第36話 イラ=エ王国


 バンガスは一度ベッドに戻りアズライドが落ち着くまでを待った。その間考えていた事といえば、やはりここが何処なのかという一点の疑問である。


「……重ねて訊くが此処は何処なんだ? 神父って言ってたから教会か? それにしちゃ随分作りが良いのも気になるが」


 なんだか言い辛そうにする三方。バンガスはそんな面倒にゃなってねーだろと、別に重苦しい顔をする必要はないんじゃと思った。


「それなんですけどね……ビッちゃん?」

「私に振らないでよ! ……アズちゃん」

「わ、私……ですわよねそれは。仕方ありませんことよね……確かに此処は教会、街の中にあるのですわ」

「街? かなり都会の方まで来ちまったって事か?」


 分かったぞ。俺が大自然で暮らしてるって話から街にゃ行きたがらねーと勘違いしてんな。だからモジモジしてんのか。


 酒買うに出る事もある。全く気にしなくていいんだがな。


 アズライドは目線を横に向けた。


「首都イラ=エ王国の城下町3番地区になります……わ」


 なんだよ首都イラ=エ王国か、それなら別に……イラエ王国?。


 バンガスの脳はその言葉の意味を咀嚼する事を拒んだ。しかし口の中に入れてしまったのであれば飲む混む以外の選択肢はない。


 ゆっくりと噛んでいき、それに連動するようにバンガスの表情は険しさを孕んでいく。


「帰るぞッ!!!」


 都会も都会! 様々なギルドの跳梁跋扈する勢力の坩堝じゃねーかよ此処!。バンガスは敵陣のど真ん中に放り投げられた気分だった。


 このまま居られねーよ! と勢いよく立ち上がって歩き出す。すると急に足の力が抜け意識がフッと軽くなった。


「うっ……お」

「あっ、お師匠様!」


 アズライドの声色虚しく、バンガスの体は前に倒れ、そこには丁度ビグレンの姿があった。


 ビグレンはバンガスの体を支えるように抱えた。


「ちょっとやだん! 大丈夫!?」

「あぁ。悪ぃな……」


 くっそ情けねぇ……。かなり体が弱っちまってるようだな。


 冷静に自分の肉体の状況を分析するバンガスを尻目に、ビグレンの頬はまるで白馬の騎士を見るかの如く朱色に染まった。黒いので分かり辛いが。


「トゥンク…………」


 恋する乙女の双眸。熱い眼差しがバンガスへと向けられている。


 隣で見ていたマッチポップは何故かビグレン以上に顔を赤らめて一部始終を目に焼き付けているようだった。


「街に愛の歌が流れ始めた瞬間……シュガースウィィィィィト!! スイートなんですねぇ! 萌え萌え! マッチポップちゃんテンション爆上げしゅっぽっぽーです! キュンキュキュン!」

「う、五月蝿い……」


 さっさと神父から退こうにも思った以上に体に力が入らず、こんな経験をするのが初めてなバンガスはかなり動揺していた。


 ビグレンは肩を持ち上げる。


「健康ったって体力はかなり使ってんだから寝ときなさい。その方が私としても後腐れがなくて良いわ。よっこいしょオラァ!」


 優しい言葉を掛けられたと思ったらベッドへ投げ出すゴツい手は正に男そのもの。されるがままである。


「はぁ……これも自由か……」


 仰向けに寝転がるバンガスはポツリと口にして、それを心配そうにアズライドが覗き込む。


「ゆっくり休んで下さいまし。お師匠様……」


 その隣から更にマッチポップが、手前側へとひょっこり顔を出した。


「バンガスさぁん?」

「あんだよ」

「折角人里に降り立った訳ですし、明日か明後日、良かったら私のおと……ギルド長に会いませんか?」

「……マッチポップ。ちょっとこっち近付け」

「なっんでっすか?」

「耳向けろ」

「ほい」


 純粋に疑いなくマッチポップの見せる耳に、バンガスは目を瞑り息を大きく吸い込んだ。


「い、や、だああああああァァァァァッ!!!!」


 その山をも震わせるだろう第音声。マッチポップは後ろに飛び上がり床を転がる。


「ぎやああぁぁぁぁぁ!!! 私のラブリーチャーミングな鼓膜がああああ!!」

「悪、霊、退、散」


 そう言ってバンガスはおてての皺と皺を合わせるのだった。


「あっ、神父情報だけど大きな声立てるのは本当に効くわよん♪」

「お、お化けって本当にいるのですわ……?」

「何度か見たわね。破れかぶれに聖書でぶっ叩いたらすんなり成仏したけど。そんな強いもんでもないと思うわ」


 流石聖職者……とバンガスはやる気なく思う。そして昔、自身も同じような経験があったなと思い出した。


「俺も山でそれっぽいの見かけた事あるな」

「ギャオオオオン! 怖い話は嫌いなのですわあああああ!!」

「言っても棍棒がありゃ消せるから怯えるもんでもねーぞ? 大自然に生きる魔物や獣の方がよっぽどこえーよ」

「聴きたくない聴きたくない聴きたくない聴きたくない聴きたくないですわああぁぁぁ!! ギャオオオオン!!」


 バンガスの宥めは虚しく、アズライドの怯えた癇癪は炸裂する。その背後にぬるりと忍び寄るのはマッチポップである。揶揄うように恐ろし気な表情を作っている。


「透けーるトントントン。貴女の背後に抜き足差し足クールブレス。アズちゃん……今夜は寝られないね?」

「ウギャオオオオオオオン!! マッチポップちゃん悪い娘なのですわ!! チョップ!!」


 煽りに耐えかねたアズライドは飛び上がり、そのままマッチポップの頭上に叩き込んだ。


 力少なめな女の一撃にマッチポップは動じる事なく、逆に何処か感慨深いと言いたげな空気を纏わせる。


「女の子に殴られるの……案外心地良いかも」

「ややこしくなるからこれ以上属性付けないでちょうだい」


 ビグレンのその言葉にバンガスも寸分違わず同意を示した。

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