第16話 アズライドの落ち度
「考えが甘いよアズライド。例えどれだけ貢物を持って来ようと、私達のギルド長はもう貴方の当ギルドへの再加入は認めない」
小さすぎる女エミリーは軽口にそう言って首を振る。その場の3人の視線が妙に突き刺さるものだと、アズライドはここにきて気付いた。
「ど、どうしてそこまで嫌うのですわ……」
「気持ち悪いのよあんた」
ノートルの恨みの籠った言葉にアズライドは後退る。
「言い過ぎだノートル」
「ふん」
「アズライド。仲間だったよしみで言わせてもらうが、君の癇癪はギルドを追い出す為の分かりやすい一要因に過ぎない。……聖大盾マリオンの効果をギルドの面々に悪用しているのが大きな理由だ」
アズライドは図星を突かれたように肩が震えた。マッチポップは目をハテナにする。
「聖大盾マリオン?」
「あぁ。『一理明察』のブレイブアートを宿すレアな盾さ。その効果はターゲットのあらゆる情報の内ランダムで一つを
聖大盾マリオンは主にアズライドがダンジョンに向かう際に装備している武装だ。魔物のなんらかの情報を得られるが役に立たないものも多い。しかし偶に有益な弱点等の情報も得られる為、ある種の当たればいいなと簡単に考えた博打のような使い道だった。大楯の重厚さを持ちながら軽く使いやすいので能力はおまけ程度に考えていたのである。
ノートルは腕を組んで突き刺すような視線を向ける。
「私が幼い頃、近所のガキンチョからダンゴムシを投げられたのがトラウマで今も大の苦手。それを嬉々として他のメンバーに話す貴方に殺意が湧いたわ」
アズライドは言葉に詰まった。マリオンをギルドメンバーに対して悪用した。そのような認識は今まで持ち得なかった。ただ、仲間の事を何でもいいから知りたいなと軽い気持ちで使っていたのだ。
他の仲間との会話の中で、大型のダンガンコウと呼ばれる虫型の魔物にノートルが泣き喚きながら対処した。それに連動してダンゴムシが苦手だと知っていたからつい口走ってしまった。
今此処に来てその情報を仲間にも言っていないものなのだとアズライドは知った。
「君はあまり人間関係の構築が上手ではない。それは見ていて分かるしフォローもしてきたつもりだ。しかし、いくら何でも他人の恥部に触れすぎだ。君にだって知られたくないことの一つや二つあるだろう?」
「わ、私……私は……」
アズライドは血の気が引くように顔が青冷める。何故自分を他のメンバーが避けていたのか、どうして追い出される形になってしまったのか。その全ての理由に合点がいったのである。
周りのみんなが意地悪をしていた訳ではありませんでした。私、私の行いが……皆様を遠ざけてしまった……。悪いのは私でしたわ……。
アズライドの変化にグザロは眉先が下がる。
「何とか話題を作る為にそうしたのだろうとそれも理解している。だが、君の行動のそれは、あまりにも無遠慮で他人の心にズケズケと入り過ぎている。不信感を招くのも当然なんだ。……気持ち悪い。怖い。コイツは他に俺の何を知っているのだろうか。不快と連動した猜疑心が君への苦手意識として現れた結果がこれだ」
アズライドには最早グザロの言葉が耳に入らなかった。入れずとも十分に行いの意味というものを真で理解している真っ只中。
「あんたがどこで何をしようと邪魔をしない。だからもう、僕達に関わらないでくれよ」
「…………」
ただ呆然と言葉が思い付かず、その顔は落ちて地面に吸い寄せられる。
するとアズライドの前に塞がって立つ者が。頰をムクれさせたマッチポップが仁王に怒りを表して。
「ムカカカカ怒髪天!! どうしてそんなにアズちゃんを責め立てるんですか! 何ですか恥部の一つや二つ、三つくらい。懐が小さい! タマアリタマナシトゲトゲ!」
「やめて、ポップちゃん……」
自分の為に友達が怒ってくれている。しかし原因がこちらにあればあるほど庇われた分惨めなものになる。
「人間生きてるだけで恥晒しでしょうが!! 精霊さんに頼り切りで恩恵ばっか受けて甘えてる分際で!! 同じギルドの仲間なんだから知りたいのは当たり前!! フレンドファミリー! 同じ釜飯!」
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!! もうやめてポップちゃん!!」
マッチポップは驚いた表情でゆっくり振り返りアズライドを見つめる。
これは正しく八つ当たりだった。守ろうとしてくれているのに。アズライドはその情け無さが無性に腹立たしく、その瞳の端から雫を溢す。
「ア、アズちゃん……」
「怒鳴ってごめんなさい……そして私の……元お仲間さんへも申し訳ありませんわ。ちゃんと聞かされて分かりました。私は、大事な一足を飛んで近付いてしまったんだなって」
話して深め知る。その前二つは人間関係に於いてとても重要だ。ただ知りたいからと安易に超えて良いものじゃなかった。
ギルドに戻る戻らないの話は当に過ぎ去っていた。それを知らず踊っていたアズライドは滑稽に感じる。
「……何で俺ぁ知らんギルドの痴話喧嘩を眺めなきゃならねーんだ?」
この一連を無言で立ち尽くし見ていたバンガスは力なく口にする。
「居合わせたんだからしょうがないんじゃない?」
「お前らが勝手に来てんだけどな。おチビ」
何かがエミリーの琴線に触れたのか。弾丸のように飛んで行ったエミリーの歯がバンガスの頭に食いついた。「いってぇぇぇぇ!!」と叫び振り回すが離れる気配は無い。
ノートルはため息を吐いて同じく瞳を落とす。
「気持ち悪いとは今でも思ってるわ。でも出て行かせた元仲間の不利益になる事までするつもりはない。居なかったと思ってこれからも過ごすから貴方も同じようにして」
「…………はい」
「バンガス殿と話があるから少し向こうへ行って欲しいのだが」
ただ無言で従い、アズライドはこの場から千鳥足で離れて行く。
マッチポップは心配そうにその後を追った。
「グザロ……だっけか? 俺が言えたギリでもないが、もう少し手心を加えても良かったんじゃねぇか?」
「内々の事ですので。あまり口出しはしないで頂きたい」
「……ま、俺にゃ無関係だからな。このおチビは関係あるから剥がしてくんない?」
2人のやりとりが聞こえたのはこの辺りまでだった。目に付いた大きめな木に背中を預け地面に座り込む。
「アズちゃん」
「マッチポップちゃん。ごめんね」
他に口にすべき言葉は一切見当たらない。マッチポップの顔もあまりの情け無さに見れない。アズライドは正面に広がる湖すらも置いて小虫の這う地面へ頭を下げる。
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