第4話 アイカツおじさんとキラキラッターにご用心

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※この物語は、それなりにフィクションである。


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「………………」


夜。権助は自室で机に向かいながら、熱心にスマホの画面を見つめてはスワイプを繰り返していた。


「………………ん」


ふと、顔を上げて壁掛け時計に目をやる。午前一時。いつの間にこんな遅い時間に……と、内心少し慌てた。


「ふぅ、キラキラッターをしているとつい時間を忘れてしまうな。あおい姐さんが熱中するわけだ」


キラキラッター。


それは『アイカツ!』劇中に登場する、twitterを模した架空のSNSである。第七話『つぶやきにご用心』では、主人公の親友・霧矢あおいがキラキラッターにハマってしまうあまり、オーディションに不安を抱えてしまう様子が描かれた。笑いと涙のたくさん詰めこまれた『アイカツ!』らしさが存分に発揮された初期の名作回である。


余談になるが、新シリーズ『アイカツスターズ!』ではキラキラッターに代わり、LINEを模した『キラキライン』が登場している。このように、その時代を反映した交流方法の移り変わりを見るのも長寿シリーズたる『アイカツ!』の楽しみ方の一つである。


閑話休題。


その架空のSNSである「キラキラッター」が今、権助の手元のスマホに現出していた。その正体はと言えば、ぶっちゃけマストドンである。


ポストtwitterとして登場したマストドンは、個人がサーバーを管理することで、より細分化したジャンルに特化したSNSを作り上げることができる。それを使って『アイカツ!』に登場するキラキラッターを再現してしまったのが、ニューヨーク在住のSE、Walfie氏である。


個人が管理するマストドンは、その管理人への信頼が無ければ人が集まらない。その点、Walfie氏はかねてよりtwitter上で可愛らしい『アイカツ!』イラストをアップしたり、日本へ長期旅行にやって来たりと精力的に『アイカツ!』のフアン活動を行っていることが広く知られており、結果、多くの『アイカツ!』好きたちがこのキラキラッターに集まることになった。かくいう権助もその中の一人である。


キラキラッターは四月に開設してから、瞬く間に3,000人以上のユーザーを集め、大きな盛り上がりを見せることになった。それは『アイカツ!』フアンたちの熱量の高さだけでなく、一部ユーザーの高い技術力による劇的なバージョンアップに依るところも大きかった。通称・学園マザーと呼ばれる管理人・Walfie氏の下に、画像素材を作る者や、それらを適用するためにCSSを書く者たちが次々と現れ、気付けばキラキラッターは「アニメそっくりの見てくれ」「外部ツール不要のつぶやき部分隠し機能」「ワンタップするだけで日本語←→英語の相互翻訳機能」「android用アプリのリリース」と、並のSNSを軽々と上回る進化を遂げたのであった。


”ただいま~”


”おつか~”


”今からアイカツ観るよ~”


データカードダス『アイカツスターズ!』のマイキャラ画像をアイコンにしたユーザーたちが、『アイカツ!』の台詞を引用しながら会話を楽しんでいる。そこには『アイカツ!』という共通の趣味を持った者同士の安心感があり、炎上や誹謗中傷とは無縁の居心地の良さがあった。


「そういえば最近、キラキラッターにばかり入り浸って、twitterをすっかり放置してしまっているぞ……」


そんな権助のようなユーザーも多かったという。


「さすがにそろそろ寝るか。”ていうか、もう寝よう”……と」


権助が『アイカツ!』第一話の星宮いちごの台詞を引用して就寝の挨拶を打ち込むと、それを見た複数のユーザーが、


”今夜はクレープみたいな夢に包まれますように”


と、同じく神崎美月の台詞を引用して返信をしてくれた。


「ああ、なんてキラキラした優しい世界なんだキラキラッターは……」


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~ 一ヶ月後 ~


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”今からジャンカツ(麻雀活動)するから女児たち集まって”


”仕事終わった~アルカツ(アルコール活動)行くぞ~”


”深夜になったので怪文書(百合SS)投下するわ”


”野生のまっPおつか~”


「……まぁ、常にキラキラばかりしてられんよな」


キラキラッターに集まった者たちは自らを「女児」と名乗っているが、それが世間一般における女児と同じ意味を持っているとは限らない。ここには、仕事に疲れた女児もいれば、毎日人を集めては麻雀やモンハン(狩りカツ)に精を出す女児もいる。各々が違った生活や趣味を持っているという点では、他のSNSと何も変わらなかったのだ。


ただ、それでも権助はこのキラキラッターがとても居心地が良かった。


それは、ここに集まった「女児」たちの根底には『アイカツ!』が大好きであるという同じ血が流れているからだった。


「それに、な」


”アルカツ美味ぇ~”


Walfie : ”Good morning”


”あ、学園マザーだ”


”学園長おはようございます”


”おはようございまーす”


「なんだかんだ言って、ここの女児たち礼儀正しいんだよな……」


道徳観念のしっかりした『アイカツ!』のフアンだからなのかどうかは分からないが、キラキラッター運営のための寄付を募ればすぐに集まり、サーバーに負荷がかかりそうな企画はきちんと管理人へ事前に話を通し、アダルティックな話題は自主的に深夜までタブーにしたりと、普段の会話の内容はともかく非常に高い民度を誇っているのも、キラキラッターの居心地の良さの要因であった。


「お、そろそろフリカツの時間か」


21時50分。あと10分で始まる「フリカツ」を前に、権助はいそいそとブルーレイディスクレコーダーに『アイカツ!』のディスクをセットした。


「これが週二回の楽しみなんだよな」


「振り返り活動!」、略して「フリカツ」。


毎週火曜日と土曜日の22時から、参加者全員で同じ話数を同時再生し、キラキラッターで実況しながら『アイカツ!』を振り返って楽しもうという企画である。『アイカツ!』は「amazonプライム」や「あにてれ」などでの配信も充実しているため(2017年6月時点)、DVDやBDを持っていなくても参加しやすい間口の広さもこの企画に合っている。


「えーと、今日観るのは3話と4話か」


話数を確認し、時計の秒針が頂点を指すと同時に再生ボタンを押す。


「私の熱いアイドル活動、アイカツ! はじまります! フフッヒ!」


”フフッヒ!”


”はじまります、フフッヒ!”


”フフッヒ!”


再生が始まると同時に、ものすごい勢いでTLが流れていく。サーバー負荷を軽減するために外部のチャットツールへも分散しているとはいえ、相当な人数が実況をしているようだった。


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「……あれ? もう3話終わりか?」


もともと時間を忘れるほど面白い『アイカツ!』に、実況を追いかける忙しさが加わったことで、あっという間に30分が過ぎ去っていった。


”はやい”


”体感2秒”


「だな。えーと、次の4話は『ディア マイ ファン!』か。……これは荒れそうだな」


第4話は主人公・星宮いちごに初めて男の子のフアン(太田くん)ができるというお話である。


”太田ァ!”


”てめー!”


”太田このやろう”


開始早々、権助の予想通り、いちごと一緒にジョギングを楽しむ太田くんに対して、女児たちの嫉妬心が滝のようにTLを加速させる。


「まあ、その気持ちは分かるが……ん?」


流れるTLの中で、権助の目が一つの発言に留まった。


”いちごちゃんが大会に出る太田くんを応援する時、一瞬だけアイドルオーラが出るんだよな”


「ほぉ~、なるほど」


その指摘は、『アイカツ!』を繰り返し視聴していた権助でも見落としていたものだった。新たな発見に、さすがは『アイカツ!』猛者たちが集うキラキラッターだなと権助は感心した。そして、そんな”ガチの交流”ができるキラキラッターという場所に改めて感謝した。


「こういう話は、twitterじゃあできないもんな」


権助がtwitterを始めたのは『アイカツ!』放送開始のずっと前であり、そのフォロワーたちは当然『アイカツ!』とは無関係に集まっている。いくらSNSでの発言内容が自由であると言っても、やはり『アイカツ!』を知らない人たちの前でマニアックな話題を出すのは憚られるというものだ。


だが、このキラキラッターではそんな遠慮は無用である。ここには、心に浮かんだ『アイカツ!』が大好きな気持ちをそのまま素直にぶつけても、ちゃんと受け止めてくれる人たちが集まっている。こんな嬉しいことはない。 


”このコーデ好き”


”あおい姐さん可愛すぎる”


”スターライトの生徒になりたい……”


「みんな自分の”好き”を思い切りぶつけているな……すばらしいことだ。よし、自分も! ”いちごちゃん、可愛さの霊長類最強かよ”……と」


『アイカツ!』フアンによる、『アイカツ!』フアンのための素敵な交流の場所、キラキラッター。願わくば、末永く続いてほしいものだと権助は思った。



なお、マストドンは普通に検索に引っかかるため、後日、自らの発言を発見して頭を抱える権助の姿があったという。


- つづく -

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