第4話 グッバイギルド


 暫くフリーダムダンスを熟しそれは完遂された。マッチポップは満足したのか近くの小川で素足になり遊んでいる。


 色白の玉の様な肌が水滴を垂らし、木々の隙間から差す日の明かりに一層装飾される。


 バンガスは意気消沈した様子で火の前に居続ける。勢いは落ち着いて内部に熱を蓄えるそれを見つめながら自分の過去を思い出していた。


 個人のランクとは国から与えられる称号のような物だ。どれだけ未知を記したか、どれだけ益を齎したか、どれだけ成長を遂げたのか。それがそのままランクという形に押し固められる。


「高ランク冒険者はやっぱすげーな。例のダンジョン『満ち足りない仙郷』を踏破したんだろ?」

「らしいな。俺たちとは物がちげーよ。強く自由に、冒険者の鑑の様な奴だな」

「キャー! バンガスさんかっくいー!!」


 バンガスがとあるギルドに所属していた時、その最後に攻略したダンジョンの帰り。誰1人としてクリアに至らなかった難関を突破したとしてそんな歓声を浴びた。


 気遣いに話したり手を振る事もあれ、しかし心の何処かで引っ掛かる漠然とした不満は拭えない。


 求めるものはやはり此処にもない。バンガスはそうであるならばと、確固たる意志を持ってギルドへと帰還した。


「ようバンガス。やったじゃねぇかよ」

「あぁ……それなりに苦労したよ」

「よく言うぜ。俺の見立てじゃあお前自身の強さも勿論あるが、聖剣のモノが違うよな」


 口の荒く見た目の小汚いギルドメンバーがそう言った。このギルドに所属してから慣れない自分によく話しかけてくれたし世話にもなった。ある意味恩人とも言えるかけがえの無い仲間。そんな相手だった。


「フッ。目敏いんだな」

「あたぼうよ。数多の自由人、そして聖剣を見てきた俺にゃ朝飯前ってな。これでバンガスのランクは実質的な最高到達点Sに繰上げとなるな。何か感想は?」

「感想か……言われてみると思い当たらないな。でも、一つだけ願いがある」

「願い?」

「あぁ。ま、この話はギルド長とするよ。……荒れるかもしれないな」


 この予感は謂わば確信めいたものだった。


「——なぁ、バンガス。バンガス。そんな話を認められる訳ないだろう? 絶対に、絶対に受け入れられない。君を離す事を許容出来ない」


 ギルド長との会話。バンガスはその足で長の居る部屋に向かい、悩む余地のない決して変わらない意志を伝えた。


 認めない事もその性格を知っているバンガスには分かっていた。


「私は——正直何処でも良かったんだよ。自由を吹聴するギルドであればね。或いは、縛りを持たないそこでなら、私の求める自由が得られると思った」


 自由を知る為の最初の一歩として選んだ手立てがギルドへの加入。ただそれだけに過ぎず、寧ろこの中で生活していく内に求める物とは段々離れているとバンガスは感じていた。


 名声という縛り、仲間という縛り、責任という縛り。自由と相反した鎖が次々と増えていく。最高ランクに到達するという一つの節目が、バンガスにとって丁度良いともう十分だと強く思わせた。


「失望したのか? それでも此処から出て行かせはしない。君の運命を教えてやろう。例えギルドを脱退しようと君個人の獲得したランクは潰えない。古今東西あらゆる場所から、君という個人を狙い追い回す輩で溢れかえる。考え直してくれ、そんな茨の道には送れない」


 断固として首を縦に振らないギルド長に、全身を金鎧に纏わせるバンガスは、藍の縁が入る兜の奥でひっそりと笑う。


「なぁギルド長……特になんだが、俺はこう思ったんだ——。


 皆アウトロー気取ったり自由な冒険者として振る舞うけどよ、結局ギルドという上位組織に管理された上で成り立つならそこに真の自由は無くね?


 って。聖剣はもうこの国に寄贈するよ。貴方との関係もここまでだ」


 重苦しい空気が流れる。そしてギルド長の小さな溜息が異様に耳に入ったのを今なおバンガスは覚えている。


「……バンガス、君の想いは伝わった。だがね、私にも意地があるのだよ。離れるな、行かせない。これは確定事項だ。君の意思と同じく覆す事は出来ない。思い止まれないのなら、誰かの手に渡ってしまうのなら、いっそこの手で——」


 闘いがあった。結果としてバンガスは勝利し、代償として失ったのは防具の一切。そして友だった者、友人達。その足で王城へと赴き、今し方仲間に奮った剣を寄贈した。


 敵意と憎悪、蔑みすらも籠る凡ゆる視線をバンガスは受け入れて、身一つとなれるよう手に入れた殆どを売り払い、逃げるようにしてその国から旅に出るのだった。


 バンガスは消え始めた焚き火を維持する為、先程器として利用した薪を更に割って放り投げる。火の粉が舞った。


 悪いとは今でも思ってるが、まぁ出たのは間違いなく正解だったぜ。統括するようにそう思う。


「懐かしい話だ……」

「ねぇねぇバンガスさぁん」


 物思いに更けている内に、いつの間にか川から上がったマッチポップが近くに寄っていた。


 ねっとりと絡みつくような口調に鳥肌が湧く。


「話し掛けられるだけでウザってぇな。あんだよ」

「結構臭うのでお体は洗った方が良いですよ? これは本当のお話です」


 マッチポップは真剣な眼差しでそう言った。


 珍しく茶化さないので、バンガスは自分の体を軽く嗅ぎつつ、慣れてしまった鼻に問題があるのかと疑問を持った。


「……気になる?」

「とてもとても」

「そうか。やっぱ垢くらいは落とすかなぁ。やるなら徹底的にと思ったんだが」


 真の自由に繋がるヒントを得た時、なるべくそのものの形を取り入れようとした結果がこれだった。


 慣れるまでは何でも大変。慣れちまえば何でも楽勝。今の姿には特段困る事も無いと思っていたが、臭いと直接言われれば気にしてしまうのが人間である。


「0、100思考NOT!! 中央値でお願いします!」


 マッチポップはそう言って、火の上がる焚き火に手を当てるのだった。


「……やっぱ入らねぇ」

「何でェ!??」


 よくよく考えてみりゃこの臭いって話も鎖だ。俺を縛る枷でしかねーわな。


 大自然の中にあるものを参考にするのが一番間違いがなくていいとバンガスは思った。それ以外は全て這い寄る鎖の如き、縛り上げる人々の認識に過ぎない。


 バンガスは薪の弾ける音を聴く。

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