第47話 反社会との語り合い


「麩菓子美味しいですわ。パイナップル麩菓子です」

「サクッサクサク! 酢豚フレーバーのサクサクしたやつうんま!! バンガスさん飴舐めました!?」

「今食うところだよ煩ぇな」


 そそくさとアズライドとマッチポップは食べ始め、それを追うようにしてバンガスも催促をされた飴玉に手を伸ばした。


 そんな急かしてまで食わせたいかね。そう思いながらマッチポップのキラキラした目を受けつつ口に運ぶ。


 唾液腺を刺激するそれは、蕩けた海の飛沫が如く舌全体に粘り付くような甘さを与えた。目を見張る美味さとは言えないが、別に不味いという事は断じて無い。


 バンガスは「まぁ美味いよ」と一言言って、マッチポップは耐え難しと体を縮こませ小さく足踏みをする。喜びの表現なのだろうか。


 この飴噛みてぇな……と歯を使いたい欲求と戦いながら、これがメインと買った芋焼酎の栓を開く。


「何ともまぁ賑やかなものですね」

「気付いたらこうなっちまったんだよなぁ。ついこの間まで1人静かに暮らしていたのに」


 バンガスは口に飴を残しながら芋焼酎に口を付ける。口内を支配していた甘さが一気にアルコールの香りで塗り替えられ、カッと顔まで熱くなる度数に好みの辛さだと気分が良くなった。


「水の流れは時々により移り変わる。先の見えない人生ともなれば唐突に感じて当たり前というべきか」

「お前ぇ最初会った時と比べて随分落ち着いてんな」

「プライベートォですから」


 何度と繰り返した言葉を告げる。バンガスは少し熱った頭で、そのプライベートじゃない方が気になった。


「……シューベルゲン、お前ぇはどうして奴隷商なんか営んでんだよ。今時人身売買なんて流行んねーだろ」


 人の売り買いを生業とする人物にはそうそう出会う事がない。このシューベルゲンという男が何を感じどんな意志を持って行動しているか。参考がてらに訊きたいと考えたバンガスである。


 シューベルゲンは小さく笑った。


「ふふふ……売られているから買うのではなく、買いたい者があるから売るのですよ。何処にでも欲しがる外道は居るものです」

「外道は貴方達も同じですよ。同類、同じ穴の狢。その血は腐ってますし、息が臭すぎます。バンガスさんの溜まった垢を煎じて飲んでください」


 マッチポップは視線をわざとらしくズラし、そして語気強く言った。


「俺が嫌なんだけど」


 当人の意思は無視されているが。


「エリートの垢ですよ。Sランクなんでちょっとは考え方もマシになるでしょ」

「嫌だって言ってんのが聞こえねーのかグリーン」


 勝手に話進めやがって。意向があるだろ意向が。真反対向いてんだよ。


 心の中でそう悪態を吐いた。


「……私は、私が積み上げて来た人生に対して至極真っ当に生きています。もし間違っているのだとしたらとっくに淘汰されてなければおかしいのですよ」


 シューベルゲンの態度は崩れない。きなこ餡子を口に運ぶ。


「正当化したって暗闇でこちょこちょ動き回る虫ケラに変わりありません。選べる道は数知れず、しかし人様の迷惑となると決めたのが裏ギルド! 淘汰と言いましたがそれはたまたま順番が来ていないだけです。着実に先頭へと向かっているんですよザンネン」

「選択肢を選べるという事自体持つ者の視点でしかありませんね。私は元々孤児です。家族に売られ奴隷の身として幼少期を過ごしました。その中で研鑽を積み自分の権利を買い取ったのです。……一人一人で見た時にギロチィンに掛けられる事など怖くもない者の集まりが我々だ。結局その受け皿が何処かに残るのであれば、列の最後尾は足され続け果てしなく、その終わりは来ないでしょうね」


 マッチポップはもごもごと言い淀んで、これ見よがしに歯軋りをする。もう少し言い返せ酒の肴になるとバンガスは煽りたい気分だった。


「買いたい者がいるから売る。同じように求められているからこそ存在する。だからこそ私は、私達を間違いだとは決して思いません」


 シューベルゲンは更にそう続けた。


「なら永遠に敵になり続けるしかありませんね」

「それで結構。元より世界とは敵に満ち溢れたものですから」


 相入れない2人の会話。分かり合えない事こそ生物が生物足るものなのだと知らしめるようだ。


 バンガスはシューベルゲンの言葉に一部納得出来た。敵に満ち溢れたもの。それはその通りで、自分を狙う者の数はいざ知らず。


 反社会に属する者の自由。その一端を垣間見た気がした。


「これもこれで一種の自由か」

「どうでしょうかね。楽しくはやらせてもらっていますが……」


 何をもって自由とするのか。奴隷からの解放という過程を経たシューベルゲンの言葉ですら詰まっていると見える。


 シューベルゲンは袋を纏めて立ち上がり、そのままこの場から動き出した。


「帰んのか?」


 返事は無い。バンガスはレザーコートに手を入れその中の一つを取り出した。


「おい、シューベルゲン! これやるよ!」

「……おっと」

「この前貰った芋」


 大きく育った一つを投げ、そして慌て様に受け取ったシューベルゲンの表情は驚きに満ちている。固まった。


「…………有り難く頂いておきます」


 そして一言を残しまた歩き出した。静かに姿が遠のいて行くのをバンガスは肴にする。


「結局何のお話か私には分かりませんでしたわ。置いてけぼりですわ」

「生きるのは大変だなって話」

「単純にし過ぎじゃありません? アークとセーギの戦いじゃああぁぁ! 世間様にご迷惑をかけるあやつらを私は認めない!」

「……俺が大自然に入らざるを得なかったように、あいつもまた暗い日陰に立ち入らざるを得なかったんだろうさ」


 水の流れは移り変われど、大きく水量が増せば逆らう事も難しくなる。その変え難いものは誰にでも存在する。


 バンガスはきなこ餡子を口にする。それを芋焼酎で流した後味の良さが心に染みた。

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