第44話 隠密とアレコレ

* * * *




 街灯が行き交う人々を明るく照らす景色を暗闇から見下ろす者がいる。家屋の高い屋根に身を伏せ、ただ息を潜め、眼鏡を用いて一点を見つめ続けた。


 一色の黒い服装に顔も瞳の部分だけを出した格好。何者に気取られず、その先に起きるゴタゴタをひっそりと瞳に映す。

 

「——どうだ? Bの現状は」


 その声と共に何処からともなく現れたもう1人が隣に着く。片膝を付いて、視線は同じように下へ向き隣の者には注がれない。


「今の所順調に進められていますよ。……それにしても王妃様の考えた策は素晴らしいですね」

「そうだな。上手い事考えつくものだ。まさかわざと困り果てた者達を作り上げ、Bの周りで足止めさせるなんてやり方を思い付くなんてな」

「王国兵士団『煤ける錫』隠密部隊全人。総勢32名がBの周りに付いている。そうそうこの布陣は突破出来ません」


 2人の男はそう語り合う。現在オーボールの指示の下で動く彼等は、その作戦を行うにあたり王妃の助力を多大に得ていた。


 真正面から戦えないだけでやりようは幾らでもある。そんな言葉から始まり、裏方からバンガス一行の足止めをせんと動いていた。


 街の治安を犠牲にしてもと巡回の兵士を撤退させた。この隠密部隊の認識外でも何かしらのトラブルが起きてくれた方がプラスに働くからだ。


 この時ばかりは裏ギルドの犯罪者にも手を借りたいと、そんな下衆の思惑が回る状況である。弱みを握らせる事になるので直接的に交渉などは出来っこないが。


「意図しなければ続け様に困る者など現れないからな。気付かれたら大変だが被害者は確かに被害者。Bには分からん」


 困っている者は本当に困っている。どれだけバンガスが怪しもうとその前提は絶対に覆らない。


 ならばSランクの冒険者として動く他はない。なんとも意地の悪く、人の弱みにつけ込む考えである。


 眼鏡を覗く男は目を外し、その視線をもう1人へ向けた。


「王国兵士としては色々複雑ですがね。一応守る立場なので。……それに最初に盗んだ2人は仲間じゃないですか。あそこで伸されて蹴り飛ばされている姿は中々目に耐えません」

「コラテラルダメージというやつだ。Bのもたらすものを考えたらこれくらい安い安い」


 会話が途切れるとまた1人、黒づくめの服装をした者が隣に着いた。その背丈や体の作りから女性であると一目で分かる。


「戻りました」

「上手くやったな」

「簡単でした。酔ったフリをして男の頬に口付けをすれば、その隣の女は膨れて直ぐ言い合いましたから」


 女は無機質に感情を度外視するかの如く、氷に触れたように冷たい言葉を放った。


「取っ組み合うまで追い込めたのは流石だよ」

「いえ……あれは私の手柄というよりあの男女の気質というか……」

「そこはいいでしょう。次はベニックが用意出来ているそうです」


 耳元に手を当てた男の1人がそう言った。


「タイミングに気を付けろよ。他の者に解決されたんでは敵わないからな」


 あくまでバンガスの迷惑になるように努めなければまるで意味を為さない。その点だけは特に留意する必要はあった。


 黒衣の女は何やら口元に手を当て考える素振りをする。


「……一つだけ気になるのですが、Bの隣に居るあの女は何者でしょうか?」

「そこに関して裏は取れている。『紅林檎』に所属していた冒険者で現在はBに付いて回っているようだ」

、という事は脱退を?」

「かなり難しい人物のようでな。持て余した挙句に追い出したそうだよ」

「自己中心的な考えが多い冒険者でも扱いに難儀していた人物。要警戒ですね」


 バンガスのみならず、彼等の注意はアズライドに対しても例外ではない。


 大自然の中で生きていたバンガスの隣に唐突に現れた者となればどんな人物で、何の思想を持ち、いかような手を持って付き従うのに足るポジションを得たのか。それは確かに警戒に値するのである。


 どのギルドの勧誘であっても退けて来た彼が、事ここに至って女を侍らせる意図は何か。その謎は大いに広がって行く事だろう。


 そんな彼等隠密部隊の暗躍があるものの、この3人に於いては遠くの物見台から、その陰に紛れて更に覗き見る者達がいた。


 かなり広い家屋の上空に位置する小さな塔に寝そべって、緑一色の女の子と同じく緑の男。衣装は同じだが銀灰の長髪が目立つ女性も居る。


 それぞれに双眼鏡が持たれその先の話し合っていた隠密3人を映し、女の子はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべて男は真っ青な顔をしていた。


「みーちゃった、みーちゃった。マッチポップちゃんがみーちゃった♪」

「ついでにぼーくもみーちゃった♪ きぼぢわるい……」

「……面倒な事になりそうだ」

「フェンルルちゃんもみー……おぶ」


 緑の男は銀灰の女に乗り掛かられる。潰れた蛇のような声を漏らしたが内容物を吐かずに甘んじて受け入れている。


「ちゃった♪」


 そして緑の女の子は続けるように楽しげな言葉を漏らしたのだった。

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