第19話 バンガスのお話


 冷めやらぬ体の熱気と興奮はあれど、その逆に頭は非常に冴えていた。


 一先ず湖に落ちたノートルを回収し陸地へ。湖を泳げば尚体の火照りは治る。


 投げ飛ばし転がっている棍棒も持ち直して、失神している3人を一瞥すると少しだけやりすぎたかと後悔が襲った。


 まぁ、やろうとすんのならやられる。それが大自然の摂理って事で。


 分不相応にも俺をひん捕まえようとしたお前ぇらが悪いんだからな。そう思いながらバンガスは歩き出し、その方向にはアズライドとマッチポップが座っている。


 この2人……いや、マッチポップだけか。俺を狙ってるのは。


 湖に飛び込んだせいで勢いは削がれているが一応やる気はある。しかし2人の周りには重苦しい空気が蔓延っていて、これに割って入るのはいくらバンガスと言えど二の足を踏んだ。


「……大丈夫か?」


 掛けた声は自分でも驚くほどに穏やかだった。マッチポップは振り返るが、明らかに困り果てていますとそんな顔をしていた。


「あ……バンガスさん」


 普段は羽虫の如く鬱陶しいのにしおらしい。バンガスは削がれちまったとため息を吐き、棍棒を仕舞って、桃色のドレスを膨れさせ体育座りをするアズライドと目線を合わせた。


「なぁ嬢ちゃん。こっち見ろ」

「…………」


 虚げな瞳に力は無い。それでもバンガスは何とか言葉を見繕い口を開く。


「別にギルドなんてのは数多ある。一つの所で上手く行かないからってショボくれてどうするよ」

「……私を必要だからって、最初は誘って下さいましたの」


 アズライドはぽつりぽつりと語り出した。


「その期待を裏切ってしまったのは私自身なのですわ。あまつさえ、的外れな怒りすらぶつけてしまうなんて……」

「アズちゃん……」

「マッチポップちゃん。ここに来る前にギルドへ誘って下さいましたわね? そのお話はやはり丁重にお断りさせて頂きますわ」


 アズライドはそのまま自分の太ももに顔を埋める。


「私は恐らく何処へ行っても役立たず。……もういっその事1人になりたいんですの。自由に……日が耽るまで砂浜を見つめたいですわ」

「いいんじゃねーか?」


 バンガスは軽口にそう言う。


「え……?」

「砂浜が見たいなら見に行けばいい。その後反省して1からやり直すのも、1人で極力他人と関わらず暮らしていくのも。それ以外の選択肢だって選んでいい。なんなら人殺しにだってな」

「バンガスさん! CEROが違います!」

「黙ってろグリーン。ここには砂浜は無ぇから取り敢えず雰囲気だけでも感じるか。足りない物は別で補う。それも自由って事で」


 バンガスは立ち上がり「来いよ」とだけ言って湖のほとりに向かって行く。


 マッチポップとアズライドは互いに見合って、ゆっくりと立ち上がりその後を追った。


 緩やかに水面が揺れるその縁にバンガスは腰を下ろして胡座をかく。薄ら見えるその水中には小魚が悠々と泳ぎ回る。


「あの、バンガスさん?」

「なんだよ」

「雨に濡れた子犬の様な臭いがします……」

「今言うんじゃねぇよ!」


 シリアス雰囲気でもマッチポップ空間は有り続けた。バンガスの隣にマッチポップ。マッチポップの隣にアズライド。そんな形で各々も座る。


 浜の様に寄せては返す波が止めどなくやってくる訳でもない。しかし完全に無音と言われたらそうでもなく、微かに水の波音はこの湖からするのだ。


 バンガスは先程この湖に飛び込んで感じた異様な冷たさを思い出した。


 恐らくこの水の元は地下から湧き上がっているのではと考える。川が直接繋がっていないように見えるがそれは下に隠されただけなのだと。


「この湖、何処にも川が通じてないんだよな。俺の見立てだと地下から引いてんじゃねーかってな」

「地下水脈! 三脚! 公爵!」

「思い付いた言葉並べてるだけだろ馬鹿馬鹿しい」

「バカって言った! 私はカバです。パオーン! パカラッパカラッ!! チュンチュンチュチュチュン、ホーホケキョ、ホッ……」

「混ざり過ぎ」


 ちょっと前まで困り果ててた癖に調子乗りやがって。バンガスはそう思いながら熱を吸われた風を体に受ける。


「あの……バンガス様? 一つお伺いしてもよろしいかしら」


 アズライドはそう言ってマッチポップの奥からバンガス側に顔を出した。


「何だよ?」

「バンガス様が仰っていた自由ってなんなのですわ?」


 アズライドの言葉にバンガスは考える。特段難しいものではないのだが、いざ言語化するとなると伝え方というものがネックになる。


「自分の惹かれたありと凡ゆる選択を気の向くまま選び取って行く事。って感じだな今の所は。他人の言葉に振り回されずにな」


 それなりに上手く纏められたんじゃねぇかな。バンガスはそう思った。


「その結果、大自然で野生原人してますからねぇ。ワイルドムキムキおあつらえ向き」

「突っ込まねーぞ。……俺は最初自由とはそれを吹聴する人間達の集まりの中にあるのではと思った、関係性の中に。ギルド所属時代だな。でも、その自由はまやかしに過ぎないと分かったんだよ。上から与えられるルールの中でイキってんのは自由と呼ばねぇだろ?」


 バンガスはその時代の事は忘れた訳ではない。寧ろ昨日の様に脳裏に浮かぶ。


 他人とパーティを組んで行うダンジョンの攻略。時に同業者とのいざこざや裏ギルド面々との接敵。得た聖アイテムに一喜一憂したり、レアな物であればを朝まで酒を飲み交わした騒いだ事もある。これは思い出として確かに残るのだ。


 ただそれは管理する者が上にいたから楽しむ事が出来たのだ。その現実が多大な忌避感をバンガスに生ませたのは変えようがない。


 まるで人参をぶら下げられた馬。それがバンガスには他の全てを捨て去るほどに耐え難く、ギルドの中で培った物を茶番とさせたのだ。


「私はそれなりに自由な認識でいますが」

「お前ぇはある意味特別だよ」


 その特別さ故にある意味俺よりも自由気ままな女。そんな事を思いながら話を続けようと更に口を開く。


「ギルドを抜けた後は旅をしながら酒を飲んで暮らしていた。これも確かに一種の自由なんだが、見えない答えに頭抱えて雁字搦めにされていたからやっぱりちげーんだよな」


 全部を台無しにしてその結果何を指標としたらいいのか、何を得たらその解放へ繋がるのか、一切の糸がバンガスから途切れたのである。


 結局ギルドに所属する前に戻っただけなのだ。自由とは何かのヒントすら得られず、時間と関わってくれた人達を無為にしてしまった。場所は振り出しに戻ったのだ。


 バンガスは湖の遠くを見つめた。何も思う事はないのだが、ちょっぴり寂しさが残る。


「——一匹の魔物だったな。そいつの姿を見ていたらな、もしや今この世界で唯一自由なのは大自然に直結して生きるこいつ等なんじゃと思い至った。それからこうしてウホウホだよ。正直まだ「これだ!」って一つの答えは得られてない」


 バンガスの語り口が終わると、マッチポップは神妙な顔を水面に向ける。


「聞けてよかった……」

「おお……ありがとう?」


 なんだよまともに言葉返せるじゃねーか。バンガスは何か含みを持たせていそうなマッチポップにそう思った。

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