第43話 ヘルプウィー
現状一番早くこの国の外へ出たいと思うのならば東側の国境に向かって行くのが無難である。
距離が短くもあり、更に大きいのは平地が続いているという点か。森の中であっても起伏は少なく比較的歩きやすいし速度の維持も容易だ。
アズライドもダンジョンを攻略する冒険者として様々な土地に向かった。その過程で国境を越える事も多く多少の地理は頭に入っている。
「そうだ、お師匠様」
アズライドは鑑定所で手に入れた画材の事を話したく言葉を放った。
「あんだよ」
バンガスの返事は素っ気ないが、こんなものだろう。
「私鑑定所に行きましたでしょう? その時に絵を描く為の画材を手に入れましたの」
「良かったじゃねーか。大自然の中にゃ見晴らしのいい景色なんざ腐るほどある。題材には困らねーな」
「描いて描いて描きまくります事よー!」
「気合い入ってんな」
久々に腕が鳴りますわと、アズライドはまだ見ぬ景色へと思いを馳せる。筆を持つ手を幻視させ軽く宙に奮い小さく笑う。
「泥棒!! 誰かー捕まえてー!」
そんな最中に唐突と、街中に響き渡る女性の声色が。
アズライドとバンガスは声の主の方へ目を向ける。今し方通って来た後ろの道から2人の男が忙しく走って来ていた。
バンガスほどではないにしろ薄汚れた格好だ。脇に押さえ付けるように、何かが詰まった袋を抱えていた。
「盗みか」
バンガスは感情伴わずボソっと口にして、その体を2人の走り去るであろう道筋に置く。
「退け浮浪者! 邪魔なん……ゴハッッッ!!」
「慈善活動、慈善活動」
バンガスは簡単に男の腕を取って、まるで人形を振り回すが如く軽く持ち上げ地面へと叩き付けた。
後ろから来ていたもう1人の袋を抱える男は足を止め、懐から冷たく輝くナイフを一本取り出した。
妨害に遭う事は彼らにとっても予想の範疇なのか、その表情に怯えや焦りといった負の感情はなく。
「…………」
ただ無言に、必ず刺し貫くと、そんな力が籠っていた。
「捨てて逃げんなら深追いはしないぜ」
「舐めんじゃねーよ」
言葉の少ない会話が終わり、強盗の持つナイフが一層際立つ。
振り上げて投げるような動作をすると、そのナイフの輝きが散って複数の刃を模したエネルギーを形成しバンガスという1人に向かう。
即座にバンガスはレザーコートから棍棒を取り出しその全てを叩き落とす。
ナイフの二度目の発射の構えを取った強盗に駆け寄る。するとブレイブアートの使用を中断した強盗のナイフがバンガスの腹へと目掛け突き出される。
横に薙いだバンガスの棍棒がナイフを砕く。そして続き様に脳天を打ち込んで泡を吹く強盗は沈むのだった。
「完了っと……」
そう言った直後に物を盗まれたであろう割烹着姿の女性が駆け寄った。
「ありがとうございました! 誰とも知れぬのに助けて頂けるなんて……!」
「気にすんな。お礼も要らねぇ依頼じゃないしな。もう盗まれないよう気を付けろよ」
「はい!」
頭を何度も下げる女性を尻目にバンガスは戻って来た。「行こうぜ」との一言でまた歩き出す。
流石にお強いですわ。お茶の子さいさいって感じですことよ。Sランクまで辿り着くと皆様こんな風にあしらえるのでしょうか。
アズライドはそう思いながら、他にいる9人の個人ランクSの偉人の力量を想像した。
「街中でも平然と盗みがされんだな。此処って案外治安悪いのか?」
「いえ……表立ってこういった犯罪が起きるのはかなり珍しいですわ。そこそこ長く住んでいましたけれど、出会したのは両手の指で足りるくらいですのよ」
「結構レアって事か」
「もしかしたら蝗害の騒動にあやかって悪い事をしようと考える方達が出て来ているのかもしれませんわね。王国兵士も支援のためにかなりの人数が遠征へ向かったとそんな話がありましたし」
鑑定所へと赴く最中にそんな話がされていたのを聞いた。裏稼業を営む者達にとっては恰好のチャンスが重なる事態。
特に有名な王国兵士団『煤ける銀』に所属する唯一のSランク。彼もそれに同行してしまったのは大きい。この街の抑止力と言っても差し支えがないのだから。
昨日の今日でこうなるとは……流石に不安定なものなのですね。
アズライドは悲しげにそう思った。
歩いていると今度は男の子が何やら焦りつつ植木の隙間やら家屋の間やらを必死に探す姿が目に止まった。
「ムーちゃーん! ムーちゃん何処行ったのー? ムーちゃーん」
「……迷子にでもなったのか?」
バンガスは難しい顔をしつつ声を掛けた。唐突に話しかけられた男の子は驚いた様子を見せる。
「え、あ、はい……飼い猫のムギパンちゃんが居なくなってしまって……」
「美味しそうな名前ですわね」
「パン焼いてたら誘われて入って来たのでムギパンちゃんなんです」
「なるほどですわ」
どんな猫ちゃんなんでしょうか。アズライドはムギパンという言葉のみでその姿を想像した。名前の由来というだけで恐らく色味は関係ないだろう。
「闇雲に探したって見つからねぇだろ。大抵は同じ猫の集まる場所に居たりするんだよな」
「ニャンコギルドですわ?」
「……そう言われると、探したくなくなるぜ」
アズライドとバンガスは1人の男の子を連れ捜索を開始した。近くの怪しい箇所に目を光らせつつ、偶然にも見つけた黒猫の後を追いながら探し続ける。
バンガスの読みは見事に当たっていた。黒猫が案内した小さな空き地には猫のギルドが出来上がっていて、その中の1匹が正に目的であると男の子が駆け出したのだ。
「ムーちゃん!」
「マオ」
でっぷりと太った錆色の猫だった。やる気がないのか目は半開きである。
「渋い声してんな……まぁ見つかったのなら良かったぜ。じゃあな」
「ありがとー!」
男の子のお礼の言葉を受けながらまた歩き出した。
「結構時間食っちまったな」
「そうですわね……」
中々困っている方が多いようですわ。
アズライドはそう思っていると、今度は道先の扉が吹き飛びながら2人の男女が現れ、取っ組み合いの喧嘩をその場で披露し始めた。
「ふざけんじゃねーよ!!」
「なんだテメェこのクソがッ!!」
2人とも顔を不自然に赤くしながら荒々しい。仄かに漂うアルコールの香りから、恐らく酒場が何かで酔った勢いの喧嘩だろうと当たりを付ける。
「やっぱり治安悪いだろこの街」
「ギャオオオオオオン!! もっと平和な街なのですわああぁぁぁ!!」
今日はたまたまなのですわ! そんなに酷い街じゃないのですわ!。
アズライドは怒りを募らせながら不満を思うのだった。
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