第六部 「アイカツおじさんの一番星!」

第1話 アイカツおじさんちの子はカワイイ

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。


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「う~~~~~む」


2018年3月某日。


録画用のUSBメモリを接続した『アイカツスターズ!』筐体の前で、権俵権助(38歳・独身)は葛藤していた。手元のタッチパネルには、これから遊ぶステージの難易度が5段階の選択式で表示されている。子供をメインターゲットにしたゲームとはいえ、最高難度・5つ星の歯ごたえはかなりのもので、大量に流れてくるマーカーをすべて捌き切るのは大人でもなかなか難しい。逆に言えば、権助のようなゲーマーにとっては最も遊び甲斐のある選択肢なのである。


となれば、選ぶべき難度は決まっている。


「よし、星1つ!」


この瞬間、権助はゲーマーとしての自分が敗北したことを心中で認めた。


(だって、だってですよ? たくさんマーカーが流れてきたら見えないでしょ! かわいいウチの子が!)


「ゲームとしての面白さ」と「かわいいマイキャラアイドルの鑑賞」……彼の中でそのプライオリティーが入れ替わったのは『アイカツスターズ!』が始まってすぐだった。『アイカツ!』から『アイカツスターズ!』へとマイキャラを移行した(*1)時に、改めてキャラメイクを行ったところ、その美しく向上したグラフィックと豊富なメイク用パーツによって生まれ変わったマイキャラ「ゴンスケちゃん」に、すっかり心を奪われてしまったのだ。


(*1:第2部 第5話「アイカツおじさんと、これからもよろしくアイドル活動!」参照)


それ以来、持ち帰ったプレイ動画の中から「奇跡の一枚」を求めて夜な夜なスクリーンショットを撮影したり、アニメに登場するアイドルたちとマイキャラを共演させて夢女子プレイを楽しんだり、マイキャラに色々なドレスを着せるため、『アイカツスターズ!』筐体から排出されるカードだけでは飽き足らず、駿●屋から旧『アイカツ!』カードを段ボール単位で取り寄せたりと、彼は今や、深き「マイキャラ沼」に首までどっぷりと浸かっていた。


「いやいや、よく考えてみてくださいよ」


権助は語る。


「推しに好きな衣装を着せて、最前ゼロズレ座席でリクエストした曲を歌ってもらえて、おまけにポーズを指定したチェキ(アイカツ!カードのことらしい)がお土産についてきて、なんとたったの百円ですよ? いくら2018年の日本がデフレ社会とはいえ、これはあまりにも、あまりにも安すぎる。ここまで来るともはや慈善事業ボランティア無償の愛」


このように、沼に落ちた人間の言うことは得てして外にいる者の理解を超えているものだが、実際のところ、沼は落ちた人間にとっては心地よい温泉なのである。


「遊ぶ曲は、やはり6弾で追加された夜の『スタートライン!』だな。二年間の『アイカツスターズ!』の締めくくりに、この始まりの曲を持ってくるというのは……なんとも感慨深いな」


そう、もうすぐデータカードダス『アイカツスターズ!』は稼働を終了し、2018年4月5日からはシリーズ第三弾『アイカツフレンズ!』がスタートする。しかし、今の権助の表情からは、かつて『アイカツ!』が稼働終了した時のような悲壮感は見てとれなかった。


「今回は続編へのデータ引き継ぎがしっかりしているからな。ありがたいことだ」


この度のリニューアルでは同じ筐体を継続使用するということもあり、マイキャラデータを含む多くの要素を『スターズ!』から『フレンズ!』へと引き継げることが事前に発表されていた。これは、愛着あるマイキャラが失われることによって引き起こされるユーザー離れを防ぐための施策であると思われる。


「また”お別れ”するのは辛いからな……」


権助が今でも心残りに思っているのは、二年前の『アイカツ!』から『アイカツスターズ!』への移行時に、当時のマイキャラ、初代「ゴンスケちゃん」ときちんとお別れしなかったことだ(*2)。


(*2:第一部 第4話「アイカツおじさんが死んだ日」参照。当時はハードウェアごとリニューアルしたこともあり、引き継いだマイキャラは名前以外のほとんどを作り直すことになった)


”セルフプロデュース、スタート!”


今回、権助が選んだのは煌びやかな箔押しが美しい四枚の旧『アイカツ!』カード。それは、『アイカツ!』放送終了後に発売されたフィギュア、S.H.Figuarts『アイカツ!』シリーズに付属していた、『アイカツ!』一年目のプレミアムレアドレス『オーロラキス』コーデの一式だった。データカードダス『アイカツ!』二年目デビューの権助にとっては初めて手にしたカードで、今これを使うというのは、もう逢えなくなってしまった初代「ゴンスケちゃん」に着せられなかった分まで、現在のマイキャラを可愛がろうという彼の意思の表れなのかもしれなかった。


”スターキュートチャーム!”


順調にゲームを進めて、スペシャルアピールを決める。


余談になるが、『アイカツスターズ!』では旧『アイカツ!』時代のカードがすべて使用できるものの、スペシャルアピールの弱体化や新作ドレスボーナスといった仕様により、基本的には最新のカードを使う方がスコアは高くなり、また、グレードチェンジによるドレスのレアリティ上昇イベントも発生しない。つまり、権助のように旧シリーズのカードを使っているプレイヤーは、おおよそ当人の趣味で着せていると思って間違いないだろう。


(いやー、しかしウチの子はカワイイな)


じっくりとマイキャラのライブを堪能し終えて、サッと後ろを確認する。順番待ちはいない。もう1コイン。


(うんうん、本当にカワイイぞ…………マスゾエさんちの、ぴらちゃんは。おお~、ジョニーさんちのファ~ちゃんもカワイイね)


スマホを開き、『アイカツスターズ!』のマイページを確認する。そこには、武道館ライブでキラキラッター女児たちとカード交換をしてフレンドになった、数十名のマイキャラアイドルたちがずらりと並んでいた。そう、彼の深きマイキャラ沼は隣の沼へ、また隣の沼へと繋がり、いつしか広大な海へと姿を変えていたのだ……。


「”今から、ぴらちゃんとファ~ちゃんを呼んでアイカツ!します”っと」


権助がプレイ前にキラキラッターへそう書き込むと、ほぼ同時刻に他の書き込みが反映された。


”今日デビューしたウチの子です! よろしくお願いします!”


「っ! ”めちゃくちゃ可愛いですね! お名前なんて言うんですか? 今度ぜひカード交換しましょう!”っと」


権助は添付された写真を見て、反射的にレスを付けた。


”あー権俵さん、またやってる”


”いつものマイキャラたらしが始まった……”


この沼……いや温泉は、一体どこまで広がってしまうのか。


いくら気持ちの良い温泉でも、のぼせない程度に楽しみたいものである。



-おわり-

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