第52話 ゴチャゴチャ
攻防が続いた。いや、防の時間の方が長いのかもしれない。隠密女の幻影は間隔を開けてその姿を移し替え、それに翻弄され続ける。
躱そうと試みても嫌らしく、動きに難が生じる原因となった脇腹へ、隠密の女は寸分ずれる事なく同じ位置に攻撃を加えたのだ。
手であり足でありが食い込んで、それは目眩を伴う衝撃と痛み。吐き気も催すまでとなる。
必死なアズライドと打って変わり隠密女は遊んでいるかの如く、あまりにも余裕ある振る舞いだった。
「はぁ……はぁ……」
アズライドの体を支えているのは怒りの感情だ。沸騰するそれが痛みの度合いすら超す。
そんなアズライドに対して、隠密の女は初めて感情らしきものを見せた。それは侮蔑するかのような薄ら笑い。
「覗き魔、厄介者、トラブルメーカー。随分な言われようだ。敗北者を代表するメスの姿。よっぽどの無能でも言われない。なんなら裏ギルドの連中よりも嫌われて居たのだろうなお前」
……本当に話すのがお好きな方ですのね。
アズライドは屈んで耐えながら、その女の性とも言える話の口が耳に入る。
残像の姿がまた移り変わる。咄嗟に後ろへ構えると、見透かしたかの如くまた一撃がやってきた。
「逃げた先はSランクといえどこんな薄汚い男の隣だ。同じ性別として軽蔑する。アズライド・アックルか、プライドも何も無さそうだ」
隠密女の居所が分からない。残像の変化と共に示し合わせた攻撃がやってくる。現状はその流れでしかない。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ……うるっせぇですわ……。無関係な方が一方的に悪く言わないで下さいまし……」
自分の事はまだしも、やはりバンガスに放たれる暴言には噴き上がりそうになった。
「はぁぁぁ……はぁぁぁ……それに、私の過ちは私が責めていますわ。毎日毎日……。貴方にゃ何も、関係ないですわあああああぁぁぁぁぁ!!! 跳躍!!」
アズライドは力を振り絞り立ち、そして地面を大きく蹴り上げた。
考えても考えても分かりませんわ! 分からないものは分からないんですのよ!!。
「飛んで何が出来る!!」
「ギャオオオオオオオオオオオンッ!! あの世でお師匠様に詫びるといいですわ!! 大地鳴動!!」
隠密女の言葉は耳に入れず、アズライドはマリオンを大きく振りかぶって、重力の落下と怒りをプラスした一撃を何もない地面に向けた。
力任せなそれが震動する。大地を手中に引き起こした揺れが伝播する。
「うおっ……」
その揺れに残像1人だけ体をもたつかせた。
見つけましたわ!。
アズライドは全力疾走すると、見つけ出した隠密女は残像を作る事なく、その場を離れるように動き出した。
「割れました!! そのブレイブアートにはリキャストタイムがありますのね!」
逐一私と話していたのはその時間を稼ぐ為! 余裕綽々にナイフを仕舞ったのが運の尽きですわ!。
隠れたらまた同じ事をやりますわ! そう思っていると、周りの残像が途端に姿を消失させる。
隠密女の手にはいつの間にやら赤い手甲が嵌められていた。翻してアズライドへと向かい、盾に目掛けその拳を突き出した。
煙の上がる衝撃と共にアズライドは真後ろへ吹き飛ぶ。使用する聖アイテムを変えた。恐らくこれは直接的な物であると予想する。
「私はこの一つに注いできた! 何年何十年と鍛錬を重ねて! ただの身売り女に負けるか!!」
そして引導を渡さんとする気概のままに隠密女は追撃に来たる。
アズライドは自分の視界が封じられる事お構いなしに盾を真正面に構えた。
今こそ使うべきですわ!。
「聖大楯マリオン! 開いてッ!!」
「ブラフのつもりか!? その効果も我々は知っている!」
その効果は攻撃に由来するものではない。調べているのなら知っている、その隠密女の足は鈍らない事はアズライドにも理解出来る。
「ヘイトリバースですわぁぁぁぁ!!」
ただそれは、聖大楯マリオンの真の効果を知らずにである。極端に赤い毒々しい瘴気がマリオンに付属するクリスタルから射出。辺りを一瞬に染め上げた。
「なにっ!? これは……!」
隠密女は狼狽え退いたが、その速度は姿を掴む。
「闇の精霊さんから教えて頂いた真の効果。真のマリオン。『一理明察』で覗けば覗いただけ私に対するヘイトが向かいます。しかし……このヘイトリバースで一時的に私へと向かっている怒りの感情を貴方が抱えますわ!!」
赤色の瘴気が隠密女の体へと吸い寄せられ、包まれるとその足を付き苦しみ出す。
「がッ……オ、オオオオオオ!!」
声にならない声を上げる。
「私の過誤の総数! それを耐えられますわ!? 身を引き裂きたい程の駆け巡る感情! 溶岩の如く本能に支配される頭に!!」
「バ、売女ァァァァァァァァ!!!」
「そこは私の積み重ねて来たフィールドですわ! 落ちた貴女に勝てる道理はありませんことよ!」
怒りに目を血走らせた隠密女と、それに対するアズライドが互いに削り合う肉弾戦に突入する。
獣の如き格闘の分配はしかし、隠密女の方に上がって行く。アズライドは押され気味だ。
「何が道理だァ! 私の研鑽の歴史は、こんな事で揺るがない!!」
「くッ……あっ……!」
「あははは! 結局防戦一方だ!! 立派なのは言葉だけ、大口だけは人を選ばない! 桃色の女ァ!!」
盾を持ってしても衝撃は内に響く。
「うッ……ギ、ギギ…………」
ぶつかり合う最中に呻く。噴火前を思わせたそれは、ギリギラと怒りの形相として生み出された。
「ギ、ギャオオオオオオオオオオオオオオオン!!!」
魂の一声。感情の発露はアズライドを中心とした熱波を放つ。
「なっ……! 熱ッ」
予想外のそれに隠密女の動きが固まった。アズライドは見逃さない。
「一、撃、必、殺!! ですわああああぁぁぁぁ!!!」
鐘を響かせる轟音が、隠密女との衝突に生じる。
間髪入れずにアズライドはマリオンを掲げた。
「二撃、三撃、四撃……五六七ぁぁぁ!!!」
隠密女の言葉すら掻き消されるマリオンの連打、それはここで決めるここで終わらせる。絶対に二度と立ち上がらせない。そんな決意の下で行われた。
「全力の反抗心で……黄泉の道を開きますわぁぁぁ!! フンギャラバァァァラァァァ!!」
倒れ込んでいる隠密女に対する手は緩まない。アズライドはもしやという事がないように、ここで確かに仕留めると、間違いは犯さない。そんな強気な姿勢が続くのだった。
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