最終話 アイカツおじさんと次のEntrance

「久しぶりに大きなスクリーンで観る映画は格別だな」


 2020年7月23日(祝・木)。権助はおよそ四ヶ月ぶりに映画館を訪れていた。新型コロナウイルスの影響で閉鎖していた各地の劇場が、ようやく営業を再開できるようになったのだ。


「それにしても、すごい人気だ」


 今しがた権助が出てきたシアターから、続けてたくさんの親子連れが姿を現した。楽しそうに笑う子供たちの中には、映画の登場人物のコスプレをしている子もちらほら見受けられる。


 この日、権助が観に来たのは『劇場版 ひみつ×戦士 ファントミラージュ! ~映画になってちょーだいします~』。毎週日曜日の午前9時から放送されている、女児向け特撮番組の映画化作品である。


「我々の世代にも『東映不思議コメディシリーズ』(※1)があったが、まさかこの時代に女児向け特撮というジャンルがここまで大ヒットするとは思わなかったな」


(※1: 80~90年代前半にかけて放送された石ノ森章太郎原作、東映制作の特撮コメディシリーズ。特に『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』から『有言実行三姉妹シュシュトリアン』までの美少女シリーズは変身ヒロイン物の要素が強いが、浦沢義雄脚本のためシュールさがそれを上回る)


 『ひみつ×戦士 ファントミラージュ!』は、タカラトミーが中心となって展開する「ガールズ×戦士シリーズ」の第3作で、監督に「日本一忙しい映画監督」こと三池崇史、脚本に初代『アイカツ!』や『妖怪ウォッチ』等のヒット作品を手掛けた加藤陽一を迎えて制作されている。


 余談になるが、三池崇史は今でこそ『ヤッターマン』『クローズZERO』『忍たま乱太郎』『ウルトラマンマックス』等で漫画・アニメの実写化や特撮を手掛ける監督のイメージが根付いているが、90~00年代にはヤクザ映画やVシネマで多作を誇り、毎月のように監督作品が劇場公開されていたことから「ひとりプログラム・ピクチャー」の異名をとるほどだった。また、ヨーロッパの映画祭の常連でもあり、クエンティン・タランティーノをはじめ、むしろ海外にこそ熱狂的なファンを数多く持つ大物監督なのである。映画ファンでもある権助が「ガールズ×戦士」シリーズを視聴し始めたきっかけも「あの三池崇史が!」によるところが大きく、時折、ヤクザ映画時代に常連だった曲者俳優たちが出演するのも楽しみの一つであった。


 閑話休題。


 とにかく今、この「ガールズ×戦士」シリーズが女児先輩たちに圧倒的大人気なのである。全国のショッピングモールをイベント行脚すれば、どこも定員をはるかにオーバーする超満員。会場によっては数千人もの観客を集めてしまうほどなのだ。テレビシリーズも当然のように四作目のスタートが決定しており、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いである。


「となると、厳しいのは我々『アイカツ!』陣営だ」


 関係者でもないのに「我々」も「陣営」もないのだが、それはさておき、この少子化の時代、一つの作品がブームになればそれ以外が下火になるのは避けられないことである。加えて、新型コロナウイルスによるユニパレの中止やゲームセンターの自粛といった逆風も直撃している。本来ならば六月に発表されるはずだった「アイカツ!シリーズ新プロジェクト」も延期となり、いまだにその詳細は明らかになっていないのが現状だった。


「しかし子供たちの好きなものというのは、大人には計り知れなんところがあるな」


 権助もかつては子供だったはずだが、今ではその頃の気持ちが思い出せなくなってしまっていた。


 元々『アイカツ!』はAKB48を筆頭にしたアイドルブームに合わせて企画されたタイトルである。だが、2010年頃に始まったとされるアイドル戦国時代から早や十年。子供たちの主要メディアはテレビからYou Tubeへと移り変わり、憧れの対象もアイドルからユーチューバーへと変化した。


 たとえば『仮面ライダー龍騎』で新機軸を打ち出した仮面ライダーシリーズのように。『機動武闘伝Gガンダム』で新境地を開拓したガンダムシリーズのように。いよいよ『アイカツ!』にも新たな展開が必要だというのは、おそらく誰もが感じているところだろう。


「まぁ、シリーズが続いてさえいれば、いつか新しい芽が生まれてくるものだ。それまでは、我々大人が楽しみながら支えていけばいい」


 映画館を後にした権助は、併設されているゲームセンターへと赴いた。早速アイカツ!……かと思いきや、さすが休日のショッピングモール。あちらもこちらも子供たちで大盛況である。だがこの日、権助が向かったのはいつものキッズカードゲームコーナーではなかった。


 ゲームセンターの隅に照明が控えめな一角があり、そこには色とりどりのライトを輝かせる大型筐体が立ち並んでいた。発光する床が目を惹くダンスステージや、大きな太鼓やギターを携えた物から、果てはドラム式洗濯機型までその形状は様々であり、集まっている客層は比較的若い男性が多いように見受けられた。ここはリズムゲーム……いわゆる「音ゲー」コーナーであった。


「よし、今日もやっていくか」


 権助がコインを入れたのはセガの『チュウニズム』。立って遊ぶスタイルのゲームで、正面の32インチディスプレイ上に流れてくるノーツを、その手前にある「グラウンドスライダー」と呼ばれるタッチパッドでタイミングよく叩いて遊ぶ。筐体の左右に空間センサーがあり、タッチだけでなく「腕を上下に振る」という立体的な操作を要求されるゲーム性が特徴で、宙に手をかざしてリズムを取る行為は、まるで指揮者になったかのような感覚を楽しむことができる。


「よろしくな、おじさんの味方」


 取り出したのはいつものアイカツパスではなく、セガのゲーム情報を記録するための黒いカードだった。


「友希Aimeカードだ」


 Aime(アイミー)カードである。


「さあ、今日こそ難度MASTERをクリアするぞ」


 選んだ曲は「アイドル活動!オンパレード!ver.」。そう、昨日2020年7月22日(水)より、セガのチュウニズムでバンダイナムコの『アイカツ!』の楽曲が遊べるという、メーカーの垣根を超えたコラボが始まっているのである。


「セガとナムコのコラボ、オールドゲーマーとしては胸踊るものがある」


 過ぎ去りし80~90年代、すべてのゲームの最先端を走っていたゲームセンターにおいて鎬を削っていたのがこの二社であった。そのライバル関係は古参ゲーマーには有名で、2001年3月29日付の日本経済新聞にセガの『バーチャファイター』とナムコの『鉄拳』のコラボ見開き広告が掲載された時には、それだけで大きな話題となったものだった。


「いくぞ」


 ゲー厶が始まると、まず画面いっぱいに『アイカツオンパレード!』の主人公・姫石らきが登場し、プレイを助けるスキルを使用した。チュウニズムでは、キャラクターを集め、育てることでゲームを有利に進められる。今回のコラボでは歴代『アイカツ!』シリーズの主人公たちが新キャラクターとして追加されており、アイカツ!以外の楽曲を遊ぶ時にも登場してくれるのが嬉しいところだ。


「この特別なグラフィックがたまらないな」


 ノーツが流れてくる譜面にはアイカツ!カードの裏面と同じデザインが施され、背景にはアニメ『アイカツオンパレード!』の「扉の部屋」が浮かんでいる。このコラボのためだけに用意された専用グラフィックは、コラボ相手に対するリスペクトを感じさせてくれる。


「ぬっ……ぬぬぬ~!」


 流れてくるノーツは速度こそ早いものの、最高判定の出しやすさはアイカツ!ほど厳しくはない。しかし、(アイカツ!にもある)タップと長押しに加えて、長押ししたまま指を動かす「スライド」に、手を宙に浮かせる「エアー」、さらにタップする瞬間だけ左右にスライドする「フリック」まで登場すると、もう頭と手は大混乱である。いつも「かわいいウチの子を見たいからノーツを少なくしよう!」などとのたまって難度を下げてアイカツしてきたツケが回ってきたとも言える。


「きょ、今日はこのくらいにしといたるわ! ……あ、まだ2曲遊べるんだった(※2)。よし、次はダイヤモンドハッピーにするか」


(※2:チュウニズムは1プレイにつき3曲遊べるが、アイカツおじさんは『アイカツ!』の1プレイ1曲スタイルが体に染み付いている)


 なお、「ダイヤモンドハッピー」は「アイドル活動!」よりも難度が高いため、この後の悲惨なプレイ結果は語るまでもない。


 これをきっかけに、チュウニズムからアイカツ!に入ってくれる人が増えるといいな……そんなことを思いながら、プレイを終えた権助は帰路につくのだった。


※ ※ ※


 2020年8月10日(祝・月)、午後6時前。


 権助……いや、日本中のアイカツおじさんたちは、ある配信番組が始まるのを姿勢を正して待っていた。


 「BANDAI×BN Pictures Festival」、通称BBフェス。


 「バトルスピリッツ 赫盟のガレット」「最響カミズモード!」そして「アイカツ!」の3タイトルの新情報をまとめて公開しようという番組である。延期前の六月から……いや、遡れば三月の『アイカツフレンズ!』ライブの配信で新筐体のシルエットを目にした時から待ち望んでいた「アイカツ!新プロジェクト」の詳細がいよいよ明らかになるとあって、その期待は膨らみに膨らんでいた。


「しかし、その期待と同じくらい心配なのも確かだ……」


 この放送の3日前に発表された、バンダイナムコホールディングスの2021年3月期 第1四半期の決算発表。その中で『アイカツ!』シリーズの売上高が、わずか4億円であることが明らかになった。これは前年に比べて約42%減、四半期ごとの売上高では過去5年間において最も低い数字であり、はっきり言って、IP別売上高に名を連ねているのが不思議なレベルと言えた。


「この状況で、果たして明るい発表があるのかどうか……」


 先日、最終回を迎えた『アイカツオンパレード!ドリームストーリー』は、正にこれまでのシリーズの集大成とも言える内容で、それは視点を変えれば「明確な一区切り」と見ることも可能であった。


 先日から続くプレミアムバンダイでの大人向け高額商品の展開に、子供にはまだ難しいチュウニズムとのコラボ。かつての先輩たちも、シリーズ開始から八年ともなればすっかり大きくなっている。もしかすると、今後『アイカツ!』シリーズは子供ではなく大人へとターゲットを切り替えるつもりなのかも……そんな考えが権助の頭によぎった。


「自分は大人だから、それはそれで嬉しい気持ちもあるが……しかし、やっぱり子供たちが楽しく『アイカツ!』している姿が見たいものだ」


 複雑な感情の中、ついに番組が始まった。


「まずはバトルスピリッツか。そういえば、このカードゲームも『アイカツ!』とコラボしてくれたな」


 別の作品と交流することにより、お互いのファンが相互乗り入れする好循環が生まれることは、昨年に大成功を収めたライブイベント、バンダイナムコエンターテインメントフェスティバルでも実証されていることであった。


「そういう意味では、次のデータカードダス『最響カミズモード!』は完全な新規タイトルだが、ここで紹介することに何か狙いがあるのだろうか?」


"早速ここで主題歌を披露していただきたいと思います! 株元英彰、堀越せな with DJ KAMMYで、『最響カミズモード!』主題歌、『カ!カ!カ!カミズモード!』"


「えっ? ……えええええ!?」


 権助たちアイカツおじさんたちに……いや、同時に『ドリフェス!』お姉さんたちにも衝撃が走った。堀越せなは『アイカツスターズ!』で主人公・虹野ゆめの歌唱担当を、そして株元英彰は『ドリフェス!』で黒石勇人と共に5次元アイドル(※3)を担当していた人物なのだから。


(※3:いわゆる2.5次元ではなく、『ドリフェス!』では2次元のアイドルと3次元のアイドルが連動することを5次元と表現する。2+3=5だ! 2倍だぞ2倍!)


「まさかこんなところで『アイカツ!』と『ドリフェス!』の道が合わさることになるとは……!」


 この時点で既に頭の中では「実質『アイカツ!』&『ドリフェス!』枠」にカミズモードが加えられてしまったわけで、今日もまんまとバンナムの掌の上である。


 そして。


 いよいよ大トリを務める『アイカツ!シリーズ新プロジェクト』の番がやってきた。バンダイ、そしてバンダイナムコピクチャーズのロゴが静かに表示され、その映像は始まった。


"9年目となるアイカツ!シリーズ 新たな物語が始まる"


"アイカツプラネット!"


"私、音羽おとは舞桜まお! 私立星礼高等学校に通う高校一年生! ある日突然、アイカツプラネットのトップアイドル・ハナとしてアイドル活動することになっちゃった!"


「じっ……!」


 かつて、ライブイリュージョンで『アイカツスターズ!』が発表された時や、昨年『アイカツフレンズ!』のライブで『アイカツオンパレード!』が発表された時にも衝撃を受けた権助だったが、今回の発表はそれらを遥かに上回っていた。なぜなら……。


「実写だ……!」


 正確に言えば、実写+アニメ+CGのハイブリッド。それが新プロジェクト『アイカツプラネット!』だったのである。


 この『アイカツ!』史における最大級の方向転換は大きな話題となり、瞬く間にネットの海を駆け巡って賛否を巻き起こした。特に否について、『アイカツ!』をアニメ作品単体として楽しんでいた層から落胆の声が上がったのは仕方のないことだと言える。


 だが、権助はその決断に感動していた。


「バンナムは、これからの『アイカツ!』に期待を寄せている……!」


 今、最もアツい「女児向け実写作品」という戦場に、新規IPではなく『アイカツ!』ブランドで挑戦するということが何よりの証拠である。最悪、規模縮小や打ち切りまでをも視野に入れて臨んだ発表会で、新たな時代へと立ち向かうチャレンジャーとしての姿勢を見せてくれた。そのことが権助は何より嬉しかった。


 放送終了後、公式You Tubeチャンネル「アイカツプラネット!ステーション」に一本の動画がアップされた。それは、『アイカツプラネット!』で主演を務める伊達だて花彩かあやの自己紹介動画。


「私がスターダスト(所属芸能事務所)に入ったのは、ショッピングモールに『アイカツ!』をしに行ったらスカウトしていただいて……『アイカツ!』のおかげで今、私はアイカツ(アイドル活動)をしているんです」


 彼女は今、15歳の高校一年生。まさに『アイカツ!』の一大ブームの真っ只中にいた直撃世代……つまり、かつての「女児先輩」だった。


「私のお守りをお見せします」


 そう言って彼女が取り出したのは、初代データカードダス『アイカツ!』の学生証だった。


 アニメから実写へと表現媒体が変わっても、『アイカツ!』の魂が宿ったバトンは受け継がれていく。


「……いや、違うな」


 権助は思った。アニメか実写か……そういうことではない。


 『アイカツ!』は、いつも我々にたくさんのものをくれる。生きる元気。目標へ向かう意思。何かを生み出す意欲。


 たとえ、そこに『アイカツ!』の名を冠していなかったとしても、『アイカツ!』からもらったもので創られたのなら、その手にはもう、手渡されたバトンが握られているのだ。


「受け取った勇気でもっと未来まで行けそうだよ……か」


 そして。


 少しの勇気の未来さきがここにあるのだ。


-おわり-

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