第41話 闇の精霊ダコン


 精霊の表情というものは分からない。そもそも顔が付いていないので表情もクソもないのだが、それでも聖アイテムの山を見て纏う雰囲気には引いていると感じ取れる。


「僕が言うのもなんだけど、聖アイテムだからってこんだけ抱え込まない方がいいよ。そりゃ使ってくれるのは精霊冥利に尽きるけどさ。やっぱり良い物悪い物はあるし、使い難いものを使われ続けるのもそれなりに屈辱なんだよね」


 嫌味な言い方であれどその実感情の籠る言葉だった。アズライドは少しだけ顔を赤くする。


「勿体無い病を患っているのですわ……お恥ずかしい。あっ、ご紹介遅れましたアズライド・アックルと申します」

「アズライドさんね……僕はダコン。見ての通り闇の精霊さんだよ。前はどこの鑑定屋にお願いしてたの?」

「1番区にあるギルド『紅林檎』の真横に建つ鑑定所ですわ。知っておられますか?」

「風の精霊さんがやってる鑑定所だね。確かヒョーだかピューだからそんな名前だったような」

「フゥレさんですわ」

「全然違ったけど謝らないよ。僕は他の精霊さんにはあまり興味がないんだからね」


 闇の精霊さんのとっつき難さは折り紙付きですのね……。どうにも反応に困るので、ただただ愛想笑いをする以外に術がない。


 まだまだ聖アイテムの在庫は数多あるが、全て出してしまえばこの部屋が埋まりかねない。


 アズライドはその懸念があり取り出す手を止めた。


「一先ず、これだけお願いしますわ」

「これだけって量じゃないけどやるよ。後どれくらい拡張保存に詰めてるの?」

「この山の3、4倍は……」

「多過ぎでしょ! 1人でそんな持っちゃダメだよ明らかに使えないやつは僕が回収するからね」


 問答無用と言わんばかりな精霊ダコンに対して、アズライドは明確に返す言葉を持てなかった。


「色々とゴタゴタがありましたので、流石に首を縦に振らざるを得ませんわ……」


 自分の失態が脳裏に浮かぶと、やはりそれが正しい事のように思える。ダンジョンで獲得した物や野良精霊から買った物等多岐に渡り、どれも思い出深いから惜しくはあるが。


「これは回収。あっちも回収そっちも回収」


 ダコンは聖アイテムの山を仕分けし始めたが、その殆どを乱暴に真後ろへ投げ捨てる。壊れないが故の扱いだ。


 問題がないと判断した物は少し端に避けるので必ずしも大雑把な訳でないらしい。


「そ、そんなに持って行ってしまうのですわ……?」

「マイナス効果がデカ過ぎるから仕方ないでしょ。もしこんなもの使ってたら人が人でなくなるよ。おかしな事になるよ」

「う……ぐうの音も出ませんわ」


 精霊さんは全てお見通し。そんな神通力めいた人の及ばない力をアズライドは感じた。


「別に捨てたりなんだりする訳じゃないよ。ちゃんと製造元の精霊さんにクーリングオフして作り替えてもらうなり自分で処理するなりって形になるから」

「製作者が分かるのですか?」

「聖アイテムには精霊さんの残り香があるからね。里にいれば楽だけどきっと僕と同じ野良精霊が作った物だから、居場所調べて『運び屋』か何処かにお願いして届けてもらう」


 製作者のサイン、マークのような物ですのね。


 そんなことを考えながら振り分けは忙しく行われていき、とうとう最後の一つとなった七色な柄がある器をも勢いのままに後ろへ。


 あ、お気に入りの聖アイテムでしたのに……。ダコンの判定からすればNOのようだった。


「終わり。ひふみよ……大丈夫そうなのは10個程だね」


 本当に数えるほどしか残っていない。これは強制的な断捨離である。だが、聖大楯マリオンが残ったのは救いだとそこは胸を撫で下ろした。


 ダコンは手……といって良いのか分からないが、黒い粒子をアズライドへと伸ばす。


「それじゃあ手出して。効果伝えるから」

「はいですわ」


 アズライドは二の足を踏む事なくその手を握る。鑑定の終えた聖アイテムの効果を伝える方法としてポピュラーなやり方なのだ。


 直接その者の脳内に送り込んで焼き付ける。それは在りし日の憧憬が如く鮮明に、忘れ難く記憶に結び付く。


 その全てが定着すると手は離された。アズライドは難しい顔をしつつ生き残って聖アイテムの一つに目を落とした。


 聖ハンカチ、ビダジュ。体に付着する汚れを一掃し、ハンカチ自体が汚れる事はないという聖アイテムだ。


 しかしマイナス効果として鼻を噛んだとき、その噛んだ者に効くアレルギー物質を放射するという恐ろしい反作用を持っていた。


 この効果に関してはやはりアズライドは知らなかった。懇意にしていた鑑定所では上記の汚れを一掃するという部分しか教えてもらっていない。


「なんとも……厄介な効果だらけの聖アイテムでしたのね……」


 ビダジュに限らず他の聖アイテムも同じようにマイナス効果の主張は強い。マリオンもまさかと思う効果を宿していた。


「頑張ってはいるんだけどね皆。でも癖の強い精霊さんは癖の強い聖アイテムしか作れないから」


 ダコンは「やれやれだよ」と言い残し鑑定の終えたそれを、拡張保存の効果が付いているであろう大きめなバッグに一つ一つ仕舞う。


 アズライドも持ち帰れる物は同じく仕舞った。そして席を立つ。


「お代はいかほどになりますか?」

「回収した聖アイテムとの交換って事でいいよ。お金は要らない」

「助かりますわ」

「別に君のためじゃないんだけどね。この聖アイテムを作った精霊さんから迷惑料を頂くってだけだから勘違いしないでね?」

「あ、あはは。それは失礼致しました……」


 中々の量なので片付けるだけでも時間が掛かっている。手持ち無沙汰にアズライドはこの部屋を見回した。


 するとその中の一つが気になった。


「……この画材も聖アイテムなのですわ?」


 木製のスタンドに立て掛けられた広い用紙。その側には筆が4種と絵の具が3つ、パレットが置かれていた。


「欲しがりだねアンタも。僕の作った聖画材エンピ。全部で1セットだよ。いつでも何処でも絵が描けるし飛び出すんだ」

「飛び出す?」

「少しの時間ね。虎とか熊とか描いちゃうと普通に襲われたりするから危なくて市場に流してないんだよね。要るなら上げるけど命の保証はしないよ」

「頂きますわ!!」

「うるさっ」


 丁度絵を描く為の道具が欲しかったのですわ〜。私やはり上り調子ですことよ!。


 アズライドは喜び、不躾にも画材を手に取るのだった。

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