第15話 背負ってビューン

* * * *




 店を後にしたアズライド、マッチポップ両名は噴水を目の前にして、跳ねる霧となった飛沫をその体に浴びていた。


 涼しいですわ〜〜〜〜〜〜。


 アズライドは熱った体の熱を奪い去る清涼さに心地良く瞳を閉じていた。


 何故2人がこのような遊びをしているのか。それはバンガス捕獲大作戦と題したギルドへの加入を促す計画に由来する。


 ……単純に何も思い付かないので、気持ち良く瞑想すれば妙案が浮かぶのではと発したマッチポップが不意にやり始めた。それをアズライドもなぞっているだけなのだが。


「マッチポップちゃ〜〜〜〜ん」

「な〜んで〜〜すか〜〜?」

「これ何時までやるの〜〜〜?」

「う〜〜ん。思い付くまで〜〜」


 アズライドは大きな瞳を見開く。


「日が暮れてしまいますわ!」


 早口でそう言うとマッチポップの肩を掴む。その表情は力が抜けて、湿気った麩菓子の如く蕩けている。


「よくよく考えてみましたら、こんなポンッと思い付いた程度の案でたらしこめるなら私も苦労はしていませんね」

「マッチポップちゃんが冷静に……」

「チャージタイムです。ギュインギュイン」


 いつものキレがないマッチポップはまるで義務的にそう口にするのだった。


 そして唐突に腑抜けた表情を元に戻すと、そのミストの掛かる位置から後ろに飛び出る。アズライドも慌てて抜け出した。


「やっぱり無駄に考える時間が勿体無いですよね」

「これは間違いなく無駄ではありますわ。同じくしてマッチポップちゃんの情緒が私には分りかねますわ」


 マッチポップは懐を弄ると、その手に伝家の宝刀。聖杖フューエルトベロスをひっそりと取り出した。


「もう直接事情を話してみましょうか。結局正道が近道になるやもしれません」


 マッチポップの表情はあまり期待出来ないと言った雰囲気だったが、まだ一度も会った事のないアズライドとしてはその考えは賛成だった。


 マッチポップは頰を軽く叩き気合いを入れ、徐にガニ股でしゃがみ込むと背中をアズライドへ向ける。


「当たって砕けて立ち上がれ!! さぁアズちゃんさん! 私の背中におぶさって下さい!」

「え……ええ……?」


 困惑しつつ「カモンカモン!」と続けたマッチポップに押され、恐る恐るその華奢な背中に体を預け、腕を羽交締めにするように胸元で組んだ。


 マッチポップは唸りつつ非常にゆっくりとした動きで立ち上がる。


「あの……マッチポップちゃん? 流石にこれはキツくないかしら?」

「だ、大丈夫V納言。アズちゃんが重い訳じゃありませんからね……これは私のマッソゥがあまりにもルーザー……」


 マッチポップの膝下はガクガクと震えていて不安定。明らかな許容量オーバーな有様にアズライドは心底心配になる。


 決して私が重い訳でないのですが、人1人持ち上げるのは女の子には厳しいですわ。絶対に私が重い訳ではありませんが。


 心の中で自分に言い聞かせるように繰り返した。


「歩いて行けるならそっちの方が……」

「シュバっとひとっ飛び!! 時間は節約しなくては。おっとと……」


 またもや不安定に揺れるが立ち直す。


 マッチポップはアズライドの両足を持ち上げながら、その手にあるフューエルトベロスを見る。


 アズライドは自分の今の格好に若干恥ずかしさを覚えつつ、マッチポップの触れた箇所から伝わる体温に小っ恥ずかしく感じた。


「行きますよー荷物のアズちゃん。彼方へと追い求めて! フューエルトベロス!」


 そして光る聖杖はアズライドの視界を白く覆い、徐々にその景色を人通りのある街並みから自然豊かで湖の広がる地へ切り替える。


 こうやって飛ぶのですわね——と、物思いに耽ると……。


「バンガスさんぅおわ!!」

「ぎょわッ!?」


 体勢を崩したマッチポップに釣られてバンガスの背中に覆い被さった。


 勢いよく3人は地面へと吸い込まれる。


「バ、バンガス殿! お怪我は!?」

「大丈夫だ……でぇじょうぶ……」


 アズライドは何処か既視感のある言葉を聞きつつもその場から退く。


「ご、ごめんなさいですわ!」


 そう一言添えて。


「えへへ……急に無作法を申し訳ありません……」


 珍しくマッチポップも申し訳無さそうな顔をしているが、その奥で肩をワナワナと震わせる野生原人。バンガスは息を荒くする。


「あああぁぁぁぁ……! そろそろ来ると思ってたぞこの野郎。マッチポップ!!!」


 我が宿敵現れたり。そんな物々しい雰囲気を醸し出すバンガスという人物に、初対面のアズライドは心の底に少し恐怖心が生まれた。


 バンガスの目がアズライドに向く。


「後ろに人連れてんのかよ。てかお前ら甘ったるい匂いすんな……」

「パンケーキを頂いて来ましたので」

「通りで。てかさっさとお前も退けよグリーン」


 マッチポップは素早く立ち上がると、バンガスの目の前に右掌を置く。


「カロリーは、取れば取るほど、お得なり」

「0点」

「酷ーい!!」


 マッチポップとバンガスのやり取り。入る言葉を持たず2人は仲が良い関係なのだとアズライドは考える。

 

 バンガス本人からしてみれば、おそらく堪ったものじゃないのだろうが。


「アズライド……」

「うぇ? グザロさん!?」


 近くに立つ1人の壮麗な男。アズライドはその姿と胸当て首飾りに酷く見覚えがある。自分の所属するギルド『くれない林檎』の仲間、特にベテランと知られていたメンバーの1人である。


 後ろで待機する3人もよく知っている。


「エミリーさん、ベント君にノートルちゃん。こんにちわですわ。……どうして貴方方が」


 帽子を深く被る極端に小さい女をエミリー。若い男をベント。同じく若めの女をノートル。


 それぞれのメンバーはチームを組んだ覚えもあるし、少なからず会話も交わした事のあるギルドの一員達だった。


 グザロと呼ばれた物々しい男はバツが悪そうに頭を掻く。


「ギルドの方針でな。最近起きた連続する地殻変動により数多のダンジョンと思しき遺跡が多数発見された。どうにか攻略隊に組み込めないかと考えた結果、名のあるバンガス殿へ参加を請いに訪ねたわけだ」

「最近勧誘がしつけーのはそれが理由か。何言われてもギルドにゃ入らねーけどな」


 相も変わらずバンガスのギルド加入への意思は薄く感じられる。


 アズライドはまさかこの場で追い出されたメンバーと鉢合うとは思ってもみなかった。恥ずかしいような居た堪れないような、そんな心持ちにどうしたらよいものかと口を噤む。


「アズライドは何で来た?」


 ベントと口にした若い男が、口調を強く無表情にそう言った。アズライドはそれに薄く笑顔を浮かべる。


「私もバンガス様をお誘いに参りましたの。もしお連れ出来ればギルドへの貢献となると思いまして」

「……元ギルド、だろ?」

「え?」

 

 ベントの言葉にアズライドは固まった。

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