最終話 アイカツおじさんと女児先輩の帰還
------------------------------------------------------------------------------
※本編の前に下記エピソードをお読みいただくと、よりお楽しみいただけます。
◆第一部 第三話「アイカツおじさんと遠いステージ」
◆第四部 第三話「アイカツおじさんとステージに咲くふたつの華」
------------------------------------------------------------------------------
「もう十二月か……。この歳になると、いつも一年あっという間だな」
このまま行くと「アイカツおじいさん」になる日もそう遠くなさそうだと苦笑する。窓の外を流れる冬の景色を眺めながら、権助は東へ向かって走る新幹線に揺られていた。
※ ※ ※
「うわ、まだこんなに並んでるのか」
何度も折り返しながら階段の上まで続く物販の大行列を眺めて権助は呟いた。
2024年12月15日(日)、午後三時。
ここはJR関内駅から徒歩5分の距離にある横浜BUNTAI。2020年に閉館した横浜文化体育館の跡地に、つい八カ月前にオープンしたばかりの多目的アリーナである。今日、ここに権助たちアイカツ!フアンが大勢集まっている理由は7月31日にまで遡る。
夏のドリアカーニバルが閉幕し、集まった観客たちが席を立ち始めた時、それは突然スクリーンに現れた。
"NEXT 10th Anniversary"
"あかりGeneration 2024年12月 in横浜 イベント開催決定!!"
その約束が今日、この場所で果たされるのだ。午前中に到着した権助は長蛇の物販列を横目に見ながら隣接するホテルに荷物を預け、いったん昼食をとってからまた会場へ戻ってきたのだが……列は捌けるどころかますます長くなり、係員が必死に路上へのはみ出しを制止している状況であった。開場まであと一時間。このすさまじい行列がすべて片付くとはとても思えない。今回は通販による事前物販が無かったこともあるが、それにしても、いつもと比べて明らかに物販に並んでいる人数が多い。これまでとは別の客層が加わっているとしか思えない。
「やはり、そういうことなのか」
実は権助はその理由に薄々気付いていた。最近、初代『アイカツ!』関連のグッズが一瞬で売り切れたり、当時のPRドレスのカードがメルカリで高額取引されたりすることが増えていた。そして権助はこれと同じ現象を過去に自身も経験したことがあったのだ。
「ビックリマンシールと同じだ」
年号をふたつ遡った昭和の時代、権助がまだ小学生の頃。一つ三十円で買えるビックリマンチョコのおまけシールを集めることが子どもたちの間で大流行した。シールはランダムに封入されている上、二ヶ月ごとにラインナップが一新されるため、子どものわずかなおこづかいで狙ったレアシールを引くことは難しかった。それから時が経ち、権助たちは大人になり、自由に使えるお金ができた。すると、皆がかつて欲しがったそれらレアシールへの需要が突然増大し、当時の何百倍、何千倍もの金額で取引されるようになったのだ。
今、その現象がアイカツ!界でも起きていた。
「帰ってきたんだ、先輩たちが」
かつてアイカツおじさんの「先輩」だった女児たち。その多くは成長と共にどこかで『アイカツ!』を卒業していった。しかし、あれから十年が経ち、彼女たちは大人になった。そして、かつて好きだったこの場所にまた戻ってきたのだ。
思い返してみれば、一昨日『劇場版アイカツ!』を再上映するメモリアルアンコール企画を観に行ったときも、観客の多くは若い女性であった。さらに応援上映回ともなれば、全国の上映劇場の過半数で事前予約の時点で全席完売するという過熱人気ぶり。これは以前、権助たち大人のアイカツ!フアンががドリパスの投票で再上映を実現した時とは比較にならないレベルの規模と盛り上がりである。干支を一周したアイカツ!は今、新たなステージに入っていた。
「権俵さん、おつかれさまです~」
「おつかれさまです!」
入場時間を待っていると、いつものようにキラキラッターの友人たちが会場前に集まってきた。アイカツ!の歴史が長いように、権助と彼らの付き合いも長い。こうしてお互いに近況報告を行い、アイカツ!について語り合うのも権助の楽しみの一つであった。
「いやー、最近はずーっとデミカツ観てますよ」
「わかる! たむたむが入ってきてますますそれ!」
今一番ホットな話題は、やはり「デミカツ」だ。デミカツとは、アイカツ!最新シリーズ『アイカツアカデミー!』の略称である。これまでのようなゲームやアニメによる展開ではなく、Vtuberアイドルとして日々配信を行う形式で、姫乃みえる、真未夢メエ、和央パリンの三人に加え、つい最近、四人目のアイドル"たむたむ"こと凛堂たいむが加入し、ますますアイカツおじさんたちの可処分時間はデミカツに吸い取られていた。
「今日はデミカツのみんなから開演前コメントがあるらしいので、早めに入らないといけませんね」
「そうだった! 早く入場しないと!」
予定されているネット配信開始時刻は開演時間の3分前。となると、デミカツアイドルたちのコメントは配信の映像に乗らない可能性があるので遅れるわけには行かない。と、ちょうどその時、物販待機列を整理していたスタッフの一人が叫んだ。
「ただ今より物販の待機列をこのまま入場列とします! 横に広がって詰めてください! 左が当日券、右の左がグッズ付き、右の右がグッズなしの入場列です!」
(……?)
よくわからない。わからないまま、みんなとりあえず最終的に正しい入口から入れればいいだろうとごちゃまぜの列のまま前進する。亀の歩みで進み、ようやく辿り着いた入口への階段を踏み外さないよう、慎重に足元を見ながら一段ずつ昇っていく。
(……階段になにか文字が彫ってあるな)
"1988年 全日本プロレス ジャイアントシリーズ 藤波辰爾VSアントニオ猪木"
"1990年 横浜市民綱引大会"
"1992年 バレーボールフェスティバル"
そこには横浜BUNTAIの前身である横浜文化体育館で行われたイベントが開催年と共に刻印されており、階段そのものが大きな年表となっていた。一段上がるごとに、一年が過ぎてゆく。
(2012年……『アイカツ!』が始まった年だ)
"2013年、アニメ『アイカツ!』が好きだと自覚する"
"2014年、はじめてデータカードダスを遊び、アイカツおじさんとしてデビューする"
"2015年、STAR☆ANISの全国ライブツアーに参加する"
"2016年……"
一段踏みしめるたび、自身のアイカツおじさんとしての歴史が重なった。
(そして2024年、あかりジェネレーション10周年)
最上段まで昇りきるとエントランスがあった。入口でもぎりのお姉さんにチケットとグッズ入りエコバッグを引き換えてもらって入場する。バッグの中にはパンフレットとペンライトが入っており、ペンライトは劇中の「大空お天気」に登場する雲のキャラクター「クモモ」を模した可愛らしいデザインとなっていた。
中に入ると左手にメインアリーナの入口があり、右手は体育館(サブアリーナ)を利用した物販およびフラスタ展示エリアとなっていた。メインアリーナへ足を踏み入れた権助は、ずいぶん広々とした会場だなと思った。
横浜BUNTAIの名前の由来が「横浜文化体育館」の略称であることからわかる通り、ここは普段はバスケットボールなどのスポーツイベントが行われることの多い会場である。そのため通常のコンサート会場よりも横に長く、天井も高い。中央のバスケコート部分をアリーナ席とし、それを取り囲むように三面のスタンド席が設けられ、残り一面をステージとして使用する構造となっている。特徴的なのはステージ上部に設置されたワイドビジョンで、サイズは横の長さを利用した400インチ×三面というから圧巻である。
「Cブロックの四列、と……」
権助の座席はほぼ中央のスタンド席前方。高さがある分、むしろアリーナ後方よりも見やすいかもしれない、なかなかの良席である。着席し、会場に流れる「we wish you a merry Christmas」を聴きながらペンライトと手拍子代わりのおしゃもじ(公式アイテムです!)を準備していると、周囲から突然、ワァッと大きな歓声が上がった。顔を上げた権助も、思わず「あっ!」と声を上げた。
「アイカツ!あかりジェネレーション10周年記念イベント『キラッキラ!』へおこしのみなさま~、はじめまして! アイカツアカデミー配信部の姫乃みえるです!」
「真未夢メエです!」
「和央パリンです!」
「凛堂たいむです!」
「あかりジェネレーション十周年、おめでとうございます!」
「私たちもいつか先輩たちと同じステージに立てるように、日々アイカツ中!」
ワイドビジョンにデミカツのアイドルたちが映し出されていた。そして。
「それでは聴いてください、『満開!エリオント』!」
サプライズ的に、デミカツのテーマソングとも言える『満開!エリオント』が始まった。しかし、ここに集まっているのは歴戦のアイカツ!フアンである。当然、このサプライズに対する備えもできている。
♪ アイカツ……
"アカーデミー!"
"みえるーん! メエちゃーん! パリンー!"
歌に合わせて会場のあちこちから早くも完成されたコールが起きた。その光景を見た権助は、不思議なことに「デミカツのアイドルたちは本当にいるんだ」と感じた。毎日配信を行っているのだからいないはずはないのだが、Vtuberというものは普段、スマホやモニターといったパーソナルな空間でしか接することのない存在である。それゆえに、他者の存在する空間に現れ、自分以外の人間が声援を送っているのを見たことで、はじめてその実在を実感できたのである。Vtuberが、実際には多くのリスナーがいるにもかかわらず、まるで自分一人に向けて放送されているかのような深夜ラジオに近い存在だと言われる所以である。
※ ※ ※
(さあ、始まるぞ)
開場時間ぴったりにステージの照明が落とされると、客席には色彩豊かなクモモの光が浮かび上がった。そして。
"開演直前にしては、楽屋が妙に静かだけれど……"
"織姫学園長、実はそれ、もしかしたら僕のせいかもしれません……"
"あら四葉くん。楽屋が静かなのはあなたのせいって、どういうことかしら?"
アイカツ!のイベントではすっかり恒例となった開演前の影ナレが始まった。今回は登壇しない織姫学園長と四ツ葉春を、注意事項を兼ねた書き下ろしミニドラマで出演させる粋な計らいだ。逆に言えば、それ以外のレギュラーキャストがほとんど出演するというのだから、あの5thフェス以来の豪華な顔ぶれと言える。これだけの声優陣を揃えたイベントは放送当時ですら開催されなかったというのに、十年経ってからそれが実現できたというのは信じがたいことである。なにしろ、アイカツ!が初出演・初レギュラーだった新人声優たちも、いまやプリキュアやアイマス、ガンダムに京アニ作品、任天堂ゲームなどで主役級の活躍をするような面子なのだ。アイカツおじさんたちが彼女たちを他の作品で見る度に「〇〇はアイカツ!が育てた」と口癖のように言うのも一理あると言える。
※ ※ ※
ステージに最初に立ったのは、あかりジェネレーションの主役であるルミナスを演じる声優・下地紫野、和久井優、石川由依と、歌唱担当・るか、りえ、みき。
♪ Pretty Prettyして Doki Doki 夢見てるの Waku Waku 乙女心 Kira Kiraリン
♪ ドレスも靴もめっちゃプリティだけど……やっぱり、ルミナスだね! あ、どっちもです!!"
声優と歌唱担当が一堂に会する機会など滅多にないのだからと、一曲目に選ばれたのはセリフ入りの楽曲「Pretty Pretty」。声優と歌唱担当が同時に参加する「完全版」は5thフェス以来、実に約七年ぶりの披露であり、しょっぱなから会場のテンションは最高潮である。
「みなさーん! アイカツ!あかりジェネレーション十周年記念ライブ『キラッキラ!』へようこそ~!」
「今日は目一杯楽しんでいきましょう~!」
呼びかけに観客たちが大歓声で応える。ボルテージの高まったまま、続いて始まったのは、映画『アイカツ!10th STORY 未来へのSTARWAY』の裏側が明かされる書き下ろしシナリオの朗読劇。その劇中で開催されるライブが今日の「キラッキラ!」であり、権助を含む観客たちもコール&レスポンスでそこに参加するという仕組みだ。Vtuberでありながらアイカツ!世界の住人でもあるデミカツアイドルたちもそうだが、最近とみにアイカツ!と現実世界の境界が曖昧になっているような気がしていて、権助は自分の世界がすっかりアイカツ!に染まっていることをあらためて感じた。
その朗読劇からシームレスに繋がったライブパートの一曲目は『LOVELY PARTY COLLECTION』。あかりジェネレーションのオープニング曲だ。
♪ FUN!FUN!FUN! Boys & Girls! おいでよみんな POP!POP!POP!Shake your Beat! Party Time はじまるよ!
さらに『はろー!Winter Love♪』『シアワセ方程式』『ラブリー☆ボム』『ハローニューワールド』『MY SHOW TIME!』『トキメキアンテナ』と、シリーズ合同のミュージックフェスタではなかなか聴けない怒涛のレア曲セットリストが続いた後は、2016年にアニメとデータカードダスで展開された「アイカツ!ジャパンツアーモード(ルミナス☆ジャパンツアー)」に登場する地方アイドル特集である。生アフレコに続き、神戸の「恋するみたいなキャラメリゼ」、大阪の「ミエルミエール」、北海道の「lucky train!」、そして京都の「薄紅デイトリッパー」と、これだけ地方アイドルがフィーチャーされるのも、あかりジェネレーション限定のイベントならではと言えるだろう。さらに『アイカツスターズ!』とのコラボ回や『アイカツオンパレード!』でも縁が深い虹野ゆめをゲストに迎えての『Future Jewel』まで披露され、大盛り上がりのまま最初のライブパートは終了した。
その後、声優陣によるトークコーナーが終わった後は、ジョニー別府役の保村真と旅アイドル・服部ユウ役の照井春佳の二人がその場に残り、この手のイベントではお約束の「お客さんはどこから来ましたか?」アンケートで場を繋ぐ。そして最後に。
「じゃあユウちゃん、次の服部観光のロケはどこへ行くんですか?」
「はいっ! 今日の服部観光はここ、横浜で~す!」
直後、大型モニターに映し出されたのは……服部ユウだった。権助ははじめ、その意味を理解できなかった。なぜなら、そんなことはありえないからだ。
♪ 昨日待ち遠しかった朝が フェードインしてくるたびに 一番乗りして街におはよう 新しい風とハミングするの
「え? ……ええっ!?」
そのありえないことが起きた。服部ユウが我々の前でステージに立ち、歌っている。わかるか、わかるか君よ。これはアイカツ史における大事件なのだ。
服部ユウ。それは『アイカツ!』第77話「目指してるスター☆彡」にて初登場したスターライト学園のアイドルであり、このイベントの主役である大空あかりのはじめてのルームメイトである。彼女は登場するやいなや、その爽やかなビジュアルと友達想いの優しい性格で一部に熱狂的なフアンを生んだ。しかし、彼女はいわゆる「大人の事情」でルームメイトのポジションを降ろされ、結局アニメが最終回を迎えても、一度もステージで歌う姿を見せてくれることはなかった。
”服部ユウをあきらめない”
権助がその言葉を知ったのは、2015年の夏に梅田クラブクアトロで開催された「MBSたいバーン!!LIVE~アニソン編~」であった。
i☆Ris、TRUE、鈴木このみら有名アーティストとの対バン形式のため、開場を待つAIKATSU☆STARS!のフアンたちは、自身の推しのために様々なグッズを身に纏ってライブに参加していた。そんな中、権助は統一された水色のTシャツを着ているグループを見つけた。そのシャツには、大きな白抜きの文字で「服部ユウをあきらめない」と書かれていた。そんな公式グッズは見たことがないし、あるはずもない。この頃はまだ同人グッズに対する詳細な規制が敷かれていなかったので、きっと熱意に駆られて自分たちで作ったのだ。「服部ユウをあきらめない」──その言葉はその後、アイカツ!のフアンたちの間で広がり、定着していった。だが、彼女が旅アイドルとしてフィーチャーされた時も、フォトカツで彼女が参加する楽曲「虹色アンコール」が発表された時も、結局服部ユウがその歌声を披露することはなかった。
「今日こそはユウちゃんが歌うかもな」
ライブのたびに出るその話題は、夢破れた回数と共に現実味を失っていき、いつしかお決まりの与太話として消費されるようになっていった。それは今日とて例外ではなく、みな口には出すが、誰も心からそんなことを信じてはいなかった。なぜなら、アイカツ!10周年ライブに合わせた12ヶ月連続のCD発売ラッシュにおいても服部ユウの曲は無かったし、そもそもライブで披露される新曲は事前にCD収録の発表があるからだ。だから、今日もあるはずがない。皆、そうやって当たり前のように諦めていた。
なのに。それなのに。
♪ いつかなりたい未来までの道を 選びながら誘われながら ああ 手招きしてるあれは私なんだね 進め
今、服部ユウは歌っていた。半年後に発売される「13番目のCD」に収録される、誰も知らない新曲「ワタシナビゲイト→」を。12ヶ月連続発売とは言ったが、二年後に13枚目を出さないとは誰も言っていない。そんな屁理屈寸前のアクロバティック・ランティス理論により、観客全員が見事にこのサプライズを喰らったのだ。
(見ているか、あきらめなかった君たちよ。服部ユウが、服部ユウが歌っているぞ……!)
歌い終わると同時にすさまじい喝采が送られた。ある者は嗚咽し、ある者は膝から崩れ落ちていた。服部ユウが歌うというのは、それほどのことなのだ。
「服部ユウちゃんの歌唱を担当させていくことになりました、せなです!」
りえと共に『アイカツスターズ!』から加入したメンバーである彼女にはこんなエピソードがある。
今の「オールアイカツ!」というシリーズ全体を括る名称が存在しなかった、まだ作品が『アイカツ!』と『アイカツスターズ!』の二つだけだった頃。2017年3月25日(土)、26日(日)にパシフィコ横浜・国立大ホールで開催された「アイカツ!ミュージックフェスタ2017」は、初日を「アイカツスターズ!day」、二日目を「アイカツ!day」と、作品別に分けて行われた。これは当時、『アイカツ!』と、作風の変わった『アイカツスターズ!』とはそれぞれファン層が異なるとの想定から設定されたものだと推測される。
二日目の『アイカツ!day』において、りえが『きらめきメッセンジャー』によって氷上スミレの歌唱担当をもなから引き継いだことは過去にも記した通りであるが、一方で、その様子を関係者席で見ていた女性がいた。同期のせなである。『アイカツスターズ!』からグループに入ってきた彼女には、初代『アイカツ!』の中に歌唱を担当するアイドルがいなかった。だから『アイカツ!day』には出演できなかったのだ。彼女は思った。昨日は自分もあのステージでみんなと一緒に輝いていたはずなのに、と。
「どうして私はあそこにいないんですか?」
せなは隣に座る関係者たちに涙を流して訴えたという。だが、それはすでに最終回を迎えた作品に対する叶わない願いであった。
あの日から七年以上が経った今日。歌唱担当のいなかった服部ユウと、担当アイドルのいなかったせなの二人がついに邂逅した。「どう考えてもこの人しかいない」そう思えるほど、その姿も歌声も、まるではじめから引き合う運命にあったかのようだった。服部ユウをあきらめない。あきらめなければいつか夢は叶う。服部ユウとせなはその言葉の体現者だった。
※ ※ ※
次にステージに立ったのは、みき・みほの「情熱ハラペーニョ」の二人だ。彼女たちのドレスを観た瞬間、権助の記憶の蓋が開いた。
「それでは、この後の曲のために、みんなと振付講座をしたいと思いまーす!」
(ああ、同じだ……)
「まず顔の横に手を置いて、グーパーグーパー、ギュッギュします! もう一回するよ? そうそうそうそう! 上手だねぇ~!」
(あの日と同じだ……)
それはまだAIKATSU☆STARS!がこんなに大きな舞台ではなく、全国のショッピングモールを回って無料のミニライブを行っていた十年前。集まった子どもたちに振付を教えて、一緒に踊って楽しい時間を過ごしていた、あの幸せな光景が権助の目には今も焼き付いたままだった。そこに今日この景色が新たなレイヤーとなって重なった。あの頃小さかった子どもたちはすっかり大きくなった。けれど、同じ振付を踊る姿とその笑顔は、昔と少しも変わっていなかった。
「準備して、泳ぐ~!」
みんなが曲に合わせて一斉に泳いだ。今、横浜BUNTAIは広大な海であり、過去へのタイムマシーンだった。君たちは知らないと思うけれど、あのとき、おじさんたちも後ろで泳いでいたんだよ。そう思いながら権助も泳いだ。十年という長い年月が、かつて女児先輩とアイカツおじさんの間に張られていた区切りのロープを断ち切り、そして今日、はじめて彼らは同じ場所に並び、共に泳いだのだった。
♪ 輝いて のぼる泡を見送る私は あなたにね あなたに会えるときを待っているから
「よくできました」
今日、横浜BUNTAIはあの頃のショッピングモールだった。
※ ※ ※
続いて「チュチュ・バレリーナ」「Chica×Chica」と青と赤のコントラストを見せた後は、シリーズ構成・脚本の加藤陽一書き下ろしの新作オオゾラッコーン生朗読劇。その流れを受けての「ロンリー・グラヴィティ」「コズミック・ストレンジャー」二本立てという、定石外しの無法セトリが続く。
そしてライブもいよいよ後半戦。まず、ひとりステージに立ったみきの「ハローハロー」が披露された。ここからは、あかりジェネレーションの主役であるルミナス三人によるソロステージの幕開けである。続く、りえが歌う氷上スミレの楽曲は「タルト・タタン」。
♪ ごめんなさいね 信じているの 思わせぶりは 気になってるから 彼は私を 好きになる 「いつかはきっと……」
(え……?)
曲が終わった。一番のみのショートバージョン。先ほどの「ハローハロー」がフル尺であったことを考えると不自然なセットリストである。舞台が暗転する。……が、りえのシルエットはまだステージに残ったままだった。そして、彼女は静かに背を向けた。この体勢は。
(まさか)
静寂とともに会場の空気が張り詰めた。客席全体が緊張感に包まれたのが肌でわかった。皆、これから起きることを理解し、息を呑み、覚悟を決めた。
そして、その時は来た。
♪ 選びとった運命は そうよクイーンのカード 王冠の色に染められ 輝きのなか進むの
イントロと同時に悲鳴にも似た凄まじい大歓声が上がった。その曲は名は「いばらの女王」。
七年前、りえは氷上スミレの歌唱担当を初代の もなから譲り受けた。彼女はそれから二代目としてタルト・タタン、チュチュ・バレリーナ、LOVE GAME……と様々な曲を歌い継いできた。しかし、氷上スミレがスターライトクイーンカップで歌ったこの「いばらの女王」だけは、りえ自身が頑なに封印してきたのだ。しかし今、ついにその封印が解かれた。
♪ なくしてくことの怖さを知った けれど この胸の奥にまだある 恐れの棘と戦う
後にりえは語る。
「初代のもなさんの『いばらの女王』で完成していると思っていたし、恐れ多いという気持ちがあって、封印に近い感情があった。でも十周年だし、そろそろ逃げずに”恐れの棘”と戦い、いばらの女王のように私も向き合ってみようと思った。正直怖かったけど、ステージを捌けた後にるかさんに『よかったね』と言われて泣きました。最後まで格好よくいようと思ったけど泣いちゃいました。でも、すごく温かく迎えていただいて……歌えてよかった」
♪ 凛として 未来を描く 私いばらの女王
恐れを乗り越え、女王を継承したりえに今日一番の喝采が送られた。
そして再び暗転したステージに、りえに代わって今度は るかのシルエットが浮かび上がる。
ハローハロー、いばらの女王とくれば次の曲は決まっている。あかりジェネレーション最終盤、スターライトクイーンカップの再現──つまり、大空あかりソロ曲『START DASH SENSATION』だ。かつては感極まって最後まで歌えなかったこの曲も、いまや るかの堂々たる歌唱に安心感すらある。
……しかし。
♪ 今日が生まれ変わるセンセイション 全速力つかまえて
(……おかしい)
おそらく会場の誰もが感じていた、明らかな違和感。るかの歌声がワンテンポ遅れていたのだ。しかし、今の彼女にそんなことが有り得るだろうか。そう、実はこのときトラブルが起きていた。彼女が着けたイヤモニから音がまったく出なくなっていたのだ。
イヤモニ(イン・イヤー・モニター)とは、内部に小型のスピーカーを内蔵したイヤホンである。今回のように大きな会場の場合、スピーカーから出る音が反響して聞こえてしまうため、そのままでは正確なリズムをとることができない。そのため、イヤモニから直接音を聴きながら歌うのだ。もしイヤモニを使わずに歌おうと思えば、演者側に向けられた「ころがし」と呼ばれるスピーカーが必要になってくるが、イヤモニを使う前提の今回のステージには当然そんなものは用意されていない。つまり、この状況で正確なリズムをとるのは不可能であった。
しかし、後にるかは語る。(*)
「あの流れじゃ絶対に止められない」
ハローハロー、いばらの女王からバトンを受け取ったSTART DASH SENSATION。スターライトクイーンカップに中断は無い。かつて、氷上スミレがそうしたように。
「私はこの曲に関しては止められないし、止めちゃいけないと思った。後悔したくないなと思った。後悔しないSTART DASH SENSATIONにしたいと思った。そうしたら……歌えていた」
ステージを観ていた権助たちには何が起きているのか正確には掴めていなかった。だが、曲が進むにつれ徐々にメロディーと歌声が揃っていくのを聴いた。そして落ちサビに至り、ついに完全に合致したのを目の当たりにしたのだ。とても信じがたいことだった。まともに音が聞こえていないはずなのに、一体どうやってリズムを合わせたのか。そのとき裏にいたスタッフたちは皆、口々に「信じられない」「あそこから立て直せるのか」「あの人はどういう仕組みになっているんだ」と驚きの声を上げたと言う。
「自分でもどうやったのかわからない。決意を持って歌ったらできた。あかりちゃんが支えてくれたのかなと思った」
るかは奇跡的にSTART DASH SENSATIONを歌いきり、最高の笑顔を見せたのだった。
そして、最後の曲はアイカツ!公式ライブとしては初披露となる、ルミナス三人の新曲『AFTER LOVELY PARTY』。LOVELY PARTYに始まり、AFTER PARTYに終わる美しいセットリストであった。
※ ※ ※
すべての曲が終わり、ステージの照明が落とされた。しかし、みんなのペンライトはまだ光を灯し続けている。もちろん、これで終わりではない。
(さあ、アンコールだ)
すぐに客席から声が上がる。
「アイ! カツ!」
それを合図に、あちこちから声が続く。
「アイ! カツ!」
「アイ! カツ! アイ! カツ!」
『アイカツ!』のアンコールといえばおなじみのこの掛け声である。初期のライブでは他にも、普通の「アンコール!」や、アニメ準拠の「スターアニス!」など様々な派閥があったが、回数を重ねるにつれ、次第に現在の「アイ! カツ!」コールへと統一されていった経緯がある。……ところが。
「アンコール! アンコール!」
権助の後ろに座っていた女の子たちが叫び始めた。いや、彼女らだけではない。客席のいたるところから、「アイ! カツ!」コールと同じくらいの「アンコール!」が聞こえていた。その明るく元気な声でわかった。初々しいアンコールを発していたのは、かつての女児先輩たちだったのだ。
(ああ、そうか。そういうことなのか)
権助は感動を覚えていた。先輩たちの多くは子供の頃にこんなライブには参加していなかっただろうし、参加していたとしても「ファミリー回」と呼ばれる親子向け公演だ。まして十年間ライブに通い続けた子どもなんてほとんどいないだろう。だから、彼女たちはこの十年でアイカツおじさんたちが統一したコールなんて知るはずがないのだ。それこそが、一度は卒業した女児先輩たちが再びここに戻ってきてくれたことの証明のように思えて、権助は嬉しかったのだ。「アイ! カツ!」と「アンコール!」のごちゃまぜコールを浴びながら、再びルミナスの三人が新作ドレスを身に纏ってステージに立った。
♪ ドキドキは最強のパスポート どこでも飛び込んでみる パッと はじめてに!何度でも 感動したいって思うんだ
『アイカツ!10th STORY 未来へのSTARWAY』で披露した新曲「TRAVEL RIBBON」。今回のイベントはこの曲を創るまでの新作ストーリーとして構成されていた、いわば「あかりジェネレーション10th STORY」であった。これを歌わずに終われるはずがない。
そしてアンコール二曲目は。
♪ Du-DU-Wa DO IT! アイドル活動 Du-DU-Wa DO IT! 明日へ Are you ready? GO!!
『Du-DU-Wa DO IT!』。それは、あかりジェネレーションはじまりの曲。
♪ せーので! 思いっきり笑って 思いっきり泣いちゃって 走って 気づいた わたしらしい道
十年前、権助があべのキューズモールで初めて彼女たちを見た時と同じように、憧れのアイドルたちはまた歌いながら客席へと降りてきてくれた。そして、かつての子どもたちにそうしたように、しかし今日は元先輩にもアイカツおじさんたちにも分け隔てなく笑顔をプレゼントした。
♪ がむしゃらな自分が もう大好きになってる 踏み出した 最初の一歩
アイカツ!を好きだと自覚したあの日。子どもたちのいない時間にこっそりデータカードダスに百円を入れたあの日。ドキドキしながらはじめてライブに参加したあの日。好きなものを好きと言える仲間ができたあの日。
思い出が歌に乗って、権助の頭の中を走馬灯のように駆け抜けていく。
思えばこの十年いろいろなことがあった。時代の流れに合わせて仕事も変わった。コロナ禍を経験して生活様式も変わった。歳をとって食の好みも変わったし、白髪もたくさん増えた。家族を喪い、新しい家族が生まれた。
この歳になると、いつも一年があっという間だ。けれど十年は。十年はおじさんにとっても長かった。そして、その十年にはいつもアイカツ!が傍に寄り添っていてくれた。生きるのが辛くなった時、アイカツ!があるから、もう少しだけ踏ん張ってみようと思えた。
次が本当に最後の曲。声優と歌唱担当が揃って歌う『LOVELY PARTY COLLECTION』。
♪ FUN!FUN!FUN! Boys & Girls! おいでよみんな POP!POP!POP!Shake your Beat! Party Time はじまるよ!
そう、終わったパーティはまた始めればいいのだ。次は十五周年。その次は二十周年。アイカツ!とアイカツおじさんの人生はこれからも続いていく。
思い出は、未来の中にある。
-おわり-
------------------------------------------------------------------------------
※参考:「第93回遠藤瑠香のふれあい広場・後半」
たたかうアイカツ!おじさん 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます