第3話 アイカツおじさんと5thフェスティバル!! DAY1

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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


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幕張メッセ、イベントホールの入口が開かれると、一斉に大きな拍手が起こった。


『アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!』、ついに開幕の時。


「……とはいえ、我々の入場はまだまだ先になりそうですね」


権助は、物販後に合流したマスゾエさんとクルクルさんに言った。


「この列、どこまで続いてるんやろな……」


入口から伸びる入場待機列は、幕張メッセに隣接する遊歩道・メッセモールの中心部まで続いて折り返していた。その往復距離、およそ300メートル。


「また行列かぁ……」


つい先ほど、6時間に渡る物販列待機を終えたばかりのクルクルさんが苦笑しつつ呟いた。しかし、その表情にはどこか余裕が感じられる。なにしろ「30分かけて5歩だけ進む」と言われた物販列に比べれば、ゆっくりとは言え足を止めることのないこの入場列は快適極まりないのである。


「まぁ、この速度で進むんやったらナンボでも並べるわ」


「ちょっと時間は押してますけど、全員入場するまではさすがに開演しないでしょうしね。ゆっくり行きましょう」


マスゾエさんと権助が余裕綽々でそんな会話を交わしていると、隣でキラキラッターを眺めていたクルクルさんが叫んだ。


「は!? 開演前の影ナレ(*1)で風沢&三ノ輪の撮り下ろしドラマ!?」


(*1:本人の姿が見えない状態でのナレーション。主に場内諸注意などのアナウンスで使われる)


「ちょっ、は!?」


「マジですか?」


そう、今回の5thフェスティバルに参加できない演者たちによる影ナレが、『アイカツ!』シリーズ構成&脚本の加藤陽一書き下ろしのドラマ形式で開演前に流されていたのだ。


「余裕ぶっこいてすいませんでした!」


「はよ! はよ入場させて!」


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”場内は禁煙なのです! もし会場でモクモクさせたら、おとめが水鉄砲で消しに行くのです~!”


(ふぅ……なんとか途中からでも聴けたぞ……)


二人と別れ、着席した権助は影ナレに耳を澄ませながら開演を待っていた。


初日の座席は一階アリーナD2ブロックの26番。やや後ろではあるが、舞台の正面に近い席である。その左後方では、カメラを載せた大型のクレーンが大きく動いており、時折、権助の頭上を通過している。カメラが入っているということは、今日の様子は後日blu-rayで発売したりするのかな……と期待が膨らんだ。


(それにしても、メッセは広いな)


延床面積15,582平方メートル、天井高27メートル。最大9,000人の収容人数を誇る幕張メッセのイベントホール。そこが二日間埋まるというだけでも『アイカツ!』という作品の規模は伝わるのだが、それ以上に驚くべきは。


実はここに集まった全員、今日この場で具体的に何が行われるのか、誰も知らないのである。


いや、これは決して冗談で言っているのではない。


”アイカツ!シリーズ5周年を記念して、「アイカツ!」「アイカツスターズ!」「アイカツフレンズ!」が大集合する 「アイカツ!シリーズ 5thフェスティバル!!」を開催!! この5年間で初めての、生アフレコあり!歌あり!トークあり!という、たくさんのワクワクが詰まったイベントを予定しています。”


手掛かりは、公式サイトに書かれたこの一文のみ。


まあ、アフレコと、歌と、トークがある。それは分かる。


でも、それ以上は何も分からない。


例えばこれが歌手のライブであれば、「最新のアルバムの楽曲を中心に、定番曲をいくつか入れて、あの曲ではきっとコール&レスポンスがあるだろう」と言ったある程度の予測が立てられる。しかし、これはどうだ。何をアフレコする? 誰が何を歌う? いったい何の話をする? 予測しようにも、なにしろ試験範囲は長い長い『アイカツ!』の歴史すべてである。もう何が起こるのかサッパリ分からない。


それでも、幕張メッセが埋まるのが『アイカツ!』なのである。


それはひとえに、これまでに行われてきた数々のイベントで積み上げてきた信頼の賜物であった。『アイカツ!』愛に溢れる演者とスタッフによるイベントなのだから、きっと今回も最高を更新してくれるに違いない。その思いがこうしてメッセを埋めたのだ。


すべての影ナレが終わり、いよいよ会場が期待感に満ち満ちる。


そして。


ついに、満を持して『アイカツ!』声優たちが登壇した。


星宮いちご役の諸星すみれ、大空あかり役の下地紫野、虹野ゆめ役の富田美憂、友希あいね役の松永あかねと、湊みお役の木戸衣吹。彼女ら歴代主人公をはじめとした、総勢28名ものキャストたち。もちろん『アイカツ!』の歴史において、これだけの声優が一堂に会するのは初めての出来事である。


(本物だ……!)


(アニメと同じ声……!)


(目の前に……! ソレイユとルミナス……! グラシアス……エルザ様あこちゃんピュアパレット……ジョニー先生イェアなんだこれは……!)


担当アイドルの決め台詞と共に次々と行われる自己紹介を聞くだけで、五年間ためこんできた「好き」の気持ちが津波のように押し寄せ、たちまち脳の処理が追い付かなくなってしまう。


(初めからこんな状態で、最後まで持つのか……!)


ひとしきり登壇者の紹介が終わり、一度全員が舞台から捌けると、再び舞台が暗転する。いやいや、全員がいなくなってどうするつもりだ? そんな疑問が浮かんだ瞬間。


♪ 今わたし達をつなぐ 胸の中 きらめくライン


「ああ……ああっ……!」


何度聴いたか分からない……しかし、もう二度と聴けないと思っていた、その歌は。


”SHINING LINE*”


輝く舞台に立ったのは、かつてSTAR☆ANISとして、AIKATSU☆STARS!として歌唱を担当してきた、わか、るか、りえ、みほ、ななせ。半年前にあの武道館で卒業した彼女たちが、この二日間だけ戻って来てくれたのだ。もちろん、既にそれぞれの道を歩んでいる以上、集まることができたのはメンバー全員ではない。しかし、それでも戻ってきてくれたのだ。


(これまでずっと『アイカツ!』を支え続けてきた彼女たちを抜きに、この記念すべき節目のイベントを行うことは考えられないものな……!)


五人がワンコーラスを歌い終えると、今度は再び声優たちが舞台に上がった。


「続いては、生アフレココーナーだイェア!」


MCの保村真が、劇中のジョニー先生そのままのテンションで次のコーナーを紹介する。選ばれたのは、第126話『ぽっかぽかオフタイム♪』や 第143話『戦慄!サマーアイランド』といったアットホームな日常回から、何かと不遇な蘭ユリ派が泣いて喜ぶ第21話『オシャレ怪盗☆スワロウテイル』、そして『劇場版アイカツ!』からはあおい姐さんの「それ以上言うのかい?」が魅力的すぎるパフェの場面など、どれも記憶に残る印象的なものばかり。もっとも、アイカツおじさんにとって印象的でない場面など一つも無いのだが!


(すごい……本当に目の前で『アイカツ!』のアイドルたちが喋っている……!)


そのことだけでも十分に感動的だったが、台詞に合わせて全身を動かす田所あずさに、顔が隠れるぐらい台本を高く持つ大橋彩香といった、普段は決して見ることのできない、演者それぞれのアフレコ姿を目の当たりにできたこともまた良かった。


その後も、『Lucky train!』、『1,2, Sing for you!』、『episode Solo』など数々の名曲を交えつつ、『アイカツスターズ!』『アイカツフレンズ!』と歴代シリーズの生アフレコが行われ、さらに脚本家自らの書き下ろし朗読劇と続き、ここまでで既にたっぷり二時間近くが経過していた。


(ああ、最初は何をやるのか分からないイベントだと思っていたが、なるほど30名以上の登壇者がいると、こんなに色んなことができるのか……)


さて、終演時間が未定とはいえ、さすがにそろそろ終盤戦であろう。


ここで再び、影ナレが入った。今度の担当は、北海道のご当地アイドル大地ののと白樺リサだ。


(なんだろう、最後の挨拶かな……?)


”このイベント、まだ半分も終わってないらしいよ!”



ええ~~~~っ!? 



場内がどよめきと驚きの声に包まれる。その衝撃の言葉に、ざわつきが収まらない。普通、こういう時の「ええ~っ!」は「もう終わりなの? もっとやってほしい!」の意味であり、半ばお約束的に発せられるものである。しかし、この「ええ~~~~っ!?」は本当に自然発生した、本物の驚きの声であった。


ここまでやっておいて、一体さらに何をしようというのだ……戸惑う観客たちに、ジョニー先生がコール&レスポンスの練習を始める。


つまり、ここからは。


「ライブコーナーだイェア!」


初手は『オリジナルスター☆彡』! 練習したばかりの完璧なコール&レスポンスでそれを歌い上げると、次に、大空あかりの歌唱を担当する るか が歌ったのは……。


♪ 降り注いでSunshine 今わたしがBlooming♡Blooming


(まさか、今になって……!)


権助は、このサプライズに驚きを隠せなかった。


初期のピンクパレードコーデを纏った るか による『Blooming♡Blooming』……それは、AIKATSU☆STARS!結成からまだ半年しか経っておらず、初期メンバーである、るか・もな・みき・みほの四人で全国のショッピングモールを行脚した『「アイカツ!」春の学園祭ツアー』において、彼女が何度も歌い踊った組み合わせであった(*2)。


(*2:第二部 第4話「アイカツおじさんが死んだ日」参照)


大空あかりと共に成長してきた るか は、いつしか頼れるグループのリーダーとなり、絢爛豪華なプレミアムレアドレスに身を包んで歌うのが当たり前になっていた。だから、もうこの衣装でこの曲を歌うことは無いだろうと思われていたのだ。


(もう一度これが見られるなんて……)


思えば、権助はあの時に『アイカツ!』のイベントにかける演者とスタッフの情熱を感じ取り、ずっと付いていこうと決めたのだ。るかの歌声に聴き惚れながら、彼はそんな初心を思い出していた。


そして、続くは星宮いちごの歌唱担当・わか による『カレンダーガール』。


♪ Sunday Monday Chu-Chu Tuesday めくってカレンダーガール


初代エンディング曲であり、最終話でも使われたカレンダーガールは、正に『アイカツ!』を代表する曲である。


♪ カレンダーめくって 今日も わたしらしくアレ

  前向きに 視界良好 おはようみんな


客席のペンライトによって幕張メッセが美しいピンク色に染まり、半年ぶりのカレンダーガールを輝かせた。……しかしこの曲は定番だけあって、ライブでは終盤に持ってくるのが常である。この後に一体何をするつもりなのか……その時!


♪ 僕等が望む奇跡へ 手を伸ばすように

  ひとつだけ叶えたい願いを抱きしめている


(これは……M4『僕らの奇跡』!)


M4、それは『アイカツスターズ!』に登場する「男子アイドル」である。『アイカツスターズ!』の歌唱担当は女性グループなので、この曲を歌っているのは八代拓をはじめとする声優たちだ。そのため、歌唱担当のみで行われてきたこれまでのライブでは一度も披露されたことのない、幻の曲となっていたのだ。


さらに衝撃は続く。


(まさか……まさかこのイントロは!)


M4に続いて壇上に現れたのは、涼川直人……いやモア・ザン・トゥルーのボーカル・ナオ役の豊永利行!


♪ 初めての鼓動 身体から脈打って

  生まれたばかりの この瞬間から目をそらすな!


(五年だぞ……! この時を五年も待っていたんだぞ……!)


その曲は、『アリスブルーのキス』。


2013年8月15日に放送された『アイカツ!』第44話「モア・ザン・トゥルー クライシス!」のエンディングで披露された男子バンド「モア・ザン・トゥルー」の曲である。これもまたM4と同じ理由で『アイカツ!』のライブで披露されることはなかったが、これはM4以上に「幻の曲」であった。なにしろ、この歌を担当したバンド「Rey」は、この放送からわずか半月後の2013年8月31日をもって解散してしまったからだ。


『アリスブルーのキス』はその後、2014年4月9日に発売された『アイカツ!』ベストアルバム『Calendar Girls』のボーナストラックとして収録されたが、その時すでにReyはこの世界には存在しなかった。それは例えるなら、ブルース・リーの死後に『燃えよドラゴン』を観た日本人のような、やり場のない喪失感であった。


しかし昨年、その幻の曲をモア・ザン・トゥルーのボーカル・ナオ役の声優 豊永利行が引き継いでCDを発売し、ついに今日『アイカツ!』フアンたちの前で披露する時が来たのだ。


曲が始まると同時に地鳴りのような歓声が響き、一瞬で会場が青一色の光に包まれた。そう、あの五年前に放送された第44話の、ただ一度のライブシーンと同じように。みんな覚えていたのだ。そしてこの瞬間を待っていたのだ。


ここで客席のボルテージはついに最高潮に達し、さらに続くフォトカツ曲『コズミックストレンジャー』で歌唱担当 るか・ななせの歌に声優 保村真がラップで加わると、次の『Passion Flower』では みほ と斎藤綾とで初の歌唱担当&声優の本格的なデュエットがついに実現した。


さらに続く『MY SHOW TIME!』、『硝子ドール』、『The only sun light』……怒涛のセットリストに飲み込まれながら、権助は理解した。


「ああ、これが『三人四脚』なのだ」と。


三人四脚。


それは、『アイカツ!』に携わる演者たちがいつも口にする言葉。声優と、歌唱担当と、アニメのアイドル。この三人で一緒に歩んで行くのだと。


時に声優と歌唱担当が手を取りあいって歌い、時に歌唱担当が卒業した曲を声優が引き継ぎ、時に声優がいない時はアニメのアイドルが現れて言葉を紡ぐ。今日のイベントは、まさに「三人四脚」を体現したものなのであった。


「なんちゅうもんを見せてくれたんや……」


あの武道館でやりきったと思っていた『アイカツ!』のイベントは、声優を加えたことでまた新たな領域へと踏み出したのだ。


「『アイカツ!』は、まだまだ伸びるぞ……!」


最後の『アイドル活動!』が流れる頃には、すっかり体力も涙も枯れ果てていた権助であるが、信じられないことにまだ明日があるのだ。


体は持つのかアイカツおじさん!


まだ死ぬわけにはいかないぞ!



-おわり-

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