第33話 勇者原人、真昼間に沈む
「全く……いっつも驚かされるけど今日はひとしおね……。聖六面体スキュアリンク!! 彼のブレイブアートを|空っぽ《クリア》にして頂戴!」
その掛け声が放たれると、呼応する様に六面体造形物の内部に更に六面を模したエネルギー構造が浮き上がる。
内部のエネルギーが回転し出すと、それは吸引力を伴って勇者原人バンガスの体から現れる輝く粒子を吸い込んで行く。まるで掃除機の如く排気の騒音が鳴り響いた。
途端、余裕をぶっこいていた勇者原人バンガスは苦しみ出し地面に伏した。
「ガッ……! この燃えるような身体の熱さは! そうか貴様がサイカーンなのか! 計ったなッッッ!! 悪漢!」
「悪女と呼んで欲しいわね! そらそらさっさと解除しろよおらぁ!」
聖六面体スキュアリンク。その効果は単純明快であり、ターゲットとなる相手に付与されたブレイブアートの効果を解除する。
聖アイテムとブレイブアートが跋扈するこの世界では破格の効果を持ったアイテムと言えるのだが、無効化ではなく解除という点が肝である。
通常、無効化となれば一定時間使用不可となる場合が多い。しかし解除という文言となると一時的な効果の連続性を途切らせる程度の効力しか持たない。再使用されてしまえばまた発動する。
故にスキュアリンクが真に効果を発揮出来るのはある程度永続性を備えた効果、そしてマイナス効果に冒された者とのリンクを断ち切る状況下に限られるのだ。
踏まえた上でのこの場面は、大舞台と言っていいほど、スキュアリンクにとってうってつけであったのだ。
「ぐっがあああ!! 溶けるッ! 焼け爛れちまうう!!」
「そらそらそらそら! 腰がどんどん砕けていってるわよ!」
勇者原人バンガスの体から同化されたアイテムが飛び出す。一見枕のようでふかふかしているが枕なのだろう。
一つの効果じゃなくって複数が絡み合っているのね……! これじゃあの娘達も持て余してしまう訳だわ。
ビグレンはそう思いつつ吸い込まれる光の粒子を瞳に映す。
「うッヌアアアアッ! 私はッ! まだ屈する訳に行かないのだ! 大自然がこの世に残る限りッ!」
「……さっさとお逝きなさい!」
あれよあれよとバンガスの体からアイテムが飛び散る。その数は10を超えた。
「オオ……アアアアアアッッ! フンフッ……フン! オオオアラアア!!」
「…………」
「ホッ……クホアアアアッッ! ウギィッ! ハッハアアアアア!!」
尚もアイテムは再生成。ビグレンは徐に振り返った。
「どんだけブレイブアート重ねたのよ!?」
減ってるのに減っている気がしないわ!。ビグレンの言葉に2人は分かりやすく視線を外しバツが悪いといった具合。
「昨日食べたご飯以上に思い出せないくらいには……」
「やり過ぎよ! 詰め込みまくってパンパンの押し入れみたいになってるし!」
一つ一つ解いてるからいつ終わるのか分かったもんじゃないわ!。
「お師匠様助かりますわ……?」
「任せときなさい。
困り事を解決するのが私達の
勇者原人バンガスはその姿を徐々にではあるものの元のバンガスへと戻して行く。超合金の無敵の城が解体され、色々なアイテムがごちゃ混ぜとなった姿に変貌する。
「……お、俺は、勇者原人バンガス……」
「勇者や魔王って歳でもないでしょあーた! いや歳は知らないけど! ただの原人バンガ……って、あのバンガス?」
「ピンポーンのチェックメイト」
「あのSランク冒険者が……なんてザマに……」
『探究者の巣』で一躍時の人と呼ばれるくらいには知名度があった昔のバンガス。ビグレンはその現在にただただ驚きを隠せなかった。
数多の高難易度ダンジョンを制覇し、厄介だった裏ギルド『木こり法師』の壊滅にも寄与し、後進の育成も国への直接的な貢献、他にも数え切れないほど積み上げた物があった筈だ。
特異な聖剣を振るう姿は『無貌の貴公子』と称されるほどに扱いが細やかで隙もなく、眼前の敵全てをその剣のサビとしてきた。
ギルドを抜けたと様座な尾鰭の付いた噂は流れたが、まさかこんな落人になっているとは到底考えも付かなかったビグレンである。
苦しみ喘ぎ、時々絶叫を撒き散らすバンガス。その声は次第に事切れるかの如く静かになり、スキュアリンクの吸い込む光の粒子が途絶えて行った。
終わったわね。物悲しくもスキュアリンクを仕舞う。
「解除完了。もう元に戻った筈よ」
「お師匠様ああぁぁぁ!!」
アズライドがまず真っ先に、バンガスが埋まる聖アイテムの山へと駆け出した。
「はぁ……い、一件落着……」
マッチポップも肩の荷が降りたと安心した様子でアズライドの後を行く。ビグレンも更に続いた。
細腕を必死に力を込めて引っ張り出すアズライド。原人は静かに眠りの最中に落ちており、忌憚なく言えば明らかに気絶していると見える。
勇者原人バンガス。その伝説は静かに幕が閉じられたのであった。
……あらやだ汚いわねこの子羊。お風呂入ってなさそう。
ビグレンは獣の据えた臭いと、その黒々とした全身の有様を遠巻きで見つめる。潔癖とは言わないまでも触りたく無いと思わせるには十分だ。
「2人とも。もう人の体をおもちゃにしたら駄目よ。あまりにも高級すぎて貴族の目ん玉ですら飛び出るわよ。というか私の目が痛いわ」
「本当に助かりました。一時はもうサイカーンとの終わりのない戦いに殉じる覚悟すらしましたから……」
「サイカーンって結局なんなのよ……」
バンガスはその後、ビグレンの取り出したる聖担架モチアへと乗せられ、アズライドとマッチポップの両名に運ばれつつ場所を教会の中へ移された。
長椅子にそのまま寝かせられ、ビグレンは一応大きな怪我はないかと確認し、特に問題はないようだと判断する。
汚い事は汚いんだけど私には分かるわ。この子羊むっちゃイケメンよしゃぶりつきたいわ。95点。
聖職者にあるまじき欲求をその身に宿すが、少し離れた椅子で座る2人を見てやれやれと、奥の生活に使用している部屋へと向かった。
そこで茶を二つ用意してからまた舞い戻り、ボーっと疲れから解放された時特有の一点を見つめる瞳の先へコップを差し向けた。
2人はそれを一気に飲み干す。「体に悪いからゆっくり飲みなさい」と小さく笑いながらビグレンは空のコップを受け取った。
「この度は、私の不手際でご迷惑をお掛けしましたわ……」
「別にいいわよこれがお仕事なんだし。バンガスちゃんが起きるまでに泣き跡消しておかないとね」
「……はい」
アズライドの目元にはくっきりと、腫らしたものが浮き出ていた。
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