最終話 アイカツおじさんと、
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※この物語は、おそらくフィクションである。
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「遠いな……」
朝の陽光が射しこむ電車に揺られながら権俵権助は呟いた。乗客はまばら。窓の外を流れる景色に、だんだんと緑色が増えていく。
2016年5月4日(水・祝日)
アニメ『アイカツ!』終了から一ヶ月。新番組『アイカツスターズ!』も既に四話の放送を終えたが、権助はその心をいまだスターライト学園に置いてきたままだった。
(今日のイベント……果たして今の私に楽しめるのだろうか)
彼の目指す行き先は、イオンモールりんくう泉南。なんば駅からおよそ四十分。大阪府の南端に近い泉南市にある、郊外のショッピングモールである。
今日はここで『アイカツスターズ!』として初めてのミニライブイベントが行われるのだ。アニメ『アイカツスターズ!』においても楽曲の歌唱は引き続きAIKATSU☆STARS!が担当する(ややこしい)ため、あわよくば旧『アイカツ!』の歌が聴けるかもしれない……などという期待もあって、権助はゾンビのような足取りでこのイベントへの参加を決めたのだった。
(『アイカツ!』の無い生活がこれほど辛いとは……。本当に、こいつらが無ければ即死だった)
と、権助は手提げ鞄の中に入れたニンテンドー3DSとスマホに目をやった。
『アイカツ!』が終了間際に残した二つの遺産。
それは、ニンテンドー3DS用ソフト『アイカツ!My No.1 Stage!』と、iOS/Android用アプリ『アイカツ!フォトonステージ!!』(通称「フォトカツ」)である。
前者はアーケード版のアレンジ移植で、有料DLCの販売により全70曲超えという決定版となったため、権助は筐体を買わずに済んだ。後者は、紙芝居形式とはいえ、アニメ最終回以降のストーリーが見られるというだけで神棚に飾る価値があった。
とはいえ、これまで主軸であったアニメとアーケードゲームを失った痛手は大きく、二つの遺産によってアイカツおじさんはかろうじて死を免れたものの、生き延びたというよりは、人工呼吸器によってどうにか生かされているという表現が正しかった。
(思っていたより田舎だな)
会場最寄りの南海電鉄・樽井駅は、およそ大阪らしくない無人駅であった。そこから初夏の日差しを浴びながら十分ほど歩くと、イオンモールりんくう泉南が見えてきた。会場となる1Fの中央広場へ入ると、既にたくさんのアイカツおじさんたちがステージから少し離れた「節度ある位置」で待機していた。ステージの周囲には先行稼働中のデータカードダス『アイカツスターズ!』筐体が数十台も並べられており、イベント用にフリープレイを実施中ということもあって、新しいもの好きの子供たちで賑わっていた。
権助は先客のアイカツおじさんたちに混じって舞台の見える場所を確保し、開始を待った。
「最初のステージは20分後か……」
棒立ちで待機している間にやれることといえば、舞台上の大型モニターに流れている『アイカツスターズ!』楽曲のプロモーションビデオを眺めることぐらいだ。
「ん? この『みつばちのキス』っていうの、新曲か。正直、『アイカツ!』を失ったショックが大きすぎて、今まであまり『アイカツスターズ!』に真剣に向き合えていなかったが……いい曲だな」
続けて、モニターにエンディング曲である『episode Solo』のPVが流れ始めた。
「この曲も、改めて聴くと良いな。……えっ、この作曲者、『SHINING LINE*』の石濱翔じゃないか。そうか、バトンはまだ……」
「こーんにーちはー!」
権助がPVに見惚れている間にステージの開始時間となり、司会のお姉さんが元気よく子供たちに挨拶をした。それからひきとしきり『アイカツスターズ!』の紹介を済ませると、お待ちかねの彼女たちを呼んだ。
「アニメで歌を歌っている、AIKATSU☆STARSの皆さんでーす!」
その声に応えて、AIKATSU☆STARSのメンバーが登壇した。皆、それぞれ『アイカツスターズ!』で担当しているキャラクターと同じ衣装を身に纏い、さっそく今作を代表する一曲『アイカツ☆ステップ!』を全員で元気よく歌い上げた。
およそ三ヶ月ぶりに観る彼女たちは、演じる役柄は変わっても、子供たちに向ける笑顔に変わりは無かった。そして、逆に変わったところも。
「虹野ゆめちゃんの歌を歌っている、せなです!」
「桜庭ローラちゃんの歌を歌っている、りえです!」
それは、『アイカツスターズ!』からの二人の新メンバー。これが初ステージとあって、表情からは少し緊張の色が見えた。権助は、一年半前に初めてAIKATSU☆STARSのステージを見た時のことを思い出した。
今、先輩としてステージに立っているメンバーたちも、最初はこんな風だったなと。
そして、せな・りえの二人だけで歌う次の一曲、アニメのオープニング曲でもある『スタートライン!』は、そんな初々しさに溢れた気持ちの良いステージであった。
「そうか、そうだったな……」
去る者があれば、来る者もある。そうやってバトンは受け継がれていく。それは『SHINING LINE*』で教えてもらったことじゃないかと、権助は今更ながらに気が付いた。それから『episode Solo』、フルバージョンの『アイカツ☆ステップ!』と続き、一回目のステージが終わる頃には、権助は旧『アイカツ!』の曲を期待していたことなどすっかり忘れていた。
それから、一時間半おきに続く全四回のステージのセットリストは、すべて同じであった。始まったばかりの『アイカツスターズ!』としては、わずか三曲しか持ち歌がない状態でのライブイベントである。これだけ多くの回数を行うとなれば、既に100曲を超える旧『アイカツ!』の曲を使いたくなろうものだが、あえてそれをしなかった。それは、『アイカツスターズ!』として初めてのイベントを『アイカツ!』に頼らずやってみせるという意気込みの現れであると権助は感じた。だから、すべて同じセットリストでも構わないのだと、本当にそう思った。だが……。
最後のステージで『スタートライン!』のイントロが流れ始めた時、アイカツおじさんたちの間からどよめきが起きた。
ステージに立っていたのは、これまでのせな・りえではなく……旧『アイカツ!』で主役・大空あかりの歌唱を担当し、今では憧れのトップアイドル・白鳥ひめを担当する、るかであったからだ。そしてそれは、アニメ『アイカツスターズ!』第一話の再現でもあった。
権助は、あのスカイコートで初めて彼女のステージを見た時のことを思い出していた。たどたどしいお喋り、ステージに戻る時間も忘れて子供たちと触れ合っていた初々しさ。そんな彼女が、今ではこんなに堂々と素晴らしい歌声で集まった人々を魅了している。今、彼女は『アイカツスターズ!』という新しいステージへと大きく羽ばたいていた。
(この粋な演出……まさか!)
権助がステージの脇を見ると、そこには黒ずくめのスタッフ……うっすんの姿があった。歌唱担当、作曲者、スタッフ……多くの人達が、新たに参加する人たちを率いて『アイカツスターズ!』という新たなスタートラインに立っていた。
「……こんなものを見せられちゃうと、な」
全てのステージが終わり、誰も居なくなったステージの前で権助は呟いた。だが、そこには以前とは違い、寂しさではなく熱気が残っていた。権助はその足で先行稼働中の『アイカツスターズ!』筐体へと向かった。
縦型の大型ディスプレイを採用し、大幅に強化されたビジュアル。タッチパネルを使った新しい操作感。生まれ変わった筐体からは『アイカツ!』の新時代を感じさせた。
「これなら『プリパラ』にも見劣りしないな」
そんなことを呟きながら、権助は鞄の中から『アイカツ!』で長らく使っていたスターライト学園の学生証を取り出した。旧『アイカツ!』のプレイヤーは、初回プレイ時に「編入手続き」をすることで、マイキャラを引き継ぐことができるのだ。
(もう一度、この学生証を使うことになるとはな)
名前を入力する。迷わずに入力したそれは、もちろん「ゴンスケちゃん」であった。案内役のキャラクター、響アンナが告げる。
「四ツ星学園へようこそ!」
その言葉に、権助は心の中で答えた。
-最終話- 「アイカツおじさんと、これからもよろしくアイドル活動!」
おわり
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