第17話 ブレイドリード
* * * *
まるでヒルのようにバンガスの頭に張り付くエミリーは、体ごと縦横無尽に振り回されようとその歯と顎を固定したままである。
血管の集まる頭は多少の刺激でもかなりの痛みとなって襲うのだ。
バンガス叫び倒しながらも、グザロがエミリーの足を取り引っ張り始める。
「エミリー! これでは話が出来ないから離れろッ!」
「このドグサレ!! 私をチビって! 許しておけないわ!」
「本当の事だろうが! もう少し育ってから出直せいててててて!!」
暫くの攻防の内、不意に外れるとそのまま後ろに尻餅をついた。あーいてぇ……。バンガスは温かみを帯び若干湿る頭部に嫌な気持ち悪さを感じるが敢えて見ない事にする。
目の前ではグザロに抱えられて尚、歯を叩き鳴らすエミリーの姿がそこにある。
「危うく禿げちまう所だったじゃねぇか」
「どうせ将来禿げるわよ貴方。私の毛髪予想は百発百中だからね」
「そうやって不安を煽って効かねぇアイテムを買わせるのがお前ぇらのやり口だ。知ってんだぞコラ。どれだけ血と涙を流した者がいるか分かるか?」
「毛根は嘘を吐かないのよ。何時だって嘘を吐くのはその心」
「自由な心に毛は追随する。彼らが私を裏切る事などあり得ない」
「自分のギルド捨て去った癖にそれ言う?」
「痛いとこ付くじゃねーか。一片泣かすか?」
「上等よ逃れられない
「コロス」
バンガスは握り締める棍棒を潰しかねないほど手に力を込める。
「まぁまぁ。落ち着いて下さい」
しかし窘めるグザロの振る舞いに正気を取り戻し、怒りに我を忘れかけた自分の不自由さに苛立った。
こんな茶番に振り回されんのはマッチポップ1人で充分だっつーの。これ以上は供給過多。俺1人じゃ抱えきれねーよ。
バンガスはそう思いながら項垂れた。
「はあーあ……何度でも何遍でも口にするが、俺はどんな説得をされたとてギルドにゃ入らない。これは譲歩しない」
そして変わらぬ意志を、寧ろ障害があって増したその考えを口にする。
「はいそうですかと引き下がれる立場でもないのだ。……すまないが手荒な真似をさせて頂く」
「やる気か?」
「バンガス殿は現在武装にブレイブアートを宿した物を使っていないと聞く。それならば幾らでもチャンスはあるというもの」
グザロはエミリーを後ろに置き、ベントとノートルに目配せすると警戒するように彼等は間合いを図り始めた。
「どいつもこいつも…………いい加減焼きでも入れに行くか」
一度〆ないと分からないか。それならとことんやってやるよ。
そう不自由を与えようとする者達への闘争心が沸き立つ。
「棍棒を主武器とするのは既に知り得ている! ベント! ノートル!」
「はいよ!」
「よし!」
名前を呼ばれた2人はそれぞれ懐に腕を入れ、身の丈の半分を埋め尽くす盾を目の前に露わにした。形といえば普通の一つの盾を割ったようにそれぞれが持っていて、どちらも白と赤の2色が入り混じる色彩を放つ。
「盾が二つ……いや一つ? ……ッ!」
バンガスの体を押し固めるかの如く行動に難が生まれた。まるで首から下を砂に埋められたかのように動かない。
「聖盾オッシュ。聖盾アッシェ。何方も『行動阻害』のブレイブアートを持つ。そして……聖手錠ルードルス。これは『命令遵守』という掛けた者の指示を無視出来ない効果がある。一回こっきりだがな」
グザロの手には何処からともなく現れた手錠が掴まれていた。青白く彫刻を彫ったように溝があり、そこは定期的に発光が通過する。
バンガスはそれを見て既視感があった。手段が裏ギルドのシューベルゲンとやらに酷似している。
表でも無理矢理言い聞かせるってやってる事大差ねぇなおい。心の中でそう思ったのだ。
雑魚のやる事は何時だって同じって事か。バンガスは洒落臭ぇと、固まり切った体に思いっきり力を込める。
「な、め、る、な、よおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!! オラァ!」
気合いのまま棍棒を持つ手が動き出し、その棍棒の先がバンガスに触れると拘束が解かれる。
間髪置かずに近いベントへと駆け出しその真ん前に立った。上から覗き込みその圧を受けるベントの表情が逆に固まる。
「ベントだな? お前からだ」
「こ、棍棒で何が出来ると……」
「自由だ」
そう言ってわざと構える盾の中心を棍棒で殴り付ける。勿論その攻撃は衝撃を盾に吸収されダメージは無いのだが、棍棒の接触した部分を起点に亀裂が入り瞬く間に盾は砕け落ちる。
「え、えええええぇぇぇぇぇ!? 何で!? 聖アイテムが……えっ!? 聖アイテムって壊れるの!!?」
「壊れる訳無いじゃない! 精霊の作ったアイテムなのよ!? いや、何で!?」
ベントとノートルはこの現象を目の当たりにし、あまりの不可解さに錯乱しているようだった。
「これは……」
グザロは驚いた様子のまま固唾を飲む。バンガスの狙いはノートルに移り、棍棒はその満ち満ちる腕の筋肉ごと振りかぶられる。
「その盾セットっぽいし、ついでな?」
最大限の投擲と超高速でもって、削られた木武器の質量はノートルへ吸い寄せられる。
彼女の出来る選択は二つだ。盾で受けるかその身で受けるか。回避行動が間に合うほどの時間はない。
何方を選ぶのか?。……ノートルは焦る様子で自分のその盾を犠牲にする。
「ひゃあ! ついでで壊さないでよ!!」
盾は同じように崩れ文句を垂れる。バンガスは勢いよく飛び上がって今し方使用した棍棒を回収した。
「一体、皆目、訳わかめ……」
エミリーは唖然とした様子で小さく喋る。
その前でグザロは顎を隠すように手を当て、悩むような仕草をしていた。
「信じられないが、ブレイドリードだな?」
「鋭いな。さすが年の功って奴か?」
大当たりと言いたげにバンガスは口の両端を持ち上げた。
ブレイブアートが特殊な効果を持つアイテムならば、ブレイドリードとは特殊な能力を会得した肉体。
ブレイブアートに限らず凡ゆるアイテムの内、自身の素養と100%の合致が為された時、そのアイテムを
非常に強力な効果であるものの、問題があるとするのならその効果は当人の心次第である為、認識が少しでも変わってしまえばブレイドリードの効果は消え失せてしまう所か。
「あれを安定させてるの? 移り変わってしまうのが当然な心の在り方を。それに反した確固たる意思を持って……?」
「確かな一つだけありゃ良い。それを信じ続ける強さは培ってきた。簡単に変わりゃしねーからギルドも抜けたのさ」
バンガスの心、求める物は昔から何一つ変わらない。それがきっとこの棍棒との相互作用によりブレイドリードを引き出した。
何時の日か自由とは何か真に理解した時、このブレイドリードは自身の中から消えるだろう。でも、バンガスはそれで構わないと思っている。
やはりそれこそが、自由を尊ぶ事なのだから。
「自由……という事か」
「あたぼうよ。俺の抱える大事な荷物はそれだけだ」
これが第一でこれが根幹。俺にゃ他に必要な物は無ぇ。バンガスは地面揺らしつつグザロ達へ近付いて行った。
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