第35話 ネバーギブアップ

* * * *




「——そうか。君はバンガスという名前なのかい。随分と腕に覚えがあると見える」


 朧げな記憶の中で、もう顔すらもあやふやとなってしまった男の姿がそこにある。


 声だって忘れかけていたのに。何故か今そこで経験してるのと同じ臨場感を味わっている。


「かなりの儲け物だ。どうだろう、私のギルドへ参加してみないか? そこでならきっと、君の求める物を提供出来ると思うのだが」


 ……そうだ。あいつとの最初の出会いかこれは。


 バンガスは今確かに夢だと認識する。考えられるのだとしたらこれは謂わば明晰夢。今では患いとしかならないそれは意思に反したものだ。


「自由……冒険者の掲げるお題目だ。『探究者の巣』は気の良い者達ばかりが所属している。なぁに、すぐに打ち解けられるとも——」


 機嫌の良さを感じられる声色だ。バンガスはゆっくりと瞼を持ち上げ、ボヤける視界が時間を置いてクリアになる。


「全く……おかしな夢を見ちまったぜ…………」


 忘れかけていたのに思い出しちまった。また珍しい記憶が引っ張り出されたもんだな。……まだ気にしてんかよ俺ぁよ。


「お師匠様!」


 隣のアズライドが覗き込むようにバンガスの視界に入る。よく見たら天井があるし四方を木で囲まれた空間。外じゃねーのかとバンガスは体を持ち上げる。


「アズライドか……ここは何処だ? 思い出せん。というか何で家の中に居るんだよ」

「それは……あ、少々お待ち下さいませ」


 アズライドは扉の方へ向かって行った。バンガスは周囲をよく見れば、ここは誰かの寝室といったそんな内装だと分かった。


 使い古され日に焼けた寝具。ベッドの木材は所々薄皮が剥がれ落ち内皮が見えている。


 隣の小窓から差し込む明かりが小さな机の上に置かれた小瓶を通過して、床に水面のような跡をくっきりと作り上げている。


 服を仕舞うためのクローゼット。後は全身を写せるほどの鏡に化粧台。ここは女の部屋なのかと訝しんだが、それにしては匂いの感覚が違うと思うバンガスである。


「マッチポップちゃん! ビッちゃん神父様! お師匠様が目覚めましてよ!」


 少し先でアズライドの声色が遠めに聴こえた。


「ビッちゃん?」


 誰だ? ここの家主か?。バンガスはそう思いながら、奥の扉に近付く複数の足音を聴く。


 そしてうさぎが如くひょっこりと、緑の帽子が似合う女の子マッチポップが姿を見せた。


「スリッピッピスリッピッピ。お加減はよろC?」

「マッチポップじゃねーか」


 次いで部屋に現れたのはやたらと色黒な肌が目立つ男。聖職衣に身を包んでいるがそのきな臭い立ち姿にバンガスは思わず警戒心が生まれる。


「お初にお目に掛かるわね……そう私こそ! ビッちゃん! 本名は割愛するわ!」

「…………変なのがもう1人増えてやがる」


 無駄に生んでしまった感情は霧散して、バンガスはオカマ然としたビグレンに対して嫌な予感、センサーがビンビンに反応していた。


 アズライドも合わせて3人は部屋に入り、ベッドの周りを囲んだ。


「かくかくしかじか。便利な言葉。私の全てを分かったと思うなよおおおぉぉぉ! 銀河爆発ビックバン! 迸れ命! 美人薄命マッチポップちゃん! 救命!」

「日輪はその全てを見通す……のよ」

「決まりましたわ〜」


 マッチポップとビグレンの合わせ技。予め予習していたのかどうかは定かでないものの、息の合ったコンビプレーにアズライドは笑顔で拍手を始める。


 かくかくしかじかの効力はバンガスに大まかな情報を与える。目を見開いた。


「俺がアズライドの聖アイテムのマイナス効果で我を失い、どうにもならなくなったから知り合いの神父を訪ねただぁ!?」

「もう全部引き摺り出したから大丈夫よん。念の為ベッドに移したけど、貴方の体は健康そのもの優良児ってとこで安心したわ」


 バンガスが気絶している最中に教会の礼拝堂でのんびりと目覚めるのを待っていた乙女3人組。問題が起きたのは1人の人物が訪ねた事をキッカケとする。


 曰くSランク冒険者のバンガスが運び込まれたと眉唾な話を聞いた。念の為確認をしに来たという事だった。


 相手は冒険者ギルドの者と名乗ったが特段その情報について信憑性を薄く感じていたようで、ビグレンの一言「そんなレアキャラ此処にいるわけないじゃない」と怠そうに返し「やっぱりそうだよな。山の中に居るんだからなバンガスは」とだけ残し去って行った。


 ビグレンの話した懸念は予想以上の勢いでもって拡散されている。それなら外と直接繋がる礼拝堂で寝かせるのは適切でないと動かした。


 この経緯があって考えれば、ビグレンが今話したのは建前である。ただその出来事を知らないバンガスにとっては「そうだったのか」とそれ以外の感想はない。


 なんだか面倒な事になっちまってたようだな。


 バンガスは丸々抜けている自分の記憶に何故か怖気立つものを感じたが、目が覚めてんならもういいかと、それほど気にはしなかった。


 助けられた感謝だけ伝えて大自然に帰るかとそう思い立ち上がるが、唐突にアズライドが勢いよく膝を床に着いて頭を下げたので体が硬直する。


「お師匠様。この度はご迷惑をお掛けし大変申し訳ありませんでしたわ……」

「おいおいそこまでしなくても」


 手がカラーボールになったんは覚えてるけど、そんな畏まって謝る事じゃねーだろ。


 バンガスはやけに神妙な口振りのアズライドの下に屈み込む。


「私……色々考えましたの。お師匠様の道の足枷になるどころか邪魔までしてしまいましたわ。だから……だから、私から言い出した事ですが、お弟子の件は考え直す事に……」


 無理矢理立たせようと肩を掴もうとしたが、面を上げてそう続いたアズライドの言葉に動きを止める。


 罪悪感と後悔の目。若干赤みがかる瞳にバンガスは合点がいった。握り拳を作りアズライドの額を軽く小突いた。


「あてッ。ですわ」


 アズライドはその部位を両手で摩る。


「……お前ぇの自由への渇望はそんなもんだったのか? 俺の中に自由を見たと言った時の心意気はどうしたんだよ」

「で、でも……」

「一度や二度の失敗でへこたれてんじゃねーよ。少なくとも意味があったんだと、次に繋がる何かを手に入れてからだ。そもそも俺ぁ気にしてねーよ。……まだ始まったばかりだろ」


 バンガスは自分の言葉に小っ恥ずかしさを感じ、立ち上がって若干頬を赤らめつアズライドへ背中を向けた。


 バンガスにはアズライドの表情が見えないが、まるで滝のように荒れ狂う涙をアズライドは流す。


「お、おじじょうざばぁぁぁ!!」

「泣くなよ」


 後ろを向いていようとその様子は手に取るように理解出来た。


 一部始終を黙って見ていたビグレンはホロリと垂れた涙を人差し指で拭う。


「師弟愛ね……」

「マッチポップちゃん、またもや蚊帳の外……ここは一つ盛り上げて!」

「なんでも混ざろうとしない。それにめちゃくちゃ盛り上がってるから」


 マッチポップの常軌を逸する行動を戒めるビグレンである。

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