第38話 ランクアップ

* * * *




 人通りのそこそこある街中の大通り。日差し良く過ごせる季節でもって、人々の声色が満ち溢れている。


 友達同士の会話。親子の会話。カップルの会話。店の軒先で呼び込みを高らかに言い放つ女。露店にて客を急かせるように煽る店主。大道芸人のパフォーマンスとそれに集う者達。


 イラ=エ王国騎士の巡回員が問題がないかと見て回る金属的な足音も混ざって、此処には豊かな色彩が出来上がっていた。


 参加する緑の女の子も例外ではない。普段よりも和かにステップを踏みつつ、手には何やら一枚の丸めた紙が持たれている。


「エフッ! エフエフ♪ イェーイFゲッチュウ!! 私はまた、階段を登ってしまった! おふふんえふふん FFF」


 上機嫌の上がり調子。喜び指数マックスの完璧美少女マッチポップが大手を振っていた。本当に楽しくて仕方ないとそんな感情を露わにしている。


「こんちわマッチポップちゃん。なんだか何時にも増して機嫌が良いね」


 道行きの最中、店外のベンチで座っている1人の男に声を掛けられた。マッチポップはこの者をよく知っている。


 裁縫ギルドに所属している夫婦の片割れ。『運び屋』でも材料輸送の仕事を請け負って届けた事は数知れず。


 彼等は主に服の生産や販売をしていて、マッチポップ自身も、この目の前の二階建て一軒家の店で購入した事がある。


 マッチポップはのほほんと過ごすその店主に、おサボリンボーかな? と思いながら、達成感のままに手に持つ紙の封を切った。


「これはこれは仕立て屋のご主人。今日のマッチポップちゃんはとても楽しの権化!! 見て下さいよっこの輝きの認定書を!」

「おっ個人ランクFまで上がったのか! 良かったなおめでとう!」

「サンキュッキュキュキュ、この皿ツヤッツヤ!! 正に今、晴れ渡る心のように!」

「はは。テンション高いな何言ってるの分からない」


 店主の祝福にマッチポップも鼻が高い。見せたその紙の表紙にはマッチポップの年齢や本名、そして顔写真までもが貼り付けてある。


 そして短く一言。『この者のFランクとしての素養を認める』と書かれていた。後は個人ランク発行所の四角い押印と年月日付が記載されている。


 個人ランクの如何を決めるのは国を跨いで存在する“個人ランク判定及び発行所”のみである。これは国家的な主権をもある種無視し、どの国であろうと共通したものとして存在する。


 その役割はただ一つ。一人一人の力量を正しく測定するという事。


 GランクからSランクまで幅広く、判定方法としては専ら所属するギルドでの活躍、良し悪しがそのまま指標となって作用する。


 ランク別でまた細かく分けられているが、活躍という一つでは共通しているのだ。


 ギルドの依頼を通した完了通知がこの発行所に情報として行き、ランクアップに相応しいとした人物へ聖アイテムの審査を通した上で本人名義の手紙が届く。


 今日のマッチポップもまたその手紙を受け取った故に、そのままの足でランクアップも果たしてルンルン気分といった具合なのである。


 店主は遠い目をしながら、どこか懐かしむように細めた。


「でもそうか……Fランクか。次からが大変になるな」

「マッチポップちゃん、お勉強も頑張りマッス!」


 やる気元気のマッチポップは揺るがない。


 GとFは謂わば初心者ランク。だからこそギルドの依頼のみを熟せばランクアップ出来るが次からが一つ壁が生まれる。


 FからEに上がるためには依頼という実技の他に筆記の試験も別途で設けられている。これをクリアしなければ次からはランクアップを果たせない。


「筆記は中々難しいんだよな。試験受けるのにもたけー金払わなきゃいけないから落ちるのも中々堪えるよ」

「ご主人は今Dランクですよね? 何回落ちて這いつくばりましたか?」

「嫌な言い方するな。……Eに上がるまでに5回落ちたな俺は。ちゃんと勉強重ねても1回は確実に落ちるって言われてたけど大変だったわ」


 獲得した個人ランクは一生涯機能する強力な資格。ギルドを変えようと落伍者になろうとそのランクからは逃げられない。消え去らない刻印なのだ。


 だからこそ上がるにはそのランクに見合った努力が必要。ここを省いては決してランクアップ出来ないように組まれている。


 マッチポップはほへーとした脳のない顔を浮かべる。


「まだまだ初っ端でも大分ハードな難易度に設定されているんですねぇ」

「それでも序の口だよ? 俺なんかはCへのランクアップ試験は受けられるけど、試験内容がまるで理解出来なくて諦めた。無理無理」

「Cなのにそんな難しいんですね」

「計算やら歴史やら俺の脳じゃ処理できない問題ばっかだったよ。ここで大量に落として上げさせないようにしてるとしか思えない」


 道のりはまだまだ長いですねぇ。挫けず邁進して行きたい所存。


 マッチポップはそう思い、そしてふと気になった。


「バンガスさんはどうやって試験パスしたんだろ」

「何か言った?」

「いえ何も! お話ありがとうございました! マッチポップちゃんはギルドに戻りますのでご主人もお元気で!」

「マッチポップちゃんもおげ……言わなくても毎日元気だな」


 見送る仕立て屋の主人に手を振りながらマッチポップはその場を後にする。そして、今し方気になったバンガスのランクについても思案する。


 バンガスも同様に試験をパスした筈だ。山や森でウホウホ言っている姿からはとても知的な要素を感じられない。


 ……発行所の上役にお金握らせたのかな? 袖の下ジャンピング。


 マッチポップは失礼とも思わずそんな考えが浮かんだ。バンガスに聴かせようものならまた美の力を失っていく事だろう。


 あれかなこれかなどれかなそれかな?。マッチポップは止めどなく他の説の細部まで妄想していると、気付けば自分の所属する『運び屋』のギルドの前まで来ている事に気付いた。


 見慣れた家屋だ。大量輸送の為の大容量荷馬車が五つ。それを引く馬が計10頭、隣接する馬小屋から顔を覗かせている。


「暇潰しに散歩してはみたものの、やはりフューエルトベロスの有り難みを感じますね。足が棒のようだ」


 懐かしき筋肉痛に足の裏を襲う痛み。これもまた一興と思った。


 マッチポップが荷馬車と馬小屋に挟まれたそこを通ると、馬達は示し合わせたように「ヒヒン」と続々鳴き、マッチポップも負けじと「ンンンンヂァアアアァァァ!!」と威嚇の如き一声を轟かせる。対する馬の反応は地味なものである。


 大きな倉庫と一体となった『運び屋』の出入り口扉をマッチポップは開いた。


 来客を知らせる鈴の音も上品に鳴り、マッチポップは私が下品って言いたいの!? と1人心の中で突っ込む。


 玄関口から廊下を抜けてまた一つ左側の壁に扉が現れた。開くとかなりの大広間がそこにあった。


「ただいマスカットのスプラッシュイン口内」

「おかえリビングでエネムさんゲロゲロ」


 マッチポップの言葉に1人だけそう反応する。声の主といえばテーブル席に腰を掛け、特に何をするでもなくダラけている様子だった。


 衣服はマッチポップの姿と同じグリーン。肩ぐらいに掛かる黒髪に痩せ型の男だ。


「朝から酒か……」

「弱いのに好きだよね〜ほんと」

「追い討ちして来ますね。フェンルルさんは執務室ですか?」

「だよ〜ん。こちらも相変わらずカリカリしてる」


 変わらない日々の一風景。されど安心するにはこれ以上にない。


 マッチポップは誇らしげにリビングへと目指し歩き出した。

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