第2話 アイカツおじさんとラジカツ!

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※この物語は、それなりにフィクションである。


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2017年3月7日(火)、19:30過ぎ。


今日も仕事を終えた権助は、駅までの長い道のりをのんびりと歩いていた。


まだまだ肌寒いので厚いコートは手放せず、さらに暦の上ではもう春なので、容赦なく飛び交う花粉対策として大きなマスクも装着しなければならない。この時点で既にほとんど肌が露出していない重装備なのだが、毎週火曜日の権助は、さらにコートの胸ポケットから伸びたイヤホンによって両耳までもが塞がっていた。そこから聞こえてくる「音」によって、権助は時に笑い、時に泣いた。


完全に不審者である。


権助が聴いているのは、昨晩放送された『アイカツ!』シリーズのネットラジオ『ラジカツスターズ!』。毎週月曜日の午後7時だか8時だかに更新される、30分だか40分だかの、アバウトな……あ、いや、融通の利く番組だ。パーソナリティは『アイカツ!』シリーズの歌唱担当グループ「AIKATSU☆STARS!」のメンバーで、主に『アイカツ!』関連の宣伝を行うためのネットラジオ……俗にいう「アニラジ」である。


『アイカツ!』時代から数えて既に一年半の歴史を持つこの番組の大きな特徴は、毎回2~3名ずつによるパーソナリティのローテーション制である。なにしろ、現在のメンバー数は七人という大所帯。年頃の女の子が七人集まってかしましく喋り始めたら番組進行は大変なことになるのは想像に難くない。


(せな)「もう三月だよ? 早くない?」

(りえ)「早いね~」


「今日はせな・りえの二人がパーソナリティか」


ラジオのコーナーには、身の回りで起きた出来事にタイトルを付けて報告する『今週の一番星!!』や、パーソナリティが様々なお題に挑戦してスターを目指す『目指せ!ラジカツトップスター』などがあり、普通のお便り、いわゆる「ふつおた」に関しては、番組の特性上、各地で行われるライブのレポートが多く採用される傾向がある。これは、仕事に追われて気軽に全国行脚できる立場に無い権助にとっては、全国のイベントの様子を知ることのできる有益な情報源であった。


そんな数々のコーナーの中で、権助が……いや、おそらく全国のアイカツおじさんたちが最も注目しているのが、最近始まった「from AIKATSU☆STARS!」である。


番組のトリを飾るこのコーナーでは、AIKATSU☆STARS!のメンバー自らが、これまで歌ってきた『アイカツ!』シリーズの楽曲を振り返り、その曲にまつわるエピソードや込めた思いを語る。初代歌唱担当グループ・STAR☆ANISがメンバーのパーソナルな部分をあまり見せない方針だったので、歌い手側の心境を聞けるのはアイカツおじさんにとっても新鮮なことであった。


専門の歌唱担当グループを抱えている『アイカツ!』シリーズにおいては、時に楽曲を基にシナリオが作られ、時にシナリオに影響を受けて楽曲が作られるという良好な相互関係が成り立っている。これは既存アーティストとのタイアップにはない大きな強みで、実際、ライブでもアニメのエピソードを意識した演出が行われ、物語を思い出して感動し、涙するフアンも多い。それは歌い手にとっても同じ気持ちのようで、この「from AIKATSU☆STARS!」では、語りの途中で感極まって喋れなくなってしまう場面もしばしば見うけられる。


時に、『アイカツ!』はスタッフやキャストにとても愛されているシリーズである。


楽曲の話をするだけで涙を流してしまう歌唱担当、3DS版『アイカツ!』のすれ違い通信をしながら日本全国のイベントに顔を出すテレビ局のプロデューサー、放送終了後もtwitterアカウントに『アイカツ!』のイラストを投稿し続けるアニメーターたち。二代目主人公・大空あかりを演じた声優・下地紫野に至っては、劇場版の舞台挨拶で「『アイカツ!』はどのような存在ですか?」という質問に、「切っても切り離せない存在です。生まれ変わっても『アイカツ!』であかりを演じない人生はありえないと思います!」とまで言い切るほどだ。


実際、作り手の愛情というものは作品のクオリティに大きく寄与する。

その最たる例が「神谷しおん」というアイドルの存在だ。


彼女は、当初『アイカツ!』第14話『イケナイ刑事』のゲストキャラクターであったが、およそ半年後の第38話『ストロベリーパフェ』にてユニット「ぽわぽわプリリン」のメンバーとして再登場し、以降、準レギュラーの座を得ることになる。


これは権助の推測だが……おそらく、彼女の準レギュラー化は予定されていなかったことだと思われる。


なぜなら、神谷しおんには『アイカツ!』の花形であるライブシーンで使われるCGモデルが無かったからだ。


そのために、ことあるごとに「歌より芝居の仕事に専念したいから」「他の仕事とブッキングしてしまったから」などの様々な脚本上の理由を付けて、代役を立てたり辞退したりとライブシーンを避けることになった。その間にも『アイカツ!』のCGクオリティはめきめきと上昇していき、放送三年目に入る頃にはアイドルたちの数が増えたこともあり、そうそう簡単にCGモデルの追加などできなくなっていた。


なにしろ、『アイカツ!』のライブパートは複数チームの平行作業により、1話につき二ヶ月をかけて制作されるほどなのだ(サムライピクチャーズ講演「『アイカツ!』における3DCGの作り方」より)。とても今から準レギュラーキャラクターのCGモデルなどを一から作る余裕はなかった。


そして、いよいよ物語が佳境に入り……「ぽわぽわプリリン」のライブシーンを描ける最後のチャンスがやってきた。当初、木村監督は神谷しおんの代わりに、既にCGモデルの存在する黒沢凛を今回の代役として立てようと考えていた。……だが、やはりしおんを不遇から救ってあげたいと思っていたのだろう。CG制作会社のサムライピクチャーズへ「なんとかしてやれないか」と相談を持ち掛けた。すると、サムライピクチャーズのCGスタッフが「低予算でなんとかする」と、これまで作り上げてきた多数のアイドルたちのモデルからパーツを抜き出し流用しながら、ついに最後のライブに神谷しおんのCGモデルを間に合わせたのである。それが『アイカツ!』第148話「開幕、大スターライト学園祭 」。


神谷しおん初登場から、実に二年半越しのライブ実現であった。


(そういう愛情がこちらにも伝わってくるから、あんなに心が動かされるんだよなぁ……)


歩きながら、しみじみと思う権助であった。


「もうすぐ駅だな」


そろそろラジオも後半。リスナーからの質問に対してパーソナリティ全員が同じ回答で揃えられたら自己紹介ができるコーナー、『私達、AIKATSU☆STARS!です!!スターズ!!!』が始まった。


(りえ)「ラジオネーム、権俵権助さんからの問題です。『有名な戦国武将と言えば?』……ごめんちょっとわかんない!」

(せな)「もう一人しかいない」

(りえ)「戦国武将だよね!?」

(せな)「うん」

(りえ)「あっ、わかった! せーの!」

(せな・りえ)「『織田信長!』キャーッ! 私たち、AIKATSU☆STARSですっ!」

(りえ)「よかったぁ~わかんなかったぁ! 権助さんこれ難しい! あせっちゃった!」


この物語は、あくまでもフィクションである。


- つづく -

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