第34話 教会の中で


「そういえば貴女お名前は?」

「アズライド・アックルですわ」


 アズライド・アックル……うん、やっぱり聞き覚えはないから初対面ね。


 ビグレンはそれならばと改めてアズライドに向き合う。


「私はビグレンボルド・ブラッシュディード。宗教ギルド『光源』に所属しているわ。この教会の神父を任されてるの」

「そうでいらしたのですね……」

「私と同じくらいにはこの辺りで有名な方ですよ。アズちゃん知りませんでしたか?」

「生憎存じ上げませんでしたわ。ダンジョンの事でかかりきりでしたので」

「良い機会だし覚えて頂戴ね。この喋り方はご愛嬌って事で」


 ビグレンボルドが何故このような女子めいた言動をするに至ったのか。それは元来持ち得た資質という他には無い。


 故に悩み大き人生。教会に足を運んだのは思春期真っ只中の事だった。そこでビグレンは祈りを捧げつつ神にこう問うた。


「正しさとはなんなのでしょうか?」


 答えは無く、それでも足繁く通い詰めたある日。それはとてもステンドグラスが煌びやかに見えた時だった。『愛があるならバッチOKよん』そんな声が脳裏を駆け巡ったのである。


 神の啓示。しかしビグレンは「なら愛があれば殺しも許されるんかいな」と酷く懐疑的だった。若かったのだ。


 宗教ギルド『光源』へ参加したのはもう一度、その真意を神に問い糾したいという欲求を内に秘めていたからだ。


 それから時間は過ぎて神父となり、神の声をもう一度聞ける事はなかった。疑問を晴らしたいと進んだ人生だったが結果的に満足する生活を得られた。


 今では愛がなんだのは気にしていない。きっとそうやって執着を持ち、突き進んだ道が正しさに続いていた。神の遊び心に手を引かれたとビグレンは思っているから。


 それなら今度は私が手を引いて上げなくっちゃねと、ビグレンの行動原理はここにあるのだ。


 体を休めていたマッチポップは息を吐いて立ち上がる。その雰囲気は何時ものおちゃらけたマッドガール然として回復したと言わんばかりである。


「漸くボケに回れるマッチポップちゃんです。ビッちゃん神父様の聖アイテムが無ければオワオワリ、エンチャントエンディングでした。急に押し掛けてしまいすいませんからの鼻フック」


 唐突に鼻を目掛け飛んだ人差し指と中指を、ビグレンは間にチョップを入れて迫り合う。


「私とマッチポップちゃんの仲じゃない気にしないでよ! でも自然な流れで鼻抉られる程の仲じゃないから勘違いしないでね。それより何でこんなおかしな事になっちゃった訳?」

「それは……」


 ビグレンがそう尋ねると2人はやはり言葉と目線が泳ぎ始める。ビグレン自身も多分言い辛いだろうと理解していたが、関わってしまった手前聞いておかねばならない。


「あはは……そこまで深くない事情がありまして……」


 マッチポップは愛想笑いを浮かべつつ、ここに来るまでに起きた一連の出来事を語った。


 国境を越えるための近道として崖登り。そして手袋のマイナス効果でバンガスへと移りカラーボールと化した事。


 ビグレンは黙って聞いていたが面白おかしくマッチポップが話すもので吹き出してしまう。


「ブッハハッハ! カラーボール! カラーボールからどうやってあんな姿に化けて出れるのよ面白いわね貴女達!」

「助けようとした行動が余計な結果しか生まなかったんですよね。不甲斐無シンキング」

「ま、まさか私の聖アイテムがあんなマイナス効果だらけだったなんて……。ビグレンボルド様が居なかったらどうなっていたか」

「長いからビッちゃんでいいわよ。まさかあのブイブイ言わせてた冒険者の末路がこれとはね……ふふ。世の中面白すぎるのよね〜」


 そう言うとビグレンは瞳をバンガスへ向けた。まだまだ目覚める気配のない彼を見て更に笑い出しそうになる。


「お師匠様に折角弟子入りしましたのに結局この街に帰って来てしまいましたわ……。出戻りですわ」

「結果オーライのか、け、ご、え♪。ピーピーバックして国外退去。お茶碗を持つ方の手が結構近い距離」

「……そうですわね」

「喉元過ぎればクーリングオフ。今は勇者原人バンガスの果てしなき使命に終止符を打てた事へ万歳三唱、逆立ちして町内を駆けずり回る妖怪みたいな気持ちでいましょうよ」

「吐きながら罰ゲームやらされてませんこと?」


 アズライドとマッチポップの掛け合いを尻目に、ビグレンはふと表情を戻してバンガスちゃんか……と考える。


 山の中で暮らしていたという情報は耳に入っている。体の汚れ具合から見て当たっている筈。この街中では非常に目立つ格好でもある。


「真面目な話になるけどバンガスちゃん。多分観てる人多かったから色々聞かれちゃったわよ? 風の噂で聞いたけどギルド入りたくないらしいじゃなーい?」


 ビグレンは神妙に口にした。


 教会の中に連れ込むまでを観覧していた者達は何人と居た。周囲に気を配っていたビグレンはそれを知っている。


 会話も聴かれている以上バンガスというワードと姿も伝わっていると見て良い。直接知らなくとも、小話としてでも広まれば気づく者は居る。


 様々なギルドがひしめくこの国、城下町で、バンガスがやって来ていると情報が巡ればどうなるかは想像に難くない。


 それは恐らくアズライドも理解しているようで、重苦しくも真剣味のある顔をしていた。


「お師匠様にとって死地も同然ですわ。だから早く目覚めて頂けたらよいのですが……。これ以上ビッちゃん様にもご迷惑掛けられませんし」

「そこは気にしなくていいわよ。もう出て行ったって言やいいし入るなら私達のギルドへ強制加入よんと脅すわ。……広がり過ぎたら守り切れなくなるかもしれないけど」


 ……特に権力を振り翳すようなのが来ちゃったら流石の私でも庇い切れないわね。


 裏も欲しがれば国も勿論欲しがる。寧ろ為政者である以上どれだけ黒であろうと白に出来る、させる。そういった組織にまで狙われてしまう宿命にはビグレンも思わず同情する。


 国や王直属の軍隊。それから各貴族達が懇意にするギルド。ここら辺がいっちゃん警戒しなきゃならない所ね。


 ビグレンと恐らくアズライドも考え込んでいる最中、黙っていたマッチポップが両手バツの字で胸の前に組んだ。


「金銀財宝の往復ビンタ! キンキラキンに奴隷なルーザー! 抗えない衝動! 貴族の盲腸!」

「目も眩む金色カーテンコール! このオカマの後光となるのよォォ! ……って一応神父なんだからやらせないで頂戴」


 勢いに乗っちゃったけどよく分かってるじゃないマッチポップちゃん。頭いいんだから普通の女の子みたいにすればもっとモテモテなのに。


 本当勿体無いわ羨ましい。若干の嫉妬を含んだ目を向けるが、マッチポップは知らずと踊り出す。


「ノリの良さ〜が、ス、テ、キな乙女のビッちゃん♪」

「あんたも自分の番になったら随分ブースト掛かるじゃないのよ」

「私、これだけは誰にも譲りたくないので。危機感とジェラシーが爪先まで来ています」

「そこまで慌ててないんじゃ……」


 ……まぁでも、面白ければ良いのよね。マッチポップちゃんはそんな子だし。


 無貌の貴公子と呼ばれた男がそう簡単にやられるとも思えないし、そこまで難しく考える必要も無さそうだわね。


 ビグレンは「私も喉が渇いたわ」と言って飲み物を取りに個室へとまた向かうのだった。

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