第3話 フリーダムダンスの妙技


「ですがですがの菅原道真。どうしてそんなにギルドへの加入を拒むのですか? 非正規冒険者なんて交渉から何から何まで全て自分で熟さなきゃいけないじゃないですか。自由に生きたいってのは伝わりますけれども、それでも最低限所属だけはしておいた方が手間が省けると思うのですがね。……その点! 私達のギルド『運び屋』はおすすめですよ! 活動も強制しない籍を入れてくれるだけでもう構わないのですから! え〜んげ〜〜〜〜じ」


 マッチポップの言葉を聞きつつも火の強さ故か少しだけ焦げ付いた肉を切り分け、焼け心地に満足そうに頷いた後、バンガスは雑に半分に割られた丸太の上に移し替えた。


 そこからまた一口大に裁断し、適当に削った木の棒を突き刺してマッチポップに差し出す。


「う〜ん♪ ちょっと硬いです」

 

 そう言いながらも次々とマッチポップは肉を口へ運ぶのだった。バンガスもナイフの尖った先端に突き刺して食べる。概ねマッチポップと同じ感想だ。


 それなりに肉の数が減った所でバンガスは口を開いた。


「形だけだろうが何だろうがもう縛られるつもりは無い。俺は、今のこの環境に自ら置いている俺だけが、真の自由へと通じる道を歩いていると確信している」

「ザ・フリーダムダンス! うおおおおおおおおおおおおおおお!! ズンドコズンドコ!」

「馬鹿にしてんのか!! やっぱり肉返しやがれ!」


 奇妙奇天烈。到底人間の動きとは思えず、世界の根幹を揺るがし崩すかの如く忌々しい。形容出来ない上見る者の力を悉く奪い去る。


 そんな阿呆らしい踊りだった。


「残念食べちゃいました。私の血となり肉となりフリーダムダンスの糧となりました。返して欲しくばゲロゲロゲー。反芻ですかぁ?」

「あああああぁぁぁぁ…………殺してぇ」


 どうしてこんな女に真面目に返答してしまったのか。それを心の底から悔いるバンガスであった。


 何かに後ろ髪を引かれる状況。ギルドという管理される物に迎合するか、一つの仕事でもって人間の関係性を構築する、はたまた血縁に縛られ身動きに難が生じる。


 自由を阻害する物は他にも数多存在する。今のバンガスにとってそれらは障害であり忌避されるべき事柄であると言える。


 マッチポップは満足したのか枝の先端に火を付けて遊び始めた。帰れよと、バンガスはそう思った。


「んでんで、やはり私達のギルドには入って下さらないって事ですか? 優遇しますよ〜そりゃめちゃんこ優遇しますよ〜。ご自身の聖剣を国に寄贈したとは言え最高位ランクは今尚保有し続けている! 貴方が居るだけで運び屋も一気にギルドの地位が上がるのですから〜」

「……はぁ。俺からすりゃあよ、首輪付けられといて冒険者、自由人と名乗るなんてのは笑える話だって事だ。これからも一匹どっこい気ままに生きるのさ。もう放っておいてくれよ」


 マッチポップはその薄い唇に、白く細い工芸品の如く形作られた人差し指を当てる。


「んー……それは無理がありますねぇ。だって私達以外にもバンガスさん狙ってる人達がいますし、下手したら無理矢理ギルド加入させかねない人達もいますし」

「俺にゃこの棍棒がある。これだけで十分返り討ちに出来る」


 バンガスは誇らし気に愛着のある自分の棍棒を見せ付けた。これが正しく俺の武器であると言いた気に。


「でも強いブレイブアートを宿した武器なんてそこら辺に転がってる訳で。現に私の聖杖フューエルトベロスのブレイブアート『背後飛翔』で何処にいても着いて行けちゃってますからね。これに対処出来てませんし、ビッグマウスが過ぎますですと思うのが私な訳ですます」


 マッチポップは言い辛そうに言葉を締めた。


 ブレイブアート。この概念を付与された武装や道具には一般的に、区枠分けの為に聖の冠詞が設けられる。


 精霊と称される人間とは違う種族が、アイテムを生成した時に滲み出す加護のような。そんな特殊な効果を総称して言われるのがブレイブアートである。


 聖剣、聖銃、聖杖……武装だけでもその数は数多あり、武器を使用しない者でも殆どが恩恵を受けている。


 棍棒を武器として使うバンガスはブレイブアートの特殊能力を宿す武器は使っていない。そもそも自分で削ったお手製である為宿りようもない。壊れ消費すればその都度木を切り倒している。

 

 しかし羽織るレザーコートに付与された『拡張保存』のブレイブアートは持つ。旅に必要な荷物を全て押し込める事が可能で、だからこそ身軽に森や山の中を自由に探索出来るのだ。


 特段貴重でもなく、ありふれた物。精霊は際限無しに生産するもので寧ろ有り余っていると言えるか。


 バンガスはマッチポップがこれ見よがしに前に出す聖杖フューエルトベロスを一瞥して、意味あり気に嫌味の籠った笑みを浮かべる。


 聖杖フューエルトベロスの『背後飛翔』とは、所有者と直接会話を交わし見聞きした人物相手に対して、所有者が望めばどれだけ距離が離れていようと瞬間的に飛んで向かえるという破格の効果を有している。


 その能力を昔、マッチポップ自身が力説していた事を思い出した。


「その武器へし折ってやろうか?」

 

 バンガスは軽口にそう言った。


 マッチポップ黙って目を丸くし、次第に落ち座っていく様に細まる。


「ファイトですかぁ? 買いませんよ。私は貴方と戦いたくない。殺されたとて戦いません。無抵抗のいたいけで健気で煌びやかで可愛い完璧パーフェクト最終形態な超絶怒涛美しい可憐艶やかな女の子を貴方は殺せますか? 嬲れますか? 出来ないですよね知ってますよ。聖杖胸に抱えてカモンベイベー!!」


 鼻息荒く語ったマッチポップにバンガスは吐き出す様に笑った。


「冗談だよ……癪に触る奴だぜ、マジで」

「フリーダムダンス!! うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「それ止めろって!!」


 そして空気を壊すフリーダムダンスに、バンガスは本当にやめてくれと心からの否定をマッチポップに向ける。


 しかし今度は止まらない。フリーダムダンスは加速し続け、まるでこの世の中心点は我に有りとでも言い出しそうな存在感を孕む。


「ズンドコズンドコわっしょいわっしょい!!! あぁ、私は、凪のお、と、め……!」

「頭がおかしくなるんだよおおぉぉぉぉッ!!!」


 ストレスの限界値に立つバンガスは両手で顔を覆った。


 隣で永遠に続くフリーダムダンスはこの大自然の中で異物である。しかし徐々に在る事が当然、取り込んでいき認識を塗り替える悍ましさ。バンガスは俺が俺で無くなると、そんな不快感だけが頭の内に残った。

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