第3話 アイカツおじさんと財団Bの罠

------------------------------------------------------------------------------------------------

※この物語は、もしかするとフィクションである。

------------------------------------------------------------------------------------------------


「や、やりやがった……!」


権助は自室という油断もあり、ついPCの前で声を出してしまった。


「S.H.Figuartsでの『アイカツスターズ!』シリーズ開始を宣言した直後に、S.H.Figuarts『神崎美月』『北大路さくら』『一ノ瀬かえで』の発表とは、なんと巧みな戦略か……!」


権助が閲覧していたのは、バンダイ コレクターズ編集部による新作フィギュアの発表会「魂ネイション2016」の公式サイトであった。


S.H.Figuartsとはバンダイが展開する手の平サイズの稼働フィギュアのブランドで、『アイカツ!』のフィギュアもこれまでに数体発売されていた。


『アイカツ!』待望の大人向けファングッズであったので、権助もこれまでに発売されたものは全て購入済みだったのだが、初期レギュラーキャラクター・スターアニスの8人のうち5人までの商品化が決まったところで、新シリーズ『アイカツスターズ!』のフィギュア展開が発表されたため、残り三人……『神崎美月』『北大路さくら』『一ノ瀬かえで』のフィギュア化はもう無いものだと思われていたのだ。


「一度、フィギュア化を諦めさせた上でのこの発表! 飢餓感を植え付けることにより、更なる購買意欲を煽るやり方! これだから財団Bは恐ろしいのだ……!」


財団B。


それは、作品にハマった視聴者に対して次々と魅力的な商品を提供することにより、いつの間にか彼らの財布の中身を根こそぎ奪い取っていく恐るべき組織である。


つまりバンダイさんいつもありがとうございます。


ちなみに「財団B」という名称は、『アイカツ!』と同じくバンダイが玩具を販売している『仮面ライダーW』『オーズ』『フォーゼ』に共通の敵として登場した、作品を跨いで暗躍する巨大な悪の組織「財団X」を由来としている。『007』でいうところの「スペクター」のような存在という例えが一般向けだろうか。


「スターアニス全員のフィギュア化はありがたい、ありがたいのだが……本当に財布には厳しいぞこれは。だってこれ絶対プレバンだろう……?」


プレバン、つまり「プレミアムバンダイ」は、一般流通に乗せても採算が合わないが確実に需要がある……という商品を受注生産する通販ショップであり、S.H.Figuarts『アイカツ!』においても、主役三人以外はすべてプレミアムバンダイのみの取り扱い商品となっていた。


受注生産なので当然、値は張るし、値崩れも起こさない。まさに消費者の財布へ大ダメージを与えることを得意とする財団Bの真骨頂であった。


「それでも……買ってしまうんだなぁ、これが……」


権助は「惚れた弱み」という言葉を噛み締めながら、椅子に座ったまま自室を見回した。部屋の中には、いつの間にか随分と増えた『アイカツ!』グッズや関連書籍の数々があちこちに鎮座していた。


「まさか、放送終了後の方がグッズが充実するとは思ってもみなかったな」


『アイカツ!』放送中は、フィギュアと言えばガシャポンのミニマスコット、書籍といえば「ちゃお」のムック……と、当たり前だが子供向けのグッズばかりが展開されており、権助たちアイカツおじさんが満足できるような物はなかなか出てこなかった。それは、『アイカツ!』二年目の放送が終わった頃に学研から発売された初の大人向け書籍「アイカツ! オフィシャルコンプリートブック」が別名「控えめに言って聖典」と呼ばれ崇められていた事からもよく分かる。


それが今や、この大人向けグッズの数々である。


放送中の『アイカツスターズ!』は従来通り子供向けに。放送が終わった『アイカツ!』はいまだ根強いファンのいる大人向けにと、ターゲットを分けて上手く商売をする財団Bに、権助は畏怖と感謝の両方の感情を抱くのであった。


「それにしても、あれは別格だな……」


そう呟いて権助は部屋の隅に視線を送った。


そこにはピンク色をした直方体が鎮座していた。


そのサイズ、実に55cm×35cm、奥行き7cm!


これこそが、『アイカツ!』グッズ最大の大きさを誇る設定資料集「アイカツ!TOP OF WORKS ~特盛いちごパフェ BOX~」であった。


中身は原画集・絵コンテ集・レプリカ台本・特大ポスターと完全なマニア向けとなっており、その収納ボックスも一年目最終話『思い出は未来のなかに』にて、星宮いちごがアメリカへ持っていったトランクを模したデザインで、蓋を開けると霧矢あおいからの手紙がプリントされているという「分かっている」出来栄えであり、諭吉を一枚犠牲にして召喚することができる逸品であった。


「ま、さすがにこのレベルの商品はもう出てこないだろうな。……お、そろそろスタミナが回復した頃だな」


ふと思い出し、権助はスマホを取り出してアプリを立ち上げた。


『アイカツ!フォトonステージ!!』、通称「フォトカツ」。


こちらは2016年1月27日より配信されている『アイカツ!』のソーシャルゲーム。これぞ正に、大人向け展開の極地である。


現在のソーシャルゲームの主流である「カードを集めてデッキを構築し、ゲームを攻略していく」というスタイルがそもそも『アイカツ!』との親和性が高く、最終話以降の『アイカツ!』世界をアプリの中で違和感なく継続することに成功していた。


加えて、サービス開始が『アイカツ!』終了の告知と同時期だったため、最終回後にやってくるであろう「アイカツロス」を恐れたアイカツおじさんたちがこぞってインストールしたこともあり、今では100万ダウンロードを突破する人気アプリとなっていたのだ。


「えーと……『SHINING LINE*』の伝説級、と」


ジャンルはこれまでと同じくリズムゲーム。権助が遊ぶ曲と難易度を選ぶと、画面に4×4の透明なマス目が現れ、そのマスの中を凄まじい勢いでカラフルな色が塗りつぶしては消えていった。


(緑はタップ! 赤は同時! 黄色は長押し!)


次々に出現するマス目の色の意味を瞬時に判断し、両手の指をフルに使ってタップして捌いていく。その譜面の難度は子供向けのデータカードダス版『アイカツ!』とは比較にならない高さであり、そこからもターゲット層の違いが一目瞭然であった。


ただし、余談になるが「やり込みを続ければ最終的に難しいのはデータカードダス版」というのが権助の持論である。


データカードダス版はそこそこのカードがあれば子供が適当に遊んでもクリアできる難度になっているが、実はオールパーフェクトを狙うと極端に難しくなるのだ。


その理由は「パーフェクト」判定の猶予フレームの厳しさにある。


正確な情報は公表されていないが、猶予はわずか前後1フレーム(60分の1秒)ずつと言われており、これは数ある音ゲーの中でもトップクラスの厳しさである。実際、権助もデータカードダス版でオールパーフェクトはただの一度も出したことがなかった。


話は戻って。


「フォトカツ」も財団Bによるものである以上、やはり権助らの財布を軽くするための素晴らしい商魂に溢れていた。


通常、ソーシャルゲームはプレイ権である「スタミナ」の購入および、カードのくじ引き……いわゆる「ガチャ」で収益を得るが、フォトカツはそれらに加えて、リズムゲーム用の新曲を制作してCDを販売する。新曲が増えてきたところで歌唱担当によるライブを開催する。さらにカードの描きおろしイラストが溜まると画集を発売する……といった資産の活用でさらなる収益を得ていたのだ。


なお、それらは権助らアイカツおじさんの望むところでもありバンダイさん本当にいつもありがとうございます。


「とはいえ、やはりこれだけ大人向けの高額商品展開が続くと財布が寂しくなってくるものだな。今後は少し自制せねばなるまい。……ん? アイカツ!の公式ツイートか」


フォトカツをプレイし終えた権助がスマホの画面をツイッターに切り替えた。


---------------------------------------------------------------------------------------------

アイカツ!&アイカツスターズ!アニメ公式


#アイカツ!設定資料集第2弾は、来週中にムービック様の通販にて受付、予定価格は、送料&消費税込13,900円となります。他の通販サイトでの販売はございません。どうしても今回、高額となってしまいましたので、皆さまの心の内で慎重にご検討の上でお申込み下さい。

---------------------------------------------------------------------------------------------


「…………」


権助は、無言のまま予約ボタンをタップした。


「いや、だって……頭の中のあおい姐さんが『すぐにお金を用意して』って……」


などと意味不明な供述をしており、アイカツおじさんの業は深い。



- つづく -

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る