第50話 『運び屋』到着
街中をひたすらに走っていると、やはり待ってましたと言わんばかりに問題に突き当たった。
「め、めがね……俺の眼鏡が……」
「8時の方向に転がってるぜ」
目が悪いのか失せた眼鏡を探す男。その通り際にぶっきらぼうな声をかける。
「おうあんちゃん。痛い目に遭いたくなかったら金を……へぶッ!」
「ひ、ひー!!」
「不審者には気を付けな!」
刃物を用いて脅す強盗には頭上に一撃くれて、寧ろバンガスの姿に怯える男を後にする。
「誰か助けてくれー!!」
燃え盛る火の手が家屋を焦がす。それを見たバンガスは道であるかの如く壁を楽々と登り、残された老人の体を掴み上げ地面に降りる。
「お師匠様!」
「バンガスさん! そんな事やり続けたら着きませんよ!」
「黙ってろ」
バンガスのいつにも増して真剣な瞳がマッチポップを貫いた。自分を取り巻く物でこうなっているのなら助けない訳にはいかない。
マッチポップから聞かされた事を考えて、広い視野で見てみれば確かに違和感だらけだ。これは人の手が及んでいないとおかしい。そう思えた。
ならどれだけ用意しようとも間に合わない速度で解決する。相変わらずの力技であるが、後腐れないと思う方法がこれだ。
腐ってもSランクなんだよこちとら。舐めたやり方がムカつくぜ。
被害の一切を考えないやり方にバンガスは無性に腹が立っていた。あまつさえそれが王国兵士の名を掲げているなどあってはならない。
これがオーボールというもう1人のSランクが関与しているのであれば尚の事、その存在意義を疑うのである。
面倒でやりたくないが、同じSランクとして性根を叩き直す必要があるかもしれない。そんな考えがバンガスに生まれていた。
スピード解決を熟しつつ、隠密側の手立てが無くなったのか落ち着いた辺りで、バンガス達は飼育されている馬と荷車のある家屋の前に立つ。
「着きましたが」
「がってなんですわ?」
マッチポップとアズライドと会話を交えて敷地内へと入るが。
「久々に来ても全く変わらないですわね〜」
「お前ぇのギルドでけーな」
「倉庫みたいなもんなので皮だけですよ。でも褒められてうれちーマッチポップちゃん」
家がデケェならまだしも変な塔まで立ってんな。使い道のない金で作りましたって感じがするぜ。
バンガスは天に伸びる物についてそう思った。
一応念の為、俺の意思は変わらねぇと伝えておこう。そうバンガスは口を開く。
「ギルドにゃ入らねーからな?」
「でも入るんですねぇ。入っちゃうんですねぇニヤニヤ。てか敷地内なんで入っちゃってますねぇぇ」
「ウザさ100点」
こんな時にでもなんら変わらない女の子である。
内心知らないギルドへ足を踏み入れるのに難色を示すバンガス。しかし今は飲み込むしかないとぐっと堪えると、背中に感じた人の気配に自然と振り向いた。
「待たれよ」
同時に敷地の外にいる男がそう言った。服装は目立って特筆すべき所はないものの、体幹がやけに整っている。規律正しく、更に1人の男と1人の女が声の主の両隣に着いた。
「また勧誘か?」
「別のギルドに所属されては困りますので」
あくまでギルドの勧誘だと言いたげな言葉。しかしバンガスは彼等が醸し出す違和感に気付いていた。
十中八九そうであると、その第六感的確信が告げている。
「このタイミングで現れたってこたぁ……手前ぇらがごちゃごちゃ嗅ぎ回ってたんだな?」
「何の事やら」
「しらばっくれんじゃねーよ。慌てて出て来たんだろボケが。……動きが整い過ぎなんだよ。その体の使い方は兵士のそれだぜ。積み重ねたもんは隠せねぇんだよ」
慣れた整列の動き、そして寸分違わず揃った体。これはやはり兵士として訓練を受けた者の特徴である。染みついた癖が違和として現れているのだ。
大自然の中で暮らすようになりこういった小さな点に気付きやすくなった。経験から得られる技能に他ならない。
会話をしていた男は暗い目をバンガスに向けた。
「……途中から動きが変わったのを察した。何故分かった? 怪しまれはするだろうが我々まで辿り着けない筈だ。まだな」
「手前ぇらが俺を見ていたように、手前ぇらを見る何者かがいたって事だ」
「そうか、『運び屋』か……厄介に尽きる。こうなってしまったのなら我々の作戦は台無し。完全に失敗だ。オーボール兵士長に顔向けが出来ん」
語り合えた中心の者は体を斜めに作り変え、握った拳を胸前で構えた。何も待たず、生身での戦闘を選ぶように。
連動して左の男はまるで半月の如くそり返った短刀を取り出し、右の女は簡素な2本のナイフと脛に装着している足甲をこれ見よがしに向けた。
「せめて、戦いの中で鬱憤を晴らさせて頂く」
「上等だ。勝てたらいいな?」
こっちだってやり口に苛立ってた所だ。容赦しねぇ……。
バンガスは景気付けに棍棒を振り回した。
「私も戦いますわー!! お師匠様を狙うなんて不届千万! ギャオオオン! 薄まった存在感を払拭致しますことよ!!」
一部始終を見聞きしていたアズライトはバッグの中から使い慣れてる聖大楯マリオンを取り出した。底面が鈍重に地面を打つ。
……他人と一緒に戦うなんざ久々だな。
アズライドと肩を合わせてそう思った。他人じゃなく同じ思想を持つ弟子かと修正して。
「マッチポップちゃんはこのままギルドのお仲間に話を通して来ますので」
「そんなに時間は掛からねーけどな」
影でこそこそやんのは得意と見えても、表で大手を振るうのは不得意だろう。
じゃなきゃ王国兵士という立場に着いておきながら裏でコソコソやる理由にならん。役割がちげーんだから俺にとっちゃ鼻くそから埃へのダウンって感じだ。
バンガスは家屋に入るマッチポップの気配を感じながら悠然と『運び屋』の敷地内から出る。アズライドも同様だ。
「どっからでも掛かって来な。みみっちい味のしねぇ豆粒どもが、臼に掛けてやるよ」
「…………」
隠密の集団はただ無言に、バンガス達の出方を待っているようだった。しゃらくせぇと鼻を鳴らした。
「アズライド! 右の奴ぁくれてやるから、お前ぇもやりたいようにやれや!!」
「分かりましたわ! 腕が鳴ります事よおおぉぉぉ!!」
バンガスとアズライドは左右に分かれて大きく場所を取った。隠密もノリが良くそれに合わせて広がる。
VS王国兵士隠密部隊。今ここに火蓋が切って落とされるのである。
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