入れられるな」


曲を選ぶ指が止まった。


------------------------------------------------------------------------------------------------


時に。


『アイカツ!』から世界観を一新し、独力でここまで昇って来た『アイカツスターズ!』。その甲斐あって、今ではこうしてシリーズの新たなブランドとして確立されている。


だが、物事を刷新するということは、それまでに受け継いできた何かを捨てるということでもある。


思えば『アイカツ!』とは、「バトンの継承」の物語であった。


レジェンドアイドル・マスカレードに憧れてトップアイドルに上り詰めた神崎美月。

その神崎美月に憧れてアイドルになった星宮いちご。

そして、星宮いちごに憧れてアイドルの道を追いかけた大空あかり。


こうして物語の中で受け継がれてきた「憧れのバトン」は、番組が『アイカツスターズ!』へとリニューアルしたことで途切れてしまった。権助は、それを少し残念に思っていたのだ。


しかし。


2017年8月17日放送の『アイカツスターズ!』第69話「広げよう、アイカツの『WA』!」、同24日放送の第70話「ジャングルカツドウ!」で、それは起きた。


この2話は『アイカツ!』シリーズ5周年を記念した特別編ということで、これまで一度も交わることのなかった『アイカツ!』と『アイカツスターズ!』のキャラクターが共演するという、いわゆるクロスオーバー企画である。昨夏の短編映画以来に動く『アイカツ!』アイドルたちが見られるということで、権助は放送開始前からワクワクが止まんない!状態であった。


古くは『キングコング対ゴジラ』や『マジンガーZ対デビルマン』、近年でも『エイリアンvs.プレデター』に『アベンジャーズ』と、古今東西クロスオーバー企画というものは一種のお祭りである。各々のキャラクター性を存分に活かして、普段なら観られない共演をしっかりと盛り上げてくれれば、それだけでも「ああ、面白かったね」と万々歳だ。


もちろん、この『アイカツ!』『アイカツスターズ!』もそれに倣って、和気あいあいとした実にアイカツ!シリーズらしい楽しさに満ちた共演を見せてくれた。


……だが、権助にとって、それはただ楽しいだけの物語ではなかった。


「昼間でも、星は消えない。見えなくても、輝いているんだよって」


第69話にて『アイカツ!』の二代目主人公・大空あかりから『アイカツスターズ!』の主人公・虹野ゆめに伝えられたその言葉は、かつて『アイカツ!』初代主人公・星宮いちごから大空あかりへと送られた言葉だった。


「あかりちゃんがいちごちゃんに受けた言葉を、ゆめちゃんに伝えるシーンがあって」(星宮いちご役・諸星すみれ)


「いちごちゃんは直接あかりにバトンを渡したけど、あかりは直接誰かにバトンを渡したっていう描写が無かったから、コラボ回で渡せたような……印象に残っています」(大空あかり役・下地紫野)


~アイカツ!シリーズ5周年記念特別番組 「みんなのアイカツ!~星のあかりでゆめを見て」より~


二つの異なる世界が交わるこの一瞬に、そのバトンは確かに継承されたのだ。


------------------------------------------------------------------------------------------------


権助の指が止まったその曲は……『SHINING LINE*』。


バトンの継承を歌い上げた『アイカツ!』時代の主題歌である(*2)。


(*2:第1部 第2話「アイカツおじさんとサヨナラの季節」参照)


バトンを繋いだのはアニメだけではなかった。データカードダス『アイカツスターズ!』においても、この『アイカツ!』の主題歌を再びプレイできるというコラボが実現されたのだ。そう、ここまでの1,187文字に渡る長い長い解説がここでようやく本筋に繋がるのである。ご清聴ありがとうございました。


「……今なら、この曲を受け入れられるな」


もしも『アイカツスターズ!』が始まってすぐにこの曲が実装されていたら、おそらく権助はそれを否定していただろう。


歌唱担当であるAIKATSU☆STARS!が『アイカツ!』曲に頼らずライブを成功させた意味が無くなるし、『アイカツ!』を終わらせた意義も無くなってしまうからだ。


だが、『アイカツスターズ!』がここまで大きく成長した今なら、『アイカツ!』に「頼る」のではなく「肩を並べる」ことができる。


権助は、あの辛く苦しかったアイカツ!ロスを乗り越えた先に見えたこの景色を、美しく思った。


「ああ……!」


久方ぶりにプレイする『SHINING LINE*』に、権助は感動と同時に衝撃を受けていた。グラフィックの向上した新筐体&二倍以上の大きさになった大画面で繰り広げられる『アイカツ!』アイドルたちの群舞が、目を逸らせないくらい綺麗だったのだ。


(♪受け取ったバトン 次は私から渡せるように 並ぶ風のどこか 頑張っている仲間 届くシンパシー)


歌詞を頭に思い浮かべながら、ステージ上で共演する大空あかりと虹野ゆめ……彼女たちを見ているうちに、権助は目頭が熱くなってきた。


(いかん、キッズカードゲームをプレイしながら泣く中年男性という絵面はさすがに不審すぎる)


両手にワッパのアクセサリーカードが付けられるよ!

隣の曽根崎警察署ステージにピッタリだね!


(いったん席を離れて落ち着こう…………ん?)


立ち上がると、筐体横の壁面に吊り下げられたボードが目に入った。そこには、ちょうどアイカツ!カードが一枚入る大きさのビニール製スリーブがたくさん貼り付けられていて、すでにその半分ほどがカードで埋まっていた。


「これは……『交換用ボード』!」


かつて、アーケードにトレーディングカードゲームが登場した頃、各地のゲームセンターが自発的に「リサイクルBOX」を設置した。上級者は不要なカードをBOXに入れ、初心者はそれを持っていってよいという、新規プレイヤー増加を促すシステムである。


これをさらに推し進めたものが、タカラトミーアーツが公式に設置した『プリパラ』の「トモチケ交換ボード」だ。プリパラで1プレイごとに排出されるカード「プリチケ」にはミシン目の切り取り線が入っており、ここから「マイチケ」と「トモチケ」に分離することができる(これを「パキる」と呼ぶ)。そしてパキったトモチケをお友達と交換し、次回のプレイ時に読み込ませることで、お友達のキャラクターを呼び出して遊べるという仕組みである。


しかし、中には気後れしてしまって、なかなかトモチケの交換を言い出せない子も……。そんな時に役立つのが、この「トモチケ交換ボード」。ここにトモチケを入れておけば、誰か他のプレイヤーがやってきて勝手に交換してくれるという寸法だ。


……と、また話が脱線してしまったが、同様の仕組みを、この梅田namcoでは『アイカツスターズ!』にも採用していた。


『アイカツスターズ!』では、オンデマンド印刷になったことで、排出されるカードすべてにマイキャラの情報を含んだQRコードが印刷されるようになった。これを利用して、カードを他のプレイヤーに渡して筐体に読み込ませることで相手をフレンド登録することができるのである。


そして言うまでもなく、権助にはリアルでアイカツ!カードをやりとりできる相手はいなかった。そんな彼の前に今、救世主・交換用ボードが現れたのだ。


「もし……もしフレンドがいれば、マイキャラ同士でユニットを組んであんな曲やこんな曲が遊べる……!」


期待に胸を膨らませながら、上段から順番に刺さったカードをチェックしていく。どれも美しいドレスを着た魅力的なマイキャラたちが印刷されている。


「……ん? これは?」


一枚、目を惹くカードがあった。ボードから取り出してよく見てみると、何やらカードの上から書き込まれている。


「ん~……あっ、これサインか!」


サインペンでなめらかに描かれた曲線をまじまじと見つめると、確かにカードに刻印された「エンゼル」という名前と一致する。


「なるほど……マイキャラを実在のアイドルに見立てているのか。その発想は無かったなぁ」


と、感心しながらカードに描かれた「エンゼルちゃん」を眺めていると、権助は何かが記憶の片隅に引っかかっているのを感じた。


「なんだ……? エンゼルちゃん……エンゼル……あっ!」


不意に思い出した権助はスマホを開き、”それ”を確認した。


「やっぱり。これ、キラキラッターに登録してるエンゼルさんだ」


決めた。フレンドにするならこの娘だ。


権助はエンゼルちゃんのカードを筐体に読み込ませた。これで次のプレイからフレンドとして一緒にライブができるぞ、と権助は喜んだ。


……さて、この出会いは一見、偶然のように見えるが、実はそうではない。


『アイカツスターズ!』をはじめとするキッズカードゲーム筐体の多くは、家族連れが訪れるショッピングモールや玩具売り場の一角に設置されており、なるべく「先輩」との遭遇を避けたいと考えるアイカツおじさんたちにとって、これはあまり良い環境とは言えなかった。


となると、アイカツおじさんたちの足は必然的に「校則で子供の入場が制限されている」ゲームセンターへと向かうことになる。そのゲームセンターの中でも、「イヤホンジャック増設」「録画台完備」といった大人向けの設備が整った店舗に客足は集中し、自然とそこが「アイカツおじさんたちの聖地」となるのである。


つまり、西の「聖地」である、この梅田namcoでのキラキラッター仲間との邂逅は、いずれ起こり得ることだったのだ。


「ああ……『ふたりユニット』って、こういうことだったのか……」


星のツバサ四弾からの新曲『Message of a Rainbow』で仲良く傘をふりふり踊る「ゴンスケちゃん」と「エンゼルちゃん」を見つめながら、権助は実感した。


『アイカツスターズ!』には二人や三人のユニットを組んでプレイする曲があり、フレンドのいなかった権助はいつも適当なNPCを選んで漠然とひとりプレイと変わらず遊んでいたのだが、フレンドを呼び出したことでその景色は劇的に変化した。もちろんフレンドもNPCではあるのだが、そのマイキャラを通して「もう一人の実在するプレイヤー」を感じ取ることができ、これまで意識することのなかった、ユニットならではの映像の賑やかさを、ようやく心から楽しむことができたのだった。


(この感じ、なんだか懐かしいな)


かつてゲームセンターが業界の最先端を走っていた数十年前、そこに集まったゲーマーたちは日々スコアネームだけを知る相手と競い合い、コミュニケーションノートの書き込みで顔を知らない同士たちと交流を深めていた。そんな古の文化がここにはまだ残っていたんだな……と、権助はなんだか嬉しくなった。そして。


「よし、お前も行ってこい!」


そう言って、「ゴンスケちゃん」のカードを一枚、交換ボードに挿したのだった。


------------------------------------------------------------------------------------------------


「『今日、エンゼルちゃんとユニット活動してきましたよ!』……っと」


帰宅後、キラキラッターへ報告の書き込みをすると、ただちに


”わあ! ありがとうございます!”


というエンゼルさんからの返信が届いた。相手の顔も本名も知らないが、どんなアイドルかは知っている。そんな不思議な関係性がここにはあった。


”可愛いね!”


”おつか~”


どうやら、今日もキラキラッターのタイムラインは賑わっているようだ。


”今Heyでアイカツしてる!”


「おっ、『ヘイカツ』か。いいなぁ」


秋葉原Hey。


その名の通り秋葉原にある有名ゲームセンターで、設置されている五台の『アイカツスターズ!』筐体はすべて録画台、コミュニケーションノート完備、店内の柱にはでっかいアイカツ!のイラスト、そして滅多に先輩の訪れない立地……と、世界屈指の『アイカツ!』プレイ環境を誇ることで知られている聖地中の聖地である。なお、「Hey」は「ヒロセエンターテイメントヤード」の略である。


”今、隣の台でマントさんもプレイ中です!”


「ほ~、さすがHey。そんな偶然もあるのか」


”それから、その隣がジャンさんで、もうひとつ隣がドロロさんです!”


「…………」


”そして一番左がアワモリさんです!”


「Hey、キラキラッター女児しかいねえ」


とツッコミを入れつつ、ちょっと羨ましいなと思う権助であった。


-おわり-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る