第32話 オカマ神父
* * * *
場所は変わってとある王国のとある街。新築なのかまだ劣化の目立たない教会の門前にて、1人の男が箒で落ち葉を払っている。
丁寧に丁寧に端から端まで剃られた頭部の無毛には一種の執念めいたものが垣間見える。
黒々とよく焼けた肌に濃い皺付き。薄らと生える髭が陽気な印象を与える。
全身を黒い聖堂服に身を包み、その首には剣を模ったペンダントが掛けられていた。
男は不意に教会を見上げる。今ここに神が宿ると言わんばかりに荘厳で、神聖極まる光の学舎に一筋の輝きが差し込んでいる。
「本日も穏やかな陽射しですね。願わくばこの様な日がいつまでも続きますように」
野太くしゃがれた声であるが、その言葉に秘めたる心は本心からのものである。
これも神のお導きによるもの。その全てに感謝申し上げる。
敬虔な教徒であるその者はただひたすらに、盲目に、信奉するただ一つの対象に思いを馳せた。
「ビッちゃん!」
健やかなるその祈りを遮る、自身の愛称を高らかに叫ぶ声が鼓膜に届く。
誰かしらと振り返るとそこに、向かって来る1人の男。何やら小さな箱を抱えている。
今し方ビッちゃんと呼ばれた聖職者は震え上がった。
「いいぃぃぃやああぁぁ!? モーセルちゃんじゃないのよ! お久しぶりね!」
その野太い声から発せられる女言葉。途端に体使い方の一片たるや女子のものと早変わり、自ら出迎えんとその駆け足を来る者へと向けた。
「本当よ本当! もー依頼が忙し過ぎて堪んないわ。酒場にすら行く余裕ないんだから!」
「話聞いてるわ。大変よねぇぇぇぇ!」
「大変なんてもんじゃないわよ! もういっその事虫取り網持って北の国に入ろうかしらって思うくらいなのよ!」
「なら私も着いて行こうかしら。布教活動もしちゃうわよん」
「貴女はそっちが本命じゃないのよっ! いやーねぇ! 因みにこれ、お裾分け届けに来たの。立派な極太お芋さん」
「あーら美味しそう。ありがたく頂くわね」
「時間出来たら今度遊びに行きましょう。それじゃあね」
「さようなら。男漁りに行きましょうね!」
この間1分も経たず。まるて畳み掛けるかの如く会話の応酬が繰り広げられ、小箱を聖職者の男に力強く渡すとその者は手を振りながら足早に去って行く。
姿が見えなくなると聖職者はまた天を見上げる。
「あ〜〜〜心晴れやかだわ〜〜〜うんッッッッッ!! ハレルヤ!」
満足に尽きると、体の芯から生産される喜びの多大な感情にその身を委ねる。
ビグレンボルド・ブラッシュディード。この街の一角では、ある意味とても有名な人物である。
正しく神の教えを伝え、迷える子羊達を導く者。その信仰と差し出される救いの手は疑いようもなく代行者そのもの。
それに比例するように目立つ独特な語り口と、自身の個性から生み出される行動。
この相反するギャップが彼を名前を知らぬ者はいないとまでに押し上げたのだ。
美味しそうなお芋ねぇ。箱に詰まるそれを見てビグレンは思った。
「今日はポテトのキッシュね」
独り言を漏らしながら一度芋を仕舞おうと教会の中へと帰るため歩く。
その時、一陣の旋風が巻き起こる。
思わず目を閉じて風に背を向けると、道の狭間に黒い影が忍び寄った。
「風強いわねー!」
「神父さまあああぁぁぁ!!」
自身の声を跳ね除け響いたエコー音声。え、私を呼んだの? とその声の掛かった方へと向く。
太陽を遮り黒い影が覆う。目が慣れればそこに居る何たるかを知る。
勇者原人バンガス。高速怒涛に現れし大自然の守護者が今降り立ったのだ。家屋を優に超える体長と超合金に包まれた全身は、他の通り掛かりからの視線をも集める。
その巨大が片膝を折り自らを上から見下ろしている。見慣れない両眼の作りは背筋を凍らせる。
事情を勿論知らないビグレンは大きく目を見開かせ、痙攣する口がパクパクと鯉を想起させる。
「な、なんじゃあこりゃあぁぁ!!?」
野太さに腹の力を込めた一声がビグレンの口から放たれた。
勇者原人バンガスの胸元が蒸気を噴き上げながら両開きの扉の如くオープン。中から飛んで現れたのはグリーンウーマンマッチポップと燃える怒りの少女アズライドだ。
2人はその細い脚を存分に発揮してビグレンの下まで駆け寄った。
「神父さま神父さま神父さま神父さまああぁぁぁ!!! 大変なんです大変なのどうにも出来ないの! 助けて下さああああい!!」
「お師匠様がこんな姿になってしまいましたわあああぁぁぁ!!」
慌てふためくその姿に気押されながらも、ビグレンはこの内の1人に見覚えがある。
「マッチポップちゃん!? こちらはお初ね……ってそんな事よりこ、何これ!? 聖アイテムかなにかなの!?」
「人です! マイナス効果の組み合わせでこうなっちゃいました!!」
「人なの嘘でしょ!? 肉がないじゃない!」
「鋼の肉体だ!」
「上手い事言った! みたいな顔すんじゃないわよ!」
喋れるんかいこの妙ちくりん。ビグレンはそう思いながら混乱している自分の脳内を諫めた。
この世の道理から外れていけば外れるほどその心と頭を清く、湧き水が如き純粋さへ置く。これこそが人生に於ける鉄則であるとビグレンは考える。
誰かが気をしっかり持たなければこの状況に解決の糸口は得られない。特に前2人の女子の今にも吐きそうな顔付きが、年配者そして聖職者としての自分を強く意識させる。
「それよりも此処がサイカーンのアジトなのか? 私のスーパーヘルプナイザーに反応はないが」
だが一言一句が理解不能と脳が拒むのは無視出来ない。
「サ、サイカーン……? スーパー……な、なんて?」
「その辺りは無視して大丈夫です! もう神父様以外に頼れる人がいないんです!」
「私のせいなのですわああぁぁぁ! びええええぇぇぇ!!」
「ええい落ち着きなさい! 立派なレディが鼻水垂らして泣きべそかくもんじゃないわよ!」
退っ引きならない状況だけど、マイナス効果の発言と私を頼って来たって事で察したわ。ブレイブアート効果の解除を私に頼みたいのね。
ビグレンはその視線を勇者原人バンガスへと戻す。そして……聖アイテムの効果でここまでなってしまうのかと引き気味に胸元へ手を入れる。
右手に掴んだのは水晶の如く透明な六面体の聖アイテムだった。
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