第40話 精霊さんの鑑定所
* * * *
影が落ちて薄暗い路地裏をアズライドは歩いていた。狭さも勿論あるのだが、主としては家屋の高さが原因で陽の光を遮っている。
通れるのはせいぜい2人くらいなものだろう。地面も表の通りのようにタイルで施工されておらず、水気の抜けたサラサラとした砂が固まって道が出来ている。
何かしらの仕事を背負い足を踏み入れるには些か不便な場所だ。人通りは少なからずあるものの、その顔ぶれはこの辺りに住まう人々のそれである。
アズライドは足取り緩やかに裏通りを進んで行くと、ある所から少しだけ道幅が広がった。先程とは違って子供が遊んだり、年端の行った女性達が隅で固まって談笑している。
「えーっと……確かこの辺り、ですわよね?」
手元の紙片を見ながらポツリと呟く。そしてキョロキョロと辺りに目を配り始めた。
紙片には住所が書かれている。この場に存在する筈の精霊が営む鑑定所を記した。
精霊は基本的にはある特定の居住地に住まうものの、共同体に馴染めない者や1人でやっていきたい者。人に興味があって出ていく者など、個人の考えの下で人里に降りて来る事がある。
精霊も人と同じく多種多様な考えを持っている。なので聖アイテムを配置したダンジョンの生成を目的とする精霊もいれば、人の居住地に身を移し聖アイテムに関わる職種に就く精霊もいる。
元々得意である聖アイテムの創造は勿論の事、鑑定屋、修理屋等、彼らの気の赴くままに好きな事をやっている。野良精霊とはそれらを総称する言葉なのだ。
アズライドが今回鑑定所を目指すのは自身の持つ聖アイテムコレクションに対する認識の甘さを改善したいが為の事だった。
勇者原人バンガスを作り上げてしまったマイナス効果の羅列。今まで懇意にしてきた精霊だと問題があると分かったので、ビグレンに教えてもらった腕利きの鑑定精霊を訪ねると足を運んだ。
簡素に精霊の鑑定所と立て札の付いた、小さな一軒家をアズライドは見つけた。ビグレンからは「周りと比べて古ボケてるからすぐ分かるわよん」と伝えられている。
「少々、歴史を感じる建物の外観ですわね」
言葉と住所で考えてみれば確かに此処で合っている。昔のアズライドならば躊躇する埃臭さだが、バンガスと自然の中で暮らし始めた経験からすれば気に留める事ですらなかった。
私も多少は成長していますわ。アズライドは少し嬉しくなった。
元の木の色すら抜け落ちたような黒い玄関扉が目を引く。その隣に垂れ下がる、色彩豊かにヒラヒラとした、糸の束が伸びる真鍮製かと思しき鈴に手を掛けた。
「正直にさ、汚れたオンボロチンケハウスとでも呼べばいいんじゃない?」
「え?」
鳴らそうかとその時に、玄関奥からくぐもった声色が届いた。
子供のような無邪気な声色だったがその内容は逆に嫌味を感じるものだ。
鍵が空いてゆっくりと扉は開く。アズライドは近付き過ぎていたので一歩後ろに下がる。
現れたのは黒く吸い込まれるが如く、アズライドの目線の高さで浮かぶエネルギーの集合だった。
光の一切を受け入れない小さな粒が寄り集まって玉のように形成され、心臓の鼓動を思わせるように膨れたり縮まったりしている。
「見ない顔だけどご新規さん? 僕さ一見さんお断りでやってるんだよね。これでも老舗の店主精霊さんなんだけど」
人から人へ伝わる言葉の波長と同じ。しかしその姿は正しく人外である。生きているとなると首を傾げる。
アズライド含むこの世界で過ごす者にとっては慣れた姿だ。特段驚かないものの言葉の強さには若干押される。
「私、ビグレンボルド様のご紹介で参りましたの」
「……ビッちゃんの? 嘘じゃないよね?」
「一応紹介状も頂いて来ましたわ。どうぞご確認下さいませ」
アズライドはそう言って拡張保存の聖アイテムの中からこれまた一枚の紙を取り出した。そこには分かりやすく「ビッちゃんよ」と達筆で書かれていた。
精霊の黒い粒子が紙に向かい、アズライドは手を離すとその紙がまるで受け取られたかのように宙へ浮いた。
「ふむふむ確かに。本当らしいのなら無下にも出来ないね。それなら入りなよ、見てあげるからさ」
宙に浮かぶ紙は綺麗に折り畳まれ、アズライドの懐へと戻って行った。
促されるままに入った精霊の棲家は色々な小物でごった返している。武器や小物に生活雑貨、汚部屋の如く敷き詰められているが、家主だけは分かるであろう規則性というものは感じられる。
シートの貼られた高級感溢れる椅子が幾つも置かれている。これは聖アイテムなのかそれとも普通の椅子なのかアズライドには判別がつかなかった。
「テキトーに座ってよ。僕は座ると見下されてるみたいでムカつくから座らないけどね」
「私はそんな事……」
「君、冒険者だろ? 僕を訪ねてくるって事は絶対にそうだろう。冒険者は自由が大好きで、脳が無いんで揚げ足を取るのが得意なのさ。ただ見るために頭を下げてるってだけで自分が上、優位な生き物だと勘違いする毛のない者。僕達の作ったアイテムがなきゃまともに暮らせもしないのにさ。馬鹿だよね〜」
早口で捲し立てた。
や、闇の精霊さんは特別難しい方が多いと聞きましたが、これは中々ですわね。
アズライドはそう思いながら愛想笑いを浮かべた。
「そんで何を見てもらいたいの? 僕今聖アイテム作ってる所だから忙しいよ」
「結構量があるのですわ。今まで贔屓にしていた鑑定屋さんの言葉とは違うマイナス効果が見られまして……」
「なるほど、まぁ精霊さんもピンキリだからね。仲間の失態なら僕もそれなりにやる気出しちゃおうかな」
アズライドは拡張保存のバッグを漁り始めた。ひとつ、ふたつ、みっつ……。それだけに止まらない聖アイテムが積み重なって山が出来ていく。
これもそうですし、あれもそうですわね。あっ聖大楯マリオンも出さなきゃ……。
どれだけ出て来るのか、まだまだアズライドの持ち得る聖アイテムの底は尽きない。
「僕にも限度はあるからね? 精霊さんなら無茶をお願いしても良いって思ってるのなら大間違いだよ」
「あ、あはは……申し訳ありませんわ」
まだまだあるのですわ。そう思いながら今出したこの量だけでもと、結構積み上がる聖アイテムの塊を見て恥ずかしさを感じた。
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