第45話 夜明けと空腹
* * * *
小鳥の囀りと共に羽音が天高く登る。黒い空は朝焼けに照らされて青味を浴び、その大通りですらも静まり返り肌寒さもある。
歩くのはバンガスとアズライドである。肩を落とし表情を疲れさせながら未だ、街を後にせんと歩みをひたすらに進ませる。
様々な問題が2人に降りかかったのである。酒場の
バンガスは眠気と疲れに回らない頭ながら、こうまで問題が頻出する環境に悩ませた。
「ど、どうなってんだ……いつまで経っても俺達、街を出らんねぇじゃねーかよ」
「おかしいですわ。おかしいですわ! こんなにお困りな方で溢れ返るなんてやっぱりおかしいですわ!!」
アズライドは騒ぎ立てるも、この街の通常をバンガスは知らないので何も言えない。
「この国の兵士達は一体何やってんだよ……。働けよ仕事しろよ……」
「ギャオオオン!! 職務怠慢なのですわああぁぁぁ!!」
なので不満の向かう先は治安維持を営む国の兵士達である。最もな意見であると言わざるを得ない。
ふと外に置かれた長いベンチを見つけた。白に塗装されていたのだろうがかなり風化して若干木も腐っている。
大自然を生きる2人は別に気にしない。少し休めると、その椅子に腰を掛けた。
バンガスは天を仰ぎ見て、そしてレザーコートからマスクを取り出した。
「……流石に朝っぱらから顔は晒せねぇよな」
「はぁぁ。ビッちゃん神父様から頂いたそれを使うのですわぁぁ!?」
「落ち着けよ。……見る奴が見ればバレちまうしな。捻り潰しゃいいだけなんだけど、折角だ有り難く使わせてもらおう」
帰り際にビグレンから受け取った簡素なマスク。何故か少しだけ柑橘系の香水をそこから感じ、僅かな躊躇がありつつも思い切って顔に被る。
見た目は銀行強盗前のギャングの1人。そんな不審者然としていた。
「強盗さんなのですわああああぁぁぁぁ!!」
「……フィット感があって割と好きだなこれ」
猫が狭い場所を好む様な。それに近いある種の安心感、心地良さをマスクから感じた。肌触りも悪くない。
「逆に目立つ気が致しますことよ」
「あまりにも、って所なら外すかな。それまでは暫くこれで行く」
「頑固なお師匠様ですわ」
使えるもんは使っておきてぇだろ。心の中でそう思うバンガスである。
少し落ち着くと急に腹が鳴った。夜通し動きっぱなしであったので、体がエネルギーを欲しているのだろう。
アズライドも同じく。バンガスと違い恥ずかしいのか顔を赤くした。
「直ぐに食えるもんはもう食っちまったからなぁ。道端で火を起こすって訳にもいかねーよな」
「お腹空きましたわ……。もしよろしければ、お店に入りませんこと?」
「こんな時間にやってんの?」
「お菓子屋さんですわ」
「……菓子?」
菓子、菓子……菓子屋? こんな早朝にか?。
バンガスはその言葉が無性に頭を悩ませた。朝からやってる菓子屋ってなんだよと、そもそも俺は場違いなんじゃないかと。
ただそれでも腹は減る。芋を生のまま丸齧りするかどうか一瞬考えたが、そこまで切羽詰まっている訳でもない。
「あーたらーしい! 朝が来た! マッチポップちゃんのあーさがぁぁぁぁ!! おはよう早すぎコケコッコーホゲッ。大抵元気で美人な女子、そう! 私です」
考えの最中にマッチポップが背後から現れる。年中無休のハツラツを備えた彼女は2人の前に立った。
「マッチポップちゃんはどんなお菓子が好きですか?」
「ミルク飴」
「美味しいですわよね。私も好きですわ」
……仕方ない行くか。そうバンガスとアズライドの両名は立ち上がり、アズライドの案内を受けてその菓子屋を目指す。
色々と脱線しちまったな。本当なら今頃は隣の国の大自然でいつも通り気ままに動いていたんだろうな。
草木の生い茂る森、人の手の入らない山々。恋しいぜ……。
考えても仕方ないのだがどうしても心には思う。アズライドが気にするので口にはしないが。
マイホームブルーといった状態か。帰りたいと募る欲求は増すばかりである。
「俺、菓子食った事ねぇんだよな」
「おやおや珍しい。まさか……ちょっと怖気付いたりしてます?」
「食い物に怖気付くってなんだよ」
「野良犬にご飯上げても食べないときあるじゃないですか」
「定期的に喧嘩売るよなお前」
ムカつくが気晴らしにはなる。感謝するのは癪だからしないバンガスである。
「定期、天気、的適敵〜といえば!! バンガスさん、アズちゃん。2人とも嵌められておりますが」
「何の話だ?」
「うぷぷぷ。どうしよっかな〜教えてあげちゃおっかな〜」
相変わらず面倒臭い。ひたすらにウザイ。マッチポップの存在理由がそこにある。
バンガスはマスクの奥で表情を萎めた。
「うぜぇからいいよ……」
「もっとノッて下さいよ! マッチポップちゃんの対抗心はまだまだフルスロットル! バイクに跨り深夜に暴走! もっともっと甘えたいんです!」
「疲れてんだよ」
「そんな冷め切った熟年夫婦みたいな事言わないで下さい。頭刈り上げますよバリバリ」
「……お前ぇの中で俺の扱いは犬に固定なのか? なぁ」
こちとら一応人間だぞ。……一応じゃねーだろ俺。
セルフ突っ込みが冴え渡るお疲れのバンガスだった。
「あ、見えてきましたわ。あれがお菓子屋さんです」
アズライドがそう言葉にする。案外近い距離にあったんだなとその先に目を向けると、白い木造の家が一つポツンと存在していた。
右側には小さな空き地が出来ており、左側には家庭菜園を営んでいるのか小さな農地が起きている。
イラ=エ王国の中心街からは離れた位置で、この辺りは割とまばらに家や施設が点在している。そんな場所で何故だか目を引く存在感があった。
妙なもんだぜ。
バンガスはポツリとそう思うのだった。
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