最終話 アイカツおじさんと、あの子がうらやむオトナモード
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※この物語は、それなりにフィクションである。
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「んぐ、んぐ…………ふぅ、準備よし!」
これから始まる「祭り」に向けてレッドブル250ml缶を飲み干した権助は、胸を高鳴らせながら梅田の地下を歩いていく。
着いた場所は「泉の広場」。大理石の彫刻に彩られた円形噴水を中央に据えた広々とした空間は待ち合わせ場所としても活用されており、その荘厳な光景は「セーブポイント」と呼ばれることもある。
「おっ」
上着の胸ポケットからスマホを取り出し、キラキラッターを確認した権助は、そこに「泉の広場」の写真と共に幾つかの呟きが書き込まれているのを見つけた。
”着きました!”
”もうすぐ開場だ~”
顔を上げて噴水の周辺を見渡してみると、あちらにもこちらにも、『アイカツ!』のライブTシャツを着た男性や、『アイカツ!』缶バッジを鞄に着けた女性たちが見受けられた。
2017年5月27日(土)、この泉の広場の真上にあるプラザ梅田ビル8F「クラブピカデリー」にて正午から催されるイベント、それこそが「ALL aikatsu stars! LIVE STATION 2 DJ LIVE JAPAN TOUR」、通称「アイカツアニON」その大阪公演である。
そもそも「アニON」とは。
『アイカツ!』シリーズを手掛けるバンダイナムコグループが経営する「アニON STATION(アニオンステーション)」のことで、様々なアニメとタイアップし、コラボ料理や楽曲リクエストなどを楽しむことができるキャラクターカフェである。そして今回のイベントは、そのアニONが主催するアニソンDJによる全国ライブツアーとなる。
簡単に言えば、『アイカツ!』楽曲オンリーのクラブイベントだ。
「キッズ向けコンテンツである『アイカツ!』とクラブイベント……ううむ、なんとも不思議な組み合わせだ」
そんなことを考えながら地上への階段を昇ると、既にビルの前にはずらりと行列ができていた。権助はその最後尾に並び、開場の時間を待った。
「このビルへ来るのは二年ぶりだな」
権助が前回ここを訪れたのは2015年7月11日(土)。10Fの梅田クラブクアトロで行われたライブイベント『MBSたいバーン!!LIVE~アニソン編~』の時である。
その名の通り、複数のアーティストが合同で行う「対バン」で、『アイカツ!』のAIKATSU☆STARS!と『プリパラ』のi☆Risが初めて同じ舞台に立ったライブとしても知られている。
余談になるが、この時に共演したアニソン歌手「TRUE」こと唐沢美帆は以前より『アイカツ!』好きを公言しており、自らのラジオ番組にAIKATSU☆STARS!メンバーを呼ぶなど公私混ど……いや、趣味を活かした仕事ぶりを見せていたが、『アイカツスターズ!』になってからはついに作詞家として参加するようになり、その『スタートライン!』『アイカツ☆ステップ!』をはじめとした『アイカツ!』愛に溢れた素晴らしい歌詞の数々は、現在進行形で世のアイカツおじさんたちの涙腺を刺激し続けている。
「お、列が動き出したな」
ぞろぞろと進み始めた列に続いていくと、その流れの先はエレベーターではなく、裏口の階段へと繋がっていた。
「うっ……また地獄の灼熱階段か」
権助の脳裏に、二年前のライブイベントの記憶が蘇った。数百人規模の来場者を順に並んで入場させるには、当然エレベーターは使えない。となれば、従業員用の屋内階段を使うより他ない。その階段が……まさに地獄なのである。
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「あっちい……」
権助は頭上を見上げた。地上1Fから目的の8Fまで、ぐるぐるぐると螺旋状にアイカツおじさんたちが連なって階段に並んでいる。
並び始めてかれこれ20分。
現在、権助は4Fの踊り場で待機していたが、その気温と湿度の高さに、レッドブルで前借りした体力が早くも尽きそうになっていた。原因は人口密度の高さと、踊り場を照らす灯りにあった。
このプラザ梅田ビルは、かつて松竹系列の映画館である梅田ピカデリーが入っていた歴史ある建物である。それゆえ設備も年季が入っており、使われている電灯もこのご時世に白熱電球。それもご丁寧に、踊り場ごとに三つずつ配置されたそれは、まるで小さな恒星のように権助たちの頭上で熱と光を放ち続けていた。
「いや、二年前は10Fまで昇ったんだ……。今回はあの時よりも2フロアもゴールが近いぞ……」
と、権助は自分に言い聞かせた。
なお、二年間の加齢による体力の衰えは考慮されていない。
権助は気を紛らわすためにキラキラッターを開いた。
”10Fが見えない……”
”アツい! つまり、死ぬ!”
”階段にお墓建てますね”
そこには自称女児たちの遺言が並んでいた。
「”もう少しです、がんばりましょう”……と」
”権助さん、もしかして近くにいます?”
「”たぶんいますね”……と」
よくよく耳をすませば、時折、上階の方から「キラキラッター」という単語が聞こえてくる。本当に短期間で浸透したものだと、権助は改めて感心した。
「おっ」
キラキラッター女児同士でお互いを鼓舞しながら待機すること10分。ようやっと、もぞもぞと螺旋が動き始めた。
(よしよし、後は昇るだけだな)
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「はふ……ふひ……死ぬ……!」
なるほど、確かに昇る”だけ”であった。……10Fまで。
10F、クラブピカデリー。
窓の外には巨大なプロペラ(シャレオツオブジェクト)がゆっくりと回転し、入口では『堕落天使』のロッシのような髪型をしたサブカル感満載のスタッフが受付をしている。照明を落とした廊下の奥は、まるで異世界へと続く入口のようだ。
「この洒落た空間が、あの梅田ピカデリーだったというのは……にわかには信じがたいな」
以前、このフロアに存在した梅田ピカデリーは権助もよく通っていた映画館であった。松竹系なので、上映される作品の代表格と言えば『男はつらいよ』や『釣りバカ日誌』など。権助が過去にここで観た映画を思い出してみると、『壬生義士伝』『たそがれ清兵衛』に『オペレッタ狸御殿』etc……と、なかなかに渋めのラインナップであり、いつ来ても観客の年齢層はアイカツおじさんである権助が若者に思えるぐらいに高かった印象が強い。それが今や「クラブクアトロ」に「クラブピカデリー」ときたもんだ。
(変われば変わるものだな)
列が進み、権助は入場チケットと、事前に崩しておいたドリンクチケット用の600円、それに入場時に本人確認があった時のために念のため運転免許証を鞄から取り出して待機した。
(……変わったと言えば、自分もか)
まさか、三十代も半ばを過ぎてクラブやライブハウスの作法を学んだり、キッズ向けゲームの面白さやアイドルのライブの楽しさを知ったりするとは思わなかった。ただ純粋に「『アイカツ!』が好き」という一心で、自分が今まで見向きもしなかった場所へ足を踏み入れた結果、視野が、世界が広がった。
『アイカツ!』が、権助の人生を豊かにしてくれているのだ。
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「こりゃあ……すごいな」
入場した権助は思わずつぶやいた。
前後左右全面の壁に投影された『アイカツ!』のイラスト群。ゆるやかな左右の階段によって区切られた上下二階層のフロア構成で、下層中央にはリッチなバーカウンター。「ゴシックヴィクトリア」ブランドを思わせる巨大な鉄の鳥かごを左右に配した最奥のDJブース。その前面には無数のライトをちりばめて形成された電光掲示板があり、そこには「AIKATSU!」の文字が燦然と輝いていた。
「……本気すぎる」
と、会場の豪華さに圧倒されながらも、その足は速やかに物販コーナーへと向かい、定番のマフラータオルを購入している権助であった。
この男、すっかりイベント慣れしている。
ちなみに、マフラータオルは汗を拭くだけでなく、曲のサビで演者と一緒になって頭上でタオルを振り回す……いわゆる「タオル曲」でも使用するため、購入の優先順位が高い。なお、『アイカツ!』では「ラン・ラン・ドゥ・ラン・ラン!」「夏色バタフライ」がそれに相当する。
「よし」
マフラータオルを首にかけ、大勢のアイカツおじさん&お姉さんたちと共にDJブースの正面で待機する。直後、今回の主役である「DJ和」をはじめとするDJたちと、MCの山田さんが登壇した。
「みなさーん、おーつかー!」
”うおおおおおつくあああああああああ!!”
「準備は、オケオケ~?」
”ウオッケエエエエエエエイイイ!!”
MCの呼びかけに、集まった数百人の参加者たちが声を揃えて答えを返す。
(ああ、『アイカツ!』第30話「真心のコール&レスポンス」だ……)
『アイカツ!』用語を巧みに取り入れたコール&レスポンスによってお互いの繋がりを確認したことで、一瞬にして会場は一体感に包まれた。
そして、宴が始まった。
♪ ミエル ミエール はちみつはmiel ♪
(そうきたか……!)
一曲目は定番の『アイドル活動!』でも、初代OP『Signalize!』でもなく、大阪のアイドル・堂島ニーナの持ち歌「ミエルミエール」。全国ツアーということを意識したご当地感のある選曲に権助は膝を打った。
♪ ミエル ミエール 光はlumiere ミエル キテル~ ♪
”サップッライズッ!!”
DJが選んだ曲に対して、瞬時にアイカツおじさんたちが完成されたコールを合わせていく。一階前方に集まった人間は、やはりテンション高くこのイベントを楽しもうという意思が強いので、ノリの良さもコールの反応も前のめりである。
その一方で、バーカウンターで注文したお酒を飲みながらゆったりと楽しむ人や、上階で椅子に座って他の参加者たちとの交流を楽しむ人もいる。
それだけではない。権助はこのイベントの至るところから感じる自由さ、寛容さを居心地よく感じた。
通常、別々にライブが行われる『アイカツ!』と『アイカツスターズ!』が、ここではその壁を取り払って一緒に楽しめるのをはじめとして、ライブでは禁止されているMIXや過度の声援もここでは各々の判断で自由に行える。そもそもDJが楽曲を自らの解釈でアレンジして流すことが許されている公式イベントということが、その自由さを象徴していると言えた。
スターライト学園とドリームアカデミー。
四ツ星学園とヴィーナスアーク。
『アイカツ!』シリーズでは多様な価値観が共存することの素晴らしさを繰り返し伝えてきた。権助はこのイベントにもその姿勢を感じ、また心動かされるのであった。
「まだまだ行くぞー!」
”うおおおおおおおおお!!”
宴は、続いていく。
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「はあ、はあ……。……ふぅ」
権助は息を切らしながら、バーカウンターでドリンクチケットと交換したコーラを手に、椅子に腰かけた。
午後3時45分。DJ五人が交代しながらのぶっ続けアイカツ!曲マラソンは、ここでようやく休憩時間を迎えていた。
「んぐ、んぐ……ぷはぁ」
権助はコーラを飲み干すと、ぐぐっと背伸びをした。彼は下戸なのでアルコールは注文しなかったが、どちらにせよ、中年である権助にとってこのイベントでの運動量を考えれば、おそらく素面でなければ持たなかっただろう。
「はあ、はあ……楽しい……楽しいな、これは……はあ、はあ」
せめてもう少し若ければなと思いつつ、休憩がてらキラキラッターを開く。
”休憩時間中~”
”あと二時間かぁ。あっという間だなー”
どうやら、会場にいるキラキラッター女児たちが書き込んでいるようだ。
”うらやましいな~”
「ん?」
”俺、まだ学生だからアニON行けない! いいな~!”
「あっ……」
権助は気が付いた。
今までのSTAR☆ANISやAIKATSU☆STARS!のライブイベントは、あくまでも前提として子供達のためのファミリー回があっての、大人向け回の開催であった。
以前に参加したオールナイト上映イベントもまた、子供達をメインターゲットに据えた新作劇場版に付随するものであった。
アイカツおじさんたちは、いつも子供達から「楽しさのおすそわけ」をしてもらっていたのだ。
だが、今回のアイカツアニONは違う。
アルコール提供ありのクラブイベントということで、20歳以下の入場は禁止されている……つまり、純然たる「アイカツおじさん&お姉さん」のためのイベントなのだ。
(ああ……そうか……)
キッズ向けコーナーでゲームをプレイしているだけで、奇異の目で見られた。
ミニライブでは、遠巻きに眺めるしかなかった。
様々なグッズが発売されても、可愛すぎてとてもおじさんには使えなかった。
おおっぴらに、好きとは叫べなかった。
それが、アイカツおじさんという存在だった。
でも、今ここでなら言える。
「アイカツおじさんで良かった……!」
権助は再び立ち上がり、また夢の宴へと帰っていく。ああ、この時がずっと続けばいいのに……毎日、毎日、続けばいいのに……そんな希望を抱きながら。
イベントが終わり、帰宅したこの日の夜、権助はなかなか寝付けなかった。
それはまるで、『アイカツ!』第一話で神崎美月のライブを観た夜の、星宮いちごのようだったという。
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なお翌日、権助は強烈な筋肉痛に襲われ、「毎日の開催はおじさんの身が持たない」という悲しい現実を思い知ることになるのであった。
- おわり -
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