第37話 もう1人のSランク
* * * *
数多くの男達が整列し並ぶ。その屈強な体格と纏う鎧、剣が統一された兵士達は寸分も動かずただ規律を重んじている。
それは眼前に座る、肉体的に盛り上がりが更に目立つ男の前で行われていた。兜を脇に抱え片目を失っているのか白く濁り切っていた。
髪型も兜に潰されてか乱雑。白髪は多分に入り混じり、しかしそれを気にするほどの洒落は持っていない。そんな
聖アイテムなのか火の伴わない黄色い明かりが広がる男々しさ詰まった室内で、その小太りな男はハンカチでしきりに額を拭い、困り果てているとそんな雰囲気を醸し出していた。
場違いにも装飾は多く、かなり高価な装いだった。
「——あり得ん話だな。そんな与太話を聞かせる為にわざわざ出向いたというのか? 隣国へ向けた遠征準備の終えた今、更にいざ行かんとする真っ只中。とても忙しく緊張感が蔓延る俺達へ、混乱させるような情報を持って来たと?」
峻厳たる男の若干怒気を孕んだ言葉が飛んだ。内容を考えればさも当然と言える。
王国兵士ギルド『煤ける錫』の長はこの男を置いて他にいない。この隊のみならず、王国兵士の全権を取り仕切り、子爵という位であっても貴族に対して強い発言権を持つ。
此処はイラ=エ王国の首都、更には王城。その内部の端に存在する兵士修練場の一部屋だ。集った兵士達のみならず、訓練に使用するであろう刃の潰れた剣、敵に見立てた傷だらけの木人形。そういった道具も納められている。
この国で兵士を目指した者は皆此処で修練を積む。そして派兵され国の守護にまつわる業務、依頼を粛々と熟して行くのだ。
「怒られるのも無理のない事と存じます。しかし、一蹴するにはあまりにも信憑性がありまして……」
戦地へと向かうその瀬戸際となれば、あまりにも重い空気に押し潰されそうになるのも当然だろう。小太りな男はその圧にやられているのかまた噴き出した汗を一つ拭う。
「不愉快極まるが言ってみろ」
長は引き締めるかのような言葉を放った。
「はい……。聖羅針盤コウエリアの指し示す先が変わりましたのです。それはやはり情報のあった教会、宗教ギルド『光源』の家屋に。間違いはありません」
聖羅針盤コウエリア。持ち運びのし辛いかなり大型の聖アイテムで、その効果は探し人の名前を設定すれば方向を指し示すというもの。
峻厳たる男は口元に、訓練や戦いで培われたであろう厚い皮に覆われる手を当てた。
このアイテムの効果は知るものであり、実際に使用した事もあるのでその正確さはよく知っている。
「……『探究者の巣』に所属していたバンガス。何故急にこの街へ……? 移動系の聖アイテムは持っていないだろう。それについこの間までは北地の山岳へ針が指していた筈だ」
「その辺りは私にはなんとも……しかし事実として今日、Sランク冒険者のバンガス様が瞬間的に場所を移したのは確かなので御座います」
突然場所を変えたのであれば十中八九聖アイテムの効果によるもの。しかし、あのバンガスが街に、よりにもよって宗教施設に立ち入るとは。
長はそう考える。もしや坊主にでもなりに来たかと続けて、いやそれはないなとすぐさま考え直す。
「帰依するような玉ではないなあの男は。ふん、事情は分からんが身を隠しているといった具合か。まさか俺以外のSランクが同じ街に集うとは……」
この王国唯一の個人ランクSの人物だった。冒険者とは違って、この長がそれに足る偉業を成したのは主に国防への寄与一点のみである。
狂人めいた意志を持ちながらの国への奉仕。文字通り人生全てをそこに費やした。得られた結果は注いだものに確かに見合った。
だがまだ足りない。この国を不落とするにはまだまだ強者が少ない。
バンガスの情報は絶好のチャンスだった。あいつを引き入れればこのギルドも盤石だと、敵の一切がイラ=エ王国の名の下に沈む事になる。
だが……と、何処かはその長は苦々しい顔付きをする。
「教会へ見張りの者を置いて来ましたがやはり動きはないそうで……」
「はっきり言ってタイミングが悪過ぎる。今は黄金の落伍者へ構っている暇は俺達には無いのだ。優先順位は蝗害だ、それは変わらん。我々の国に差し迫る事態なのかもしれんからな」
ついこの間災害の知らせを受けた。過去に例を見ない程に大規模で且つ目に映る全てを餌とする魔物。その相変異は無視出来るものではない。
送った視察隊からの情報ではこの世の終わりと見紛う被害が出ているとの事だった。ならば尚更行かないという選択肢は取れない。
国防は凡ゆる物より優先される。それが自分の同等レベルの強者だとしても、この国以上に代えられるべきものじゃない。
しかし頭の端には引っ掛かるほど、バンガスという男の存在は大きいのである。
「静観なされますか? オーボール兵士長殿」
小太りな男は恐る恐る尋ねた。
「この国のギルド端々まで報が行き渡るのにそう時間はかかるまい。行き渡ったとてバンガスが参加するとも思えん。だが、もしもという可能性は在る。決して排除出来ない懸念がな……。俺が帰るまでバンガスをこの場に縛り付け、尚且つ他ギルドへの対処もしなくてはならん。隠密の部隊を残してギルドへの牽制となろうが街に留める案が浮かばんな」
戻って来る頃には既に姿を消した後だろう。他ギルドに取られ事はあまり心配はいらないが、街を出るのはどうにか防ぎ、俺が戻るまでの時間は稼いでもらいたい。
オーボールはそう思いながら立ち並ぶ兵士達へ視線を向けた。
「おい貴様達。何か良い考えはないか?」
その問い掛けに隣と見合わせる兵士達。元気よく1人の兵士が手を挙げる。
「防衛用途に残している兵士を集め、物量で押し寄せるのは如何ですか?」
「雑多が寄り集まった所でろくすっぽ役に立つまい。数でどうにも出来んからSランクなのだ」
その案は却下され、また1人手を挙げる。
「拘束用途の聖アイテムを嵌める余裕すらありませんか?」
「無理だな。カロケア卿お抱えの『紅林檎』も失敗しただろう。大量にあれば話は別だが拘束用聖アイテムなぞ作る奇特な精霊はごく僅か。そもそも量が足りん。壊されたくもないしな」
「いっその事街を封鎖しては?」
「それでは住民の生活に支障が出るだろう。バンガスにしても壁だってブチ破る男だ。下も下だな」
その言葉に兵士の1人は項垂れた。
どうしたものかと考えていると、この修練場の出入り口からまた、場にそぐわない1人の女が姿を見せた。
「お取り込み中?」
白いドレスに髪を纏めた女。その頭にはデカデカと宝石各種が散りばめられたティアラが乗っている。胸には同じようにペンダントが垂れ下がる。
オーボールは胸に手を当て会釈した。
「これはユア王妃。どのようなご用向きであられるのか」
「国王からお話を伺ってね。一つ激励をと思い訪ねました。バンガス……という言葉が聞こえましたが」
イラ=エ王国、国王の妃。それがこのユア王妃である。身分の差というものを余り気にしない性分なようで、この修練場にも時たまに顔を出し、その度に手を止め出迎えていた。
「ええユア王妃。ギルドに所属していないSランクの冒険者バンガス。彼がどうやらこの街に潜伏しているようで」
小太りな男も同じく会釈しそう言った。
「捕まえましょうという事?」
「端的に申し上げれば……」
「中々難しいと、そういう事なのですね」
察しの良いお方だと、オーボールは思った。
「お恥ずかしながら我らに腕っ節はあれど学が少なく……中々妙案が浮かばないものです」
「Sランク……か。でしたら私に一つ考えが御座います」
「ユア王妃が? お聞きしても?」
渡りに船である。兵士達には出せないような案が、もしかしたら妃の口から飛び出すかもしれない。
オーボールは期待もあった。
「うふふ、弱みに付け込むのですよ。強者としての弱みに」
そして語り始めたユア王妃。最後まで聞き終えたオーボールは、確かにこの手であればバンガスをこの地に縛り付けられるだろうと、その手応えを肌で感じるのだった。
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