第2話 アイカツおじさんと手塚治虫 ~黎明編~

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。


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「うん、さすがタカラジェンヌ御用達だけあって、上品な味だ」


春の日差しが心地よいカフェテラス。権助はウエハースと一緒にカップに入った紫色の半球型アイスをじっくりと味わっていた。


2018年3月31日(土)。


ここは兵庫県宝塚市にある宝塚大劇場。中には、宝塚歌劇団が公演を行う劇場だけでなく、フードコートや土産物店、劇団の衣装展示やレンタル衣装での写真撮影といった一般観光客向けの施設も充実しており、このアイスを販売するジェラートショップ「ボヌール」も、そういった店舗の一つであった。


「おっ」


ふとガラス越しに店の中を覗くと、ひとりの男性客が権助と同じ紫色のアイスを注文しているのが見えた。それから五分と経たないうちに、続けて別の男性客がやってきて、また紫色のアイスを買っていく。宝塚大劇場のメインターゲットとは異なる、偏った客層による、偏った注文。応対する販売員のお姉さんの笑顔の中に、どことなく困惑が混じっているように見えた。


「宝塚市の花であるスミレをイメージしたオリジナルアイス『スミレジェラート』……まさか、それが『アイカツ!』第122話『ヴァンパイアミステリー』における氷上スミレの役名と同じだという理由で、全国のアイカツおじさんたちがわざわざ食べに来ているなどとは、お姉さんは夢にも思うまい」


とはいえ、この売れ行きは異常である。そう、今この宝塚にアイカツおじさんたちが集結しているのには別の理由があるのだ。


「さて、そろそろ行くか」


宝塚大劇場を出て、満開の桜に包まれた「花のみち」を東へ歩くこと五分。交差点を渡ったところに、上部に虹色の壁面を備えた円筒状の建築物があった。


「ここが、手塚治虫記念館か」


手塚治虫記念館。


兵庫県宝塚市で約20年間を過ごした手塚治虫を記念して1994年に設立されたミュージアムである。


正面玄関前で堂々と翼をはばたかせる火の鳥像に見降ろされながら中へと進み、受付のおばさまに入館料700円を支払い、館内の手引きや(三度来場すると次回無料になる)スタンプカードなどをまとめて受け取った。


余談になるが、入館料はJAF会員証やイオンカードなどの提示で割引が効くので、来館される方は事前に確認しておくといいだろう。


「おお~!」


入ってすぐに権助を出迎えたのは、床一面にカラータイルで描かれた手塚先生の似顔絵と、アトムと『リボンの騎士』のサファイアの立像、それにスタープレミアムレアドレスを纏った虹野ゆめと桜庭ローラのパネルだ。


(……展示にしれっと『アイカツ!』関連物が混じっている)


”手塚治虫×アイカツ!=テヅカツ!”


アイカツおじさんたちが宝塚に集まっていたのは、2018年3月1日~6月25日までの期間限定で催される、このコラボイベントのためであった。


記念館はB1F~2Fの3フロアで構成されており、1Fには手塚先生の生い立ちや作品年表、昭和の手塚キャラクターグッズなどが展示されており、奥には映写室(アトムビジョン)がある。B1Fはアニメ制作の体験コーナーで、そして2Fが、今回の『テヅカツ!』を開催する企画展示エリアとなっている。


「まずは地下でスタンプラリーのカードをもらおう」


各フロアにひとつずつあるスタンプを押す台紙を受け取るため、階段を下りて地階の事務所へ行く。すべてのスタンプを押すと何かがもらえるというわけではないが、権助にとっては、いちご・あかり・ゆめの歴代主人公スタンプを押した台紙はそれだけで記念品である。


階段の先……ブラックジャックの立像と二階堂ゆず・白銀リリィのパネルに挟まれた事務所の中に、所員のおば様の姿が見えた。なんとも不思議な光景だ。


「すみません、スタンプラリーの台紙をください」


「はい、どうぞ。アイカツ!カードは要りますか?」


「あっ、はい」


こういう場で、こういう方から「アイカツ!カード」という言葉が出る不思議さに、一瞬戸惑ってしまった権助であった。地下でスタンプを押し、続いて、ガラスの壁面と謎のランプがたくさん付いた昭和SFチックなデザインのエレベーターで一気に二階の企画展示エリアへ。すると、いきなりお土産コーナーが目の前に。


「うーん、これはいいグッズだなぁ」


通常の手塚グッズに加え、『テヅカツ!』オリジナルのステッカーやクリアファイルなどが販売されており、このデザインがまた実に素晴らしい。手塚先生画風のアイカツ!シリーズのキャラクターや、手塚キャラクターのコスプレをしたアイカツ!アイドルたちといった貴重なコラボイラストが描かれているのだ。


「特に、この”『ふしぎなメルモ』が青いキャンディーで大きくなり、サイズが合わなくなった服”を、お洒落なへそ出しトップスとして再デザインした仕事はノーベルグッドコーデ賞ものだな……!」


等と言いつつ両手に抱えたグッズをレジへと持ち込む権助であった。


グッズ売り場の向こうには、もうすぐ稼働を終了する『アイカツスターズ!』筐体が二台と、いよいよ今週からアニメ放送がスタートする『アイカツフレンズ!』のプロモーションビデオが流れるモニターとが隣接しており、世代の移り変わりを感じさせた。そういう配置からも察せられる通り……展示物の閲覧に順路があるわけではないとはいえ……どちらかと言えば、こちらは出口側であった。なぜなら、入口側には権助がじっくりと向き合いたい”ある物”があったからだ。それは後述するとして。


さらに奥に進むと、歴代アイカツ!カードの一覧や、シリーズ全話のサブタイトル&ステージ曲リストに、キャラクターのサインと相関図、これまで刊行されたファンブックに、星宮いちごの住んでいたスターライト学園寮の部屋を再現したエリアなど、数々の展示に目移りが止まらない。


「展示スペースはそこまで広くないが、密度が高くて、こりゃあ見応えがあるな」


そんな権助の目移りをピタリと止めた展示があった。


「…………」


ガラスの向こうに、五体のマネキン。それぞれが、色鮮やかな輝きを放つドレスで着飾っていた。それは、あの武道館での最後のライブでSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!が身に纏っていた衣装だった。近くで見ると、細かい装飾まで作り込まれているのがよく分かる。そして、限界まで使い込まれたシューズからは、彼女たちの熱いアイドル活動の歴史が感じられた。つい一ヶ月前までこれを着ていた彼女たちは、今はもうそれぞれの道を歩き始めている。そう思うと、嬉しさと寂しさとが同時にこみあげてきた。いつか、きっとまたどこかで……そんな思いを抱きながら衣装を見つめているうち、時計の針が13時過ぎを指した。


「お、集合時間だ」


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1F奥にある映写室……アトムビジョンの前には、既に多くの人が集まっていた。


「それでは、整理番号順にお並びくださーい!」


係りの誘導で、人だかりが綺麗に整理されていく。


権助も入館時に受け取っていた整理券を見せて入室し、空いている席のひとつを確保した。アトムビジョンの中には、ちょっとしたミニシアター程のスクリーンと約50の座席があり、天井にはジャングル大帝、マグマ大使、七色いんこにビッグXといった手塚キャラクターたちがいっぱいに描かれている。ここでは普段、記念館オリジナル作品を月替わりで上映しているのだが……。


「本日は『アイカツスターズ!生オーディオコメンタリー上映会』へようこそお越しくださいました! それでは、さっそくゲストのお二人をお呼びいたしましょう! 大きな拍手でお迎えください! 佐藤照雄監督と、伊藤貴憲プロデューサーです!」


ワアっと客席からの歓迎を受けながら、二人のメガネ男子……少しぽっちゃり体型で優しそうな佐藤監督と、スラリと精悍な伊藤プロデューサー……が、先ほど権助たちが入って来たのと同じ後部出入口から入場してきた。


『アイカツスターズ!生オーディオコメンタリー上映会』……その名の通り、『アイカツスターズ!』を上映しながら、監督とプロデューサーが生で解説や裏話を聞かせてくれるという、フアンにはたまらない企画である。


「こんにちは、監督の佐藤です。……ところで、『アイカツスターズ!』最終話、もう見られました? まだ見てない人~?」


監督の呼びかけに、ぽつぽつと手が挙がる。


それだけを書くと、手を挙げた人が熱心なフアンではないように思えるかもしれないが、そうではない。毎週木曜日に『アイカツ!』シリーズを放送しているテレビ東京系列は、全国ネットの放送局ではない。そのため、放送外地域に住んでいる人は、翌週月曜日のBS放送を待つ必要がある。つまり、今日この土曜日は「今週木曜日に最終話を観た人」と「来週月曜日の最終話を待つ人」とが混在する曜日なのだ。なので、後者はむしろ地上波放送地域外からわざわざ足を運んでくれているほどの熱心なフアンと言える。


余談になるが、2018年7月18日以降は木曜放送当日からのネット配信が実現し、この地方格差は解消されている。


「実は今日の上映、最後に最終話を流すんです……初めて見る人、いきなりでごめんなさい」


「まあ、初見がコメンタリーというのも貴重な体験だと思いますので!」


ツイッターでの印象通り、人のよさそうな佐藤監督の謝罪に、すかさず伊藤プロデューサーがフォローを入れる。権助が伊藤プロデューサーの登壇を見るのは一昨年の『朝までアイカツ!オールナイト上映』以来(*)だが、相変わらず話の運び方が上手いなと感心する。


(*第三部 第1話『アイカツおじさんと朝までアイカツ!』参照)


「まだ放送して間もないので、今日は白箱を持ってきました」


オオ……と客席の一部から声が上がる。「白箱」とはアニメ業界用語で、作品完成時にスタッフへ渡される、白い箱に入った確認用のメディアのことである。普通は関係者しか見られない貴重なものだ。


いよいよ上映が始まる。


”絶対、アイドルの一番星になる! 虹野ゆめ、アイカツ!はじめます! フフッ”


見慣れたタイトルコールも、大きなスクリーンで見るとまた新鮮だ。


今回上映されるのは、第51話「パーフェクトアイドル エルザ」、第83話「リリィと王子様」、そして最終第100話「まだ見ぬ未来へ☆」の三話。午前に行われた上映会が一年目(1話~50話)からのチョイスだったのに対し、この午後の部は二年目・星のツバサシリーズから選ばれている。


「二年目にヴィーナスアークがやってきて世界一を決めるというのは、データカードダス側からのアイディアでしたね~」


「すばるくんが、ゆめちゃんのことを『ゆでダコ』ではなく『ゆでタコ』って呼んでるのは、脚本の柿原さんのこだわりですね」


「最終回のマラソンの場面は、アフレコ中にキャストのみんなが泣いちゃって……」


(おおお……!)


これまで、どの媒体でも聞いたことの無い裏話が次々と飛び出してくる生コメンタリーに、一言一句を聞き逃すまいと集中力を全開にする権助であった。そして、あっという間の一時間半が終わり、再び場内の照明が点いた。感動の最終話の余韻で、客席からはまだすすり泣きが聞こえている。


「いかがでしたでしょうか! それでは、まだ少し時間がありますので、今から佐藤監督と伊藤プロデューサーへの質疑応答タイムに入りたいと思います! お二人に何か訊いてみたいことがある方はいらっしゃいますか~? ……では、最初に手を挙げてくださったそこの男性!」


呼ばれて立ちあがったのは……権助であった。司会のお姉さんからマイクを手渡され、スゥ……と軽く呼吸を整えた。そして。


「最終話、あこちゃんに星のツバサを付けてくださって、本当にありがとうございます!」


一体、この男は何を言っているのか。


質疑応答の意味を理解していないのか。


しかし、意外なことに客席からは「ああ……」「おお……」という共感のような声が上がった。


データカードダスの開発が先行する『アイカツ!』シリーズにおいて、良くも悪くもゲーム側の都合でアニメの物語展開が左右されるのはよくあることだが、この『アイカツスターズ!』では、早乙女あこというアイドルがたまたまその割を食うことが多かった。特に二年目のキーアイテムである星のツバサを、レギュラー陣の中で唯一授けてもらえなかった不遇は、彼女のフアンにとっては辛い出来事であった。


しかし、スタッフやキャストの愛がとにかく深いのがアイカツ!シリーズである。


年末年始に行われたAIKATSU☆STARS!の全国ツアーにおいて、早乙女あこの歌唱を担当する”みき”がオリジナルの星のツバサを付けた衣装でライブをし、さらにアニメ最終話でもその衣装が登場するというサプライズがあったのだ。これは基本的なことだが、アニメは主にDCD筐体の販促のために放送されているわけで、ゲームに登場しないドレスを着せるというのは極めて異例であった。


というわけで、そんな最終話の感動を再び目の当たりにした権助は、思わず質問ではなくお礼を言ってしまったのだった。


「あっ、えっと……あの、あこちゃんのドレスは”みき”さんが着ていたのを見ての逆輸入だったのでしょうか?」


慌てて軌道修正をする。


「そうですね、ライブであの衣装を着ると聞いたのでアニメにも登場させました。あとは、カード事業部が作ると言ってくれたので」


「なるほど、ありがとうございました!(カード事業部……?)」


その言葉が少し気になりつつも、監督から直接あこちゃんの話を聞くことができて権助は満足であった。


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「ふう、いいイベントだった……」


上映会が終わり、アトムビジョンから出てきた権助は軽く伸びをして……そして、ゆっくりと目の前の階段を昇り始めた。この先にあるのは、権助が最後までとっておいたテヅカツ!展示の入口だ。


「………………」


階段を昇りきったところに、それはあった。


旧『アイカツ!』データカードダス筐体。


二年前に稼働を終了し、もう二度と触れる機会は無いはずだった物が今、目の前にある。それは、つまり。


「…………」


権助は鞄から一枚の学生証カードを取り出した。『アイカツスターズ!』の四ツ星学園ではなく、『アイカツ!』のスターライト学園の学生証を。それを筐体左部の「へこみ」に乗せる。


”読み込みが終わったよ! ゲームが終わるまでICカードには絶対に触らないでね!”


「あぁ……」


二年前。


最後に『アイカツ!』筐体を見た、あの日。


きちんとお別れをしなかったあの日から、権助はずっとそのことを後悔していた。


「……久しぶり」


今、彼の目に映るその姿は、まごうことなき、かつてのマイキャラ”ゴンスケちゃん”だった。


(あの日、見られなかったキミの『アイカツ!』を……今日ここで見せてくれ)


かつてオンラインで日本全国と繋がっていたその筐体は、いまやこの一台が独立して動くのみ。権助の耳に届くBGMは、サントラCDが出ていないこともあり、かつての気持ちを容易に思い出させてくれる。彼が最後に選んだ曲は、初めてアイカツ!をプレイした時と同じ『アイドル活動!』。


”セルフプロデュース、スタート!”


権助が取り出したのは、『オーロラキスコーデ』のカード一式。『アイカツ!』稼働終了後に手に入れた、最初期のプレミアムレアドレス。今までは、着せたくても着せることができなかったものだ。


「いくぞ」


”さあ! 行こう光る未来へ ホラ 夢を連れて”


三色のマーカーと共に、ゴンスケちゃんと共に歩んだ記憶が流れてくる。勇気を振り絞った最初の1コイン。はじめてプレミアムドレスが揃った時の喜び。日本を巡ったアイカツ!ジャパンツアーと思い出のアルバム……。


アーケードゲームには、いつか別れの時がくる。


だからこそ、一回、その一回のプレイを心に刻まなければならないのだ。


”プレミアムエンジェルアロー!”


華麗にスペシャルアピールを決め、いよいよクライマックスへ。


”走り続ける キミが見える ファイトくれる”


ゴンスケちゃんが両手でハートマークを作り……最後のライブは終わった。今度こそ、見届けたのだ。


「…………」


プレイを終えた権助は、学生証を取り外して鞄に戻した。


「……今まで、ありがとう」


きっと、ゴンスケちゃんの『アイカツ!』は、画面の向こうではまだまだ続いていくのだろう。権助がそれを見ることはもう無いが、こうしてきちんと最後のお別れができたことで、素直にそう思えるようになった。


ふと後ろを振り返ると、既に数名のアイカツおじさん・お姉さんたちが並んでいた。彼らもまた、かつてのマイキャラに会いに来たのだ。


ありがとう、アイカツ!


ありがとう、手塚治虫先生。


お礼を言われてもなんのこっちゃ分からないと思いますが、とにかくありがとう。



-おわり-

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