第5話 ドドンと大集結


 寒いのか微妙に振動するマッチポップに「ガキかよ」と苦言を呈しながらも薪を多めに投じた。


 鼻水を垂らす姿には最早呆れ返る他無かった。縫製の確りした中々良い服なのに、その袖で拭き上げたのは流石のバンガスも固まる。


「森の中ってこんな冷えるんでしゅね」

「川入るからだろ、帰れよもう……。風邪引いたってしらねぇからな」


 今日はやけに纏わりつくなと、そんなちょっとした違和感があった。


「俺もそろそろ野営するしいい加減……」

「来た」


 バンガスの言葉を切って、マッチポップの目線が川の下流へと注がれる。


 バンガスも其方へ目をやると、何やら黒いマントを羽織る数人の群れが向かって来ていた。顔まで丁寧に隠しているものの、先頭の1人だけはご丁寧に晒している。


 バンガスと目が合うと皺の薄っすら浮いた男はニッコリ口角を上げる。肩に掛からない程度のステレートヘアが揺れた。目が悪いのか眼鏡を着けていて、その奥に暗く陰鬱な瞳を置くのだった。


「どうも、お初にお目にかかります。わたくし、シューベルゲン・グレゴリウスと申します」


 バンガスの前で立ち止まる。シューベルゲンと名乗る男は背丈を優に超える、細長く黒い十字架を小石の溢れる地に突き刺す。


 近くで見ればマントだけでなく皆一様、右腕に銀色に輝く腕当を纏っていた。こういった共通装備は大抵、自分がどこのギルドに所属しているかを示す物だ。


「陰鬱でノリの悪そうな集まりだな。ギルドの誘いかなんかだろ? もう分かってんだよ飽き飽きしてんだ」


 バンガスはそう言った。先頭のシューベルゲンはズレた眼鏡を持ち上げる。


「話が早くて助かります。バンガスさん貴方のそのラァンク! は、表立って動けない私達にも恩恵がある物です」

「表立って……裏稼業者か」


 バンガスの言葉が鋭くなる。


 ギルドに所属していた時代にも暗闇に潜む裏の者達はいくらか切り捨てて来た。目立った所であればギルドごと壊滅させた事も記憶に焼き付いている。


 裏ギルドと称される事もあるが、この者達がどこから湧き、隠れ、暗躍するのか。その実態は殆ど掴め切れていない。ギルド長も難儀していたなとバンガスはまた懐かしさを感じた。


 シューベルゲンは口元を隠して押し笑う。


「貴方を売買に掛けたらどれだけ儲かるか。オークショオンの場が盛り上がる事か。想像しただけでワクワク致しますよお」


 所属を促す為と言うよりか、俺自身の価値を知って金になる。懐を潤す為に現れたってところか。


 バンガスは棍棒を握ろうとすると、それに先んじてマッチポップが裾を払いつつ立ち上がる。震えはもう治っていた。


「奴隷商ギルド『孤児院』。いくらか予想していましたが、もう少し武闘派でイケイケが来ると思ってましたよ。わてくしはぁ」

「……その格好。運び屋の者ですか。はあーぁ、ブルーカラーは忙しなくていけないのでね」

「ムカムカムカチャッカ流行スギチャッタ。グリーンカラーです。ナマステ〜、ダンニャワダンニャワ」

「ダブルミーニィングをご存知でない? それと普通に何を言ってるのかよく分からないです」


 マッチポップの振る舞いはあまりにも高度過ぎたのだ。


「俺も分かんねぇけど、勝手に戦って潰しあえ」


 バンガスはそうヤジを放って、お互い潰れてくれりゃ儲けもんだと、下衆の考えが脳裏に浮かぶのだった。


 マッチポップが聖杖を、シューベルゲンが十字架を前に構えた時、静かであった自然の呼吸は大きく息を吸い上げそのまま突風を吹き荒らした。


「あっはっはっはっはっはあああ!!!!」


 そして何処からともなく快活明瞭で高らかな笑い声が響き渡る。


「この声は……上ですか!」


 シューベルゲンのその声に合わせ、この場にいる者は全員視線を天に向ける。


 太陽の作り出す光量に翳る、何やら大きな物体がそこに浮揚していた。


「バンガスッ!! 迎えに参上だあああああ!!!」


 船であった。何十人と内部に人がひしめき合う帆船が、まるで空を大海の如きと見立て悠然に航行している。


 その帆船のヘリに足を掛け、剣先が少しカーブしたグリップガードの付く海賊剣を高らかに掲げる。ブカブカの海賊服を帆と同じく、風にたなびかせる者にバンガスは見覚えがあった。


「航海ギルド『方針』……。手前ェ、また来やがったのかリビア!!!」

「諦めたと思ったか!? 甘いんだよぉ!! 何度だって来るぞ! わーたしは!! 諦めなーい! それが船乗りだから!!」


 バンガスは立ち上がり苛立ちを全面に押し出した。


 その昔不可抗力で方針のギルドに攫われたバンガスは、無理矢理入団の判を押されそうになり間一髪の所で逃げ延びた。良いようにされてしまった経験が多大な怒りとなって蓄積している。


 バンガスとリビアは2人でやいのやいの言い合う。その横でマッチポップはポカーンとした顔を船に向けていた。


「空飛ぶ……お船……」

「ふむ。少し聞き及んだ事がありますねぇ。方針のギルド長は聖剣ダイダリウムを所持していると。船を召喚するブレェイブアートを宿しているとか何とか……。まさか空まで」


 バンガスはリビアに話が通じない事を知っていた。それでも耐え難い怒りをぶつけた後に、マッチポップと同じくれぇ扱いづらい奴だと評価する。


「既に先約は居わすようだけど! しかし! お宝バンガスを頂くのは私達だ!!」

「いえ、孤児院が攫いますので」

「運び屋に超特急便! クルッポークルッポー。飛ばせ未来のエンゲージ! 天地鳴動マッチポップ! 臭臭くさくさ!」


 バンガスという一個人を求めた3つの勢力は自分勝手に我こそが所有すると主張し始める。1人は最早誘う気があるのかと言いたい有様ではあるが。


 ギルド長の言葉が今になって痛いほど身に染みるバンガスである。


 彼女らが一触即発の空気な中で、不意に川を挟んだ一つ奥の空間が捻れた。景色が歪み回転していくと、その中心部から腕が飛び出す。


「——いや、我らが貰い受ける」


 空間を破り捨て現れたるは、金髪の鋭い目付きを向ける青年の男だった。腰には剣を4本ぶら下げ、歩くに伴い鞘が擦れる。


 バンガスはこの者と面識は無い。今度は誰だよと思いつつ鼻を穿った。汚い。


「貴様も姿を見せるか! 調停ギルド『サークルオーダー』!!」

「……ちょっと不味いですねぇ」


 シューベルゲンは表情を引き攣らせる。


「世界の秩序を保つ為に彼は何処へも渡せはしない。ついでに孤児院はしばき倒す。……他にも気配がするな」


 サークルオーダーの男がそう言うと、草木の凡ゆる場所の影、隙間から人々が姿を現す。


 まるでこの場は宴会会場であるかの様に、その規模は3桁に迫る程でひしめき合うのだった。

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