第20話 弟子入りしますわ!
アズライドの表情は未だ曇り、塞ぎ込んだままに見受けられるが、向いている顔は下でなく湖の果てを見るように持ち上がっていた。
「…………」
きっと自分の中の考えを整理しているのだろう。行いへの反省は済ませたと、そんな雰囲気は漂う。
水面が一つ跳ねた。大きめな魚がアクロバティックに宙を舞う。
ま、人間失敗の一つや二つ。それ以上に重ねていくもんで。
バンガスはアズライドのその様子を見て、思う。そして頭を空っぽに肩を軽く掻いた。
「というかバンガスさんって長く喋る事出来るんですね」
「見直したのに喧嘩売ってる?」
「この美貌——プライスレス。レス、レス……」
「お前ぇのスイッチの切り方教えてくれマジで」
「カチッ、カチカチッ。マッチポップちゃんの電源はただいま供給過多な為止まりません。イナヅマの子。ショウラッ!」
うざい事はうざいのだが、バンガスはこの前ほど精神的にストレスを感じる事はなかった。
力や憤りの一切を抜いて湖を眺めているおかげだろうか。焚き火を囲むのとは明確に違う何か。知らず知らずに影響を齎しているのだろう。
マッチポップは飽きたのか水をパチャパチャ両手で叩きながら楽しく遊び始めた。バンガスは呆れ気味に幼児かよと引いた目で彼女を見る。
ただそこには以前とは違い嫌悪感が孕んでいない。
何処か動かずには要られない女マッチポップ。友人に対する愛情100点、されど空気の破壊適正100点。
なんだかんだ内輪の話を横で聞いていたバンガスは、友人の為に怒るマッチポップを少しだけ見直していた。うざいだけの人間だったがそこに優しい奴との記載が加わった。
責任の有無は勿論大事なのだが、それを持論でもって「器が小さい」と断じたマッチポップの中に確固たる意志があるのだと。ただ茶化すだけの女じゃなかった。
「バンガス様!!」
「おわっ!?」
アズライドは覚悟を決めたようにそう叫び、体に闘気を漲らせて立ち上がった。
その行動にバンガスは驚き目を丸くする。
「き、急にびっくりさせんなよ……」
「あ、おそろです♪」
「何が?」
マッチポップは楽しげだった。
「私を……私を、バンガス様の弟子にして頂けませんか!?」
しかし次に放たれたアズライドの衝撃の言葉。バンガス元よりマッチポップも固まる。
「で……」
「弟子ぃぃ!? アズちゃん駄目ですよこんな人にそんな! 女の子1人で危ないですし男の人ですよ!? ギルドも崩壊させましたよ!?」
バンガスの言葉を切って、焦り返るマッチポップの言葉が飛び出した。地雷原を舌を出しながら走り回り起爆するその振る舞いは正しく危うい。
バンガスはカチンと堪忍袋の緒が切れて、マッチポップの後頭部を両手でサンドする。
「…………」
「あだだだだだ!! 暴力反対! いたいけでぷりチーな私の頭が!! 私の美の力があああぁぁぁ!」
スッカスカのパンのようにお前ぇの頭もペシャンコにしてやる。ふっくらもちもち何てもんは空気で誤魔化してるだけだ。
マッチポップが力を失くすと同時に手を離し、グリーンウーマンは横に倒れる。
そして立ち上がりアズライドと顔を突き合わせた。
「なぁアズライド……だっけ? もしその弟子入りってのが逃避から来るんだったら……」
「私はバンガス様の中に自由を見ましたわ」
その言葉にバンガスは心臓が掴まれた気分だった。自由を見た。その感覚は昔ターニングポイントで自分が体験した事だったから。
迷いの中で一匹の魔物に目を惹かれたあの時と——。
輝いてもう迷いはないと言いたげな瞳をアズライドはバンガスに向けている。
「私は、ギルドに所属していた時、正直言って自分が浮いていると分かっていましたわ。なんとなく溶け込めていない疎外感。しかしそれでも仲間だと色々頑張って来たつもりでした」
アズライドは力強く言葉を放つ。
「その全てが間違っていたのなら。きっと私はまた同じ過ちを繰り返してしまうでしょう」
「わ、私が側に居ますよ……いてて」
沈んでいたマッチポップが片手を上げそう言う。
「それじゃ駄目なのマッチポップちゃん。自分の事は自分でどうにかしなくちゃね。……バンガス様の仰る自由を真に理解出来れば、どんな苦境もなんのその。自分という確かなものを持って歩いていけますわ。だから隣でご勇士を拝見させて下さいまし」
アズライドはそう言葉を切って、服の裾を持ち上げると麗しげに首を垂れた。
マッチポップもよろよろと立ち上がり、若干細くなった頭を顎と頭上に手を当て押し込む。何故、それで元に戻るのか——。
「バンガスさん駄目ですよ! 危険ですよこんなの!」
そして懇願するように言った。
バンガスは考える。危険だと言ったマッチポップの言葉は正しくその通りであり納得出来るものだ。この大自然、男である自分1人で生きていくのも簡単とは言えなかった。
全ての責任が己の命への攻撃として返る。大前提としてある以上、何も知らないアズライドを招き入れるのは悲劇を生みかねない。
一匹どっこい気ままに生きたいという自分の感情、そして適性はないから止めろとする心。それに反してアズライドの迷いは無いとする愚直な目に絆される所もあった。
「俺はこの大自然や獣、魔物達に真の自由を垣間見た。だから習うつもりで野生に帰ったんだ」
バンガスも最初は勢い勇んで飛び込み、手探りの中でひたすらと自由を求め進んできた。謂わば大自然そのものが師である。
自由を知りたいとする者に「他人のお守りや嫌だから1人でやれ」と跳ね除ける。自らも弟子とする身でありながらその言葉は大言に過ぎる。
……やっぱよくねぇよなぁ。そう思いつつ罪悪感はあれ、しかし彼女の意思を葬り去る決断はバンガスは取れないのだ。
アズライドの迷いがない顔からすれば断っても1人で大自然に答えを求めに行きかねない。バンガスはそれを確かに知っている。
もし命を落とそうものなら流石のバンガスでも責任の一つでも感じてしまう。それが初めて邂逅する同志の者であれば尚更。
自らの下で見ている方が無難と考えるのも思考の繋がりとしては当然だろう。
「もしアズライドが俺と同じものを見たのだとしたら、それを跳ね除ける資格はねーんだよな……。はぁ、仕方ねぇ。来たいのなら好きにすりゃいい。その代わり自分の面倒は自分で見ろよ」
「は、はい!!」
アズライドは嬉しそうに頬を赤らめた。
それを見たバンガスは険しめな顔が緩み、とても優しく親しみの溢れる微笑みが浮かんだ。
俺も大自然に帰る時はこんな顔をしていたのだろうかと、なんとはなしに昔の自分を思い出したのだ。
「……そんな優しい顔も出来たんですね、バンガスさん」
マッチポップは心底驚いたと、しかし何故かアズライド以上に顔を赤くしてバンガスを見ていた。
ふっと元の表情にバンガスは戻る。
「俺は俺の邪魔をしねぇ奴か出来ねぇ奴には基本優しくしてるつもりだがな」
「私は?」
「今後一切俺の目の前に現れない事が条件」
「伝わらない! そのハートが届かない! っていうかやっぱり駄目です!! アズちゃんとバンガスさん一緒にするの心配!!」
マッチポップはやっぱり認められないのかそう叫ぶ。
バンガスも全くもってお前ぇが正しいよと思いつつ、しかし自由を求めるとしたアズライドへの尊重は優先したい。
「杖あんじゃねーかよ」
「ううぅ……それでもー!!!」
マッチポップは暫く喚き散らし、アズライドは規律正しくバンガスを「お師匠様とお呼びします!」と叫び、2人のゴタゴタを受けるバンガスは、やっぱり断って1人で模索してもらった方が良かったかなと、自分の決断にさっそくの後悔が生まれるのだった。
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