第51話 アズライドVS透ける女
* * * *
戦いですわ戦いですわ戦いですわぁぁぁ!! ズタズタのケチョンケチョンにして差し上げます!!。
アズライドのやる気はゲージの頂点を迎えていた。その迸る熱量そのままに、盾を構えた猪突猛進がバンガスから与えられた敵に向かう。
醜態を晒して迷惑をかけてしまった意識は未だにある。この戦いの一助となり自分も役に立つのだとバンガスに知らしめたい。
その想いが盾を握る手に現れている。鬱血するアズライドの両手は赤く輝くのだ。
「ギャオオオン!! 覚悟ぉぉぉ!!」
目の前の女は喋りもせず動かない。怪しさはあれどアズライドの突貫は止まりようがない。
一撃必殺ですわ! と衝突の間際、その女の体はまるで質量を持たないかのようにすり抜け、アズライドは抱えていた力の行き先を失う。
「はえ!? なんですの!?」
振り返ると女の背中はある。ならばと盾を掲げて潰すかの如く振り下ろすが、やはりすり抜け地面を穿った。
奇妙なのは居る筈なのにそこに居ない。盾の物質と女の姿が重なる。ホログラフィック、残像の類にも似た無質量の映像が映し出されているのだ。
アズライドはそれに気付かない。ただ闇雲に盾を振り回すが当たらず、そして唐突に女の姿は消え勢いよく地面に転がった。
「なんなんですわぁぁぁ!!」
怒りのまま立ち上がる。するとアズライドの景色は驚愕にも、ナイフを構え何十人と増えた女の姿を捉えた。
ブレイブアートですわ! 恐らくナイフか何かの!。
攻撃を透過する残像を作り上げる効果。血の上った頭でもそこまでは推理する事が出来た。
「……私も出来ればSランクと戦いたかった。まさか侍らせている女にターゲットにされるとはな。ただのカキタレに」
複数人が同時に喋る。その声の元は一つなのだが多重になっている。
アズライドは女の言葉に顔を赤くしたが既に赤いのでそんなに変わらない。
「私とお師匠様はそんな関係じゃありませんわ! 清く正しい師弟の間柄なのですわ! 邪推をしないで下さいまし!!」
「お前達の関係なんてどうでも良い。さっさと片付けて私も向こうに混ざるだけだ」
少し隣でもバンガスと残り2人との戦闘が始まっていた。ブレイブアートの魔の手が迫っているものの慣れ親しんだ様子に対処している。
任せてくださったのですから。私もこの程度でへこたれていられませんわ。
アズライドは立ち上がり、無造作に周りの敵へと盾を振るう。考え無しでの行動は無意味に透過する。その姿はまるで道化師のように滑稽だった。
「どっせいギャオオオン!!」
子供の駄々のように振り回しながら動き回るアズライド。隠密の女は呆れた様子を見せた。
「わざわざ分かれて戦う事を選ぶなんてな。少ないのなら固まるのがセオリーだろうに。集団戦の経験は少ないと見える、お前もあのSランクも」
「お口より手を動かしたらどうですわ!? 男も女も背中で語るのが粋というもの! ですわ!」
尚もアズライドは駆け巡る。埒が開かないと思っていても現状相手の聖アイテムの効果は分からないので突破口が開けない。
攻撃の一つもしてこないのはなんなのですわ!? そう思いながら隠密女の発言の一部が気になっていた。
「それに貴女さっきからSランクSランク煩いんですわよ!! お師匠様にはバンガスという立派なお名前がありますわ!!」
Sランクという記号。相手を
バンガス程の人物であればギルドに所属しても大自然での行動は許される。居るだけで有益なのだから他の事はそうそう求められないし、条件として盛り込んでも良い。そもそもが自由を阻害されない立場にいるのだ。
なのに非正規冒険者という動き辛い立場に、意固地になるように固執している。バンガス自体の思想もあるだろうが、その大元はこうやって中身を見ようとしない周りの行いに原因があるのではないか。
挙句に周りの被害などお構いなしに自分をとっ捕まえようと躍起になる。英雄的な資質を抱えていればいるほど、この人間の浅ましさを目の当たりにする事になる。
私でもギルドに所属致しませんわ! アズライドはそう考えた。
「お前も口が動いている」
「私は!! 手も! 口も! 足だって動かすから良いんですわああああああぁぁぁぁ!!! 怒髪天パワァァァァァ!!」
落ちていた動きにキレが生まれる。相手の女が攻撃に移れずただくっちゃっべっているのも、この無軌道で予測のし辛いアズライドの動きにあるのかもしれない。
バンガスとの暮らしがやはり、アズライドの体力増加に一役買っている。前の自分ならバテ始めていたとアズライドは思う。
「……やり難い熱さだ」
隠密の女は感情の籠らない言葉でそう言った。
そして、ただ立っている幻影の動きが変わった。
一様にナイフを投擲せんとすると構えを作り、アズライドはその異変と、次いだ風を切る異音に盾の内へ体を隠した。
「……ッッ! グフッ!」
ナイフは力無くマリオンに弾かれたが、アズライドの止まった体を待ってましたと言わんばかりに、隠密の女の拳が何処からともなく脇腹へと突き刺さる。
力のある者に思いっきり殴られる感覚。筋力的に劣る女でさえ、鍛錬された肉体から繰り出される威力はバカに出来ない。
アズライドは転がって腹に響く鈍痛に息が止まった。瞳孔が開いて、全身を寒気と冷や汗が襲った。
「そんなチャラチャラした服を着てる程度の女に私は倒せない。ギルドを追い出され男に逃げ込んだ程度の女にはな。……これならナイフすら要らない」
二つあった内の一つは投擲に使われ、もう一方は必要ないと懐に仕舞う。
聖アイテムはナイフではない……でしたらあの足甲ですわね……。
ボヤける視界と見つけた敵先に、アズライドは痛みを押して立ち上がり、変わらぬ速度で駆け出した。
「どうして……私を、知っていらっしゃいますの!!」
その疑問を口にして、隠密の女が立つ場所を透過する。
「バンガスの素性は調べ尽くしているに決まっている。それなら横にいるお前だって例外じゃないって事だ。篭絡も効かないと噂があった男を落としたんだ。警戒されると考えないのか?」
お師匠様だけでなく私まで!? 全く考えもしなかったですわ!!。
じくじくと痛む脇腹に体の動きが制限される。
我慢しているとはいえ、それは顕著に弱点として、周りから見れるものに他ならなかった。
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