第42話 帰宅の後出立


 それからアズライドは精霊の鑑定所を後にし、その足を厄介になっている教会の方へ向けた。


 去り際にダコンから「ビッちゃんにはよろしくね」と素っ気ない言葉を預かった。あの精霊と仲良く出来ているであろうビグレン、一体どんな経緯があって繋がりが出来たのか。


 あまり突っ込んで聞くのも野暮である。そこまで深く掘り進めていい事柄なのか否かも判断は付かない。


 ならあまり気にせずで行きましょう。だって出立するのはこれからなのですから。


 アズライドは静かにそう思いながら路地裏を抜けた。


 時刻は夕暮れに差し掛かり、赤みを空に与えるがまだまだ青いと、そんな中途半端な頃合いだ。


 1日眠ったバンガスはかなり体力を回復していて朝様子を見たアズライドは旅立ちに憂う事がもうない。


 これからまた大自然の中での生活に戻る。イレギュラーが起き意図せずこの街に帰って来てしまったが、勢いのままバンガスの後をくっ付いたアズライドはこの地に対しての正しい別れを済ませてはいない。


 だからなのか、冒険者として生きて来たこの街を後にすると考えると目頭が熱くなった。


 今生の別れでもなく用があればまた戻れば良い。なのに心は無性に悲しくしんみりとしてしまう。


 思い出ですわね。本当に様々な事がありましたわ……。


 アズライドは道すがらに通り過ぎた店や噴水、ベンチ等を見ては昔の光景が脳裏に浮かんだ。


 そしてギルド『紅林檎』を横切った時、この家屋の中で得てしまった物が自分の中でかなりの量を占めていると気付いた。


 一瞬足を止めてしまったものの直接門を叩きはしない。その行い自体が最早無意味であるとアズライドは知っている。


 ただただ自分の不手際に猛省し、また歩き出し一歩一歩を着実に踏んだ。これからの人生で偶然にも関わる事はあるかもしれない。しかし、もう二度とアズライド側から訪ねる事はない。


 今生の別れとその決意がアズライドの中で沁みていたのだ。


 3番地区までそう離れてはいない。大自然よりも歩きやすい道の作りに、いつまでも感動しながらやがて教会までを辿り着いた。


 門の前では既にバンガスが立っておりわざわざ外で待っていたようだ。隣にビグレンの姿が見える。


「お待たせ致しましたわ」

「おう。どうだった?」

「やはり私の知り得ないマイナス効果だらけでした。ビッちゃん様に紹介頂いて正解でしたわ」

「んふ。でしょう? ダコンちゃんは腕利きだから」

「ビッちゃん様によろしくと言伝を預かりましたわ」

「有り難く受け取るわね」


 ビグレンはそう言って右手でピースを作り開け閉め。


 バンガスはよっこらせと大きく体を伸ばす。それに伴って関節の気泡が何度か鳴った。


「少し早ぇけどもう出るか。……色々と世話んなったなビッちゃん」

「いいのよ別に、もう一泊しても」

「帰るよ。俺ぁやっぱし自然の中が性に合ってる。ここに来てしっかりと自覚したしな」


 遠い目をするバンガス。アズライドもまだ少ない日数であれ大自然に生きる解放感を知ってしまった。利便性を追求するあまり無駄と削ぎ落とされてきた全てがあそこには残る。


 肉体的な疲れはあれど、やはりその無駄にこそ自由が宿るのではないか。少しだけ分かり始めたアズライドである。


 ビグレンは瞳を輝かせて色めいた視線をバンガスに送る。


「迷わない子羊って感じね。やりたい事が決まってるバンガスちゃんステキよ」

「そっちの趣味はないがな……でもま、機会があればまた会おうぜ」

「今度は正気無くしちゃ嫌よ〜?」

「流石に二度目はねぇよ」


 流石に二度目はありませんわ……。ビグレンの言葉はアズライドにも突き刺さった。


 一つ咳をする。


「ビッちゃん様……本当にお世話になりましたですわ」

「アズちゃん、困った時はいつでも連絡してね」

「いつの日かお礼にお伺いします。この御恩、命尽き果てましても忘れません」

「そこまで行ったら流石に忘れなさいよ」


 ビグレンは「あっ」と言葉を漏らして、思い出したかのように懐から物を取り出す。


 目と口の部分だけ丸く空いた、マフラーの如くごわごわとした手触りの黒いマスクだった。


「バンガスちゃんに一応これ、顔隠すやつ渡しておくわ」

「マスクか? 要らねーだろ。てかこんなもん着けたら逆に怪しまれて捕まるぜ」

「念の為よ。分からなきゃ多少は誤魔化せるでしょ? 着け続けろって事じゃないわ」

「……まぁ、貰うだけは貰っとくぜ。使うかどうか俺の気分次第だな」

「難しい子ねホント、素直にありがとうって言いなさいよイケズ」


 バンガスは小さく笑った。そして別れの言葉を少なく残して2人はこの場を去って行く。


 ビグレンの姿が見えなくなるまでアズライドは振り向き手を振っていたが、バンガスからの「危ねぇから前見て歩け」との言葉を受けて後ろ髪引かれつつも視線を戻した。


 本当にどうなる事かと焦りましたけれど、こうやって何事もなく解決して良かったですわ。ビッちゃん神父様に出会えたのも加味すればプラスの出来事ですわね。


 夕焼けは落ちて青黒く、辺りは闇に包まれ始める。街灯輝く道は照らされているものの寂しさを感じる。


 アズライドとバンガスはこの城下町の出口である出入りの門。その東側に向けて歩みを進めるのだった。

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