第18話 獣の咆哮


 バンガスと棍棒の相互作用に生まれるブレイドリード『自由闊歩』。


 これは英雄としての地位や聖剣の放棄、自分の積み上げた物を捨て、自由への渇望と新たな道筋を携え棍棒を手にした時に獲得した。


 自身の向かう先に障害となる身体的制限、精神的制限などを取っ払う。また、自由を阻害すると判断した物に対する絶対的な破壊効果を付与する。


 バンガスはこの効果を存分に活用し大自然の中を生き抜いてきた。時に海を渡り海底を歩き、焼け爛れたマグマの地も疫病の蔓延する忌地すら意に介さず。


 自由に非正規冒険者として、たまに人助けをして賃金を得て酒をかっ食らう。そんな風来坊然とした気の向くままに行動したとして、現在に至るまで真の自由という答えは得られていない。


 未だ道半ばなれど、その心に疑う余地は無し。


 グザロは憑き物が落ちるかのようにフッと息を吐くと、その手錠を懐に仕舞い両手を上げる。


「負けた。まさかブレイブアートを破壊する効果を持つブレイドリードとは……。今回は諦めるとしよう」


 バンガスは立ち止まる。おいおいこれからだってーのに……見切んの早すぎだろ。そう肩透かしな気分だった。


 しかし、その隣で苦虫を噛み潰すかの如く苦々しい顔をするエミリーは違った。


 すぐさま自身の丈の3倍はあろうかとする巨大な槍を取り出し、自分の脇に手元を抱え先端を真っ直ぐにバンガスへ向ける。


「まだ行けるわよ! 私の聖槍オスタッカロンがあれば……! 覚悟しなさい不衛生!! 口の中酸っぱいのよ!」

「遠回しに汚ねぇって言ってんじゃねぇよ! 俺を縛り付けるな。これが自然なんだ!! 反してんのは手前ぇの背くらいなもんだろ! てか大人だよな?」

「また馬鹿にしたわね!? お尻から口まで串刺しにしてやるから!」

「そんななまくらが俺のケツに刺さるわきゃねーだろ! 夢見んな!」

「『貫通突破』を舐めないでちょうだい!」


 バンガスとこのエミリー。やはりとして犬猿の仲らしく、口を開けば喧嘩は絶えない。これもまた自由の弊害なのだろうか。


 一触即発の空気の中で2人の戦闘が始まろうとすると、グザロが不意にエミリーの脇を掴んで持ち上げる。


「止めろエミリー。……ベント! ノートル! 撤収だ! 聖アイテムを二つも失ってしまった。これ以上無駄には出来ない!」


 甲斐甲斐しく砕けた盾の破片を集めていた2人は、その言葉に従って肩を落としながら渋々グザロの下まで戻る。


「骨折り損だよ……」

「わ、私の盾が……」


 あまりの出来事に意気消沈。恐らくは思い出深い武器だったのだろう。


「バンガス殿のその強さに敬意を表する。今まで何故数多のギルドから追われ生き延びられたのかその理由が分かった。またいつか会い見えよう。その時は必ず、我等がギルド紅林檎に迎え入れる」

「この……覚えてなさい!」


 捨て台詞を残してこの4人は踵を返す。バンガスは黙って聞いていたのものの、どうしてこの様な流れになったのか分からない。


「おい、ちょちょい。待てよ」

「……何かまだ用事が?」


 少し鬱陶しいとそんな雰囲気を醸し出すグザロにバンガスはカチンと鶏冠とさかに来る。


「いや、お前らから喧嘩売ってきた癖に決着つきましたって空気出してんじゃねーよ。……2度目を許すとしても無傷で帰すわきゃねーだろ。続行だ続行。戦いはまだまだ続くぞ」

「え゛」


 バンガスは手元の棍棒を、円を描く様に振り回す。そして滲み出る確かな威圧が4人に襲い掛かった。


 地走らせる両眼の艶は虎の如く。口からは臓腑の香りを撒き散らし、大自然に君臨する野生の飢えた獣は全身のありと凡ゆる筋肉を膨張させる。


 バンガスもとい自由の申し子は、自身の中で育まれた本能に身を委ねる。そこからの戦闘の一切は正に惨劇という他に無かった。


 聖槍を取り出したままのエミリーが最初に『貫通突破』を用いてバンガスに立ち会った。その効果は槍を構えたその一直線上の物を目にも止まらぬ早さで貫き駆けるというもの。


 これをバンガスは棍棒でもなく、ブレイドリードを用いる訳でもなく、ただただ勘に頼る体の動きで槍先を掴み力でもって抑え込んだ。


 勘とは野生下において考察よりも上位に食い込む技能。槍は垂直に持ち上げられ中心部を棍棒で砕く。落下したエミリーの頭蓋に情け容赦無く棍棒を叩き下ろした。


 3人が武器を引っ張り出すまでの囮。エミリーの役割とは結果的にそうなった。


 ベントは小楯、ノートルはショートソード。そしてグザロは天を裂くほどの大剣を持ち出し向かって来ていた。


 それぞれのブレイブアートが起動する。


 ベントの小楯は『肉体強化』。一時的に使用者の肉体にバフが掛かる。筋肉量の増加だ。


 ノートルのショートソードは『残光発射』。刀身が白く光り輝き、その斬撃は振られる度に光体となり矢のように向かう。


 グザロの大剣は『無重陥没』。大剣の重量を消失させ、攻撃を与えた箇所にその質量と加速の分を纏めて喰らわせるというもの。


 まずノートルの斬撃から生まれる光体が無作為にバンガスを襲った。砂煙を立て念入りに撃ち込まれる中で、2人は左右に分かれ挟み込む。


 バンガスは光体による斬撃をものともせず、土煙の上がる隙間に見えたグザロへ狙い棍棒を投げた。


 バンガスのブレイドリードは既に割れているのでそれを武器で受けるのは悪手。暦年の戦士と見えるグザロはそれを理解している様で避けたが、その隙にバンガスは土煙を抜けノートルへと迫った。


 原人の鋼鉄とも見紛う体はノートルを跳ね飛ばす。宙を舞ったノートルは叫びながら湖に着水。


 1人を始末した所で得物を失っているバンガスに、既に翻していた肉体強化を施しているベントが対した。


 小楯による殴打と肉体の殴り合い。バフを受けたその効果は強力で流石のバンガスも体に痛みを覚える。


 ベントの裏から現れたるグザロはその大質量を高速にて振るい、二体一の攻防が始まった。


 戦いは拮抗していたがややバンガスが不利。グザロの垂直の剣戟を避けると、それは地面を叩きつけられ大穴を作る。


 バンガスの体勢が縺れる。そこを見逃す腹部の中心にベントの小楯が入り込んだ。


 ベントの表情は分かりやすかった。取ったと、確実に決まったとそんな余裕が滲み出る。


 グザロの「油断するな!」との声が飛んだ。めり込んだ小楯は離れず、バンガスの両手に抱えられ、その鬼のような片手が瞬時にベントの頭を掴み取る。


 足を払い重力に従って地面に突き落とされたベントはそのまま力を無くした。人間盾を装備したバンガスはグザロの剣筋に嫌らしくもその盾を置く。


 相手の仲間をそんな使い方にすれば躊躇の一つも生まれる。グザロが横凪に払おうとしたその間に、足の指先を丸め込んで真っ直ぐ顎を穿った。


 グザロは瞳に力を無くしそのまま沈む。掴んだベントを放ってバンガスは両手を開く。


「ウオオオオオオオオオオァァッ!!!」


 バンガスの轟かせる咆哮は、勝利を得た事の興奮と共に、その終わりを告げるゴングにもなるのであった。

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