第2話 楽しいんだZ?

* * * *


 高い樹木に覆われて陽の光は遮られる森の中。生い茂る雑草を我が物顔で踏み締める一体の魔物が居た。


 四足歩行で全身を硬質的な毛髪で纏い、肉に届き得る隙間を尽く詰めた体。口元から伸びる2本の鋭利な牙は木肌や岩で磨がれた天然の槍に他ならない。

 

 生暖かい息を静かに吐き、その敵意を孕む目に映るのは原人の冒険者バンガスである。


 村から離れた後バンガスは獣道すら作られていない森の中を一つの方向を目指し進んでいた。


 特に用がある訳でもなく、ただ行きたいと思った。それだけでこの荒れた道と言えない道を進んで来た。これも存外楽しいものだとバンガスは感じている。


 そんな最中の道中にこの魔物と鉢合い、お互い睨みつける様な威嚇の合戦が静かに繰り広げられていたのだ。


 緊迫の中バンガスは不適に笑みを浮かべる。


「逞しい筋肉じゃねぇかよ。惚れ惚れするぜ」

「ブヒッモス」


 よく分からないが通じ合った様だ。そんな雰囲気があった。あるのだ。


 魔物の体は今にも外へと飛び出しそうなほど豊満。内にバツンバツンに張り漲る鍛え抜かれた筋肉がバンガスの瞳には見えていた。


 自然の荒波を生き抜き培われた、この生命の知識全てがそこへ集約されている。筋肉とは詰まる所そういう物なのだ。


 バンガスが感じているのは純粋な敬意だった。心からのものであればそれは種族の垣根をも越える。


 魔物はゆっくりと視線を外し、悠然とこの場から立ち去るのだった。


「また会おうぜ。大自然を闊歩する自由な者よ」


 バンガスはその後ろ姿をから目を離さず、視界から消え去るまでただ見つめていた。


 その後はまたアテもなく森の中を歩き出した。雑草と道の悪さを攻略していき、暫く経つとバンガスの耳は水の流れる音を聴いた。


 水場の近くで野宿出来りゃ楽な事もない。バンガスはそう思いつつ音源を辿る。


 小川があった。急な鉄砲水で流される事も無さそうな、こじんまりとした多数の岩が転がる川だ。


 透明度の高い水はそのままでも口に出来そうな程。バンガスは手早くその岩場で火の準備をするのだった。


 風に揺らめき立ち上る煙が遠くに流れて空気に混じり合う。火は暖かさを伴って煌々と赤白く光り、投じられている薪を黒く染めていく。


 バンガスはその火を前にして手頃な岩を椅子に腰を落とし、レザーローブの中を徐ろに探り始めた。無表情だったものの、それは次第に怪訝そうに顔付きを変えるのだ。


「あれ? 何処に仕舞ったっけ」

「何をお探しで?」

「肉だよ肉。腹減ったから焼こうと思ったんだよ」


 川のせせらぎと虫の音が響くこの場所に人は居ない。つい先程までには確かに存在しなかった。しかし何処からともなく現れた1人の女性と思しき風体の者は、バンガスの背後から唐突に現れて慣れた様子で同じく火に当たる。


 黒に寄った緑色の、緩く垂れる広い帽子を被っている。隙間からはみ出る緑の原色に近い髪の色が、その火に当てられて白みを帯び輝く。


 優しく落ちる眉にハッキリとした目鼻立ち、口元は薄く口角は上擦り、人形の如き端正な顔立ちは人目を引くだろう。


 服装は上下をグレーのインナーウェアで揃え、そこから重ねるようにして緑一色のアウターウェアを着ている。戦闘という一点で見ればあまり向いていない装いに見えた。


 片手には杖を携えており、持ち手の部分は白く金のラインが奔る。上部は鳥の造形を模した、緑の宝石を細工した品が鎮座している。


 女性は不意に表情をパッと明るくし、バンガスに見せびらかす様に大手を挙げた。


「呼ばれず飛び出てババババーン! って感じに登場したのですけれども、案外驚かれませんのですね」


 女性の声にバンガスは反応せず、レザーローブを弄る手に更に表情を曇らせる。


「あれ、マジで何処だよ。食ったか? なぁ、食ってないよな俺」

「そういう場合、近くにあるのを見落としているだけの可能性が高いのです。灯台モトクラシー」

「お、あったわ! サンキュー」


 気付いているのか気付いていないのか。そんな微妙なやり取りの下、レザーローブから出された手には何かの肉をスライスした物が握られている。


 まるで今し方加工を終えた品であるような。そんな瑞々しさをこの肉は放っている。大きさもそこそこで腹に溜まるだろう。


 火に大きめな石を雑に放り、バンガスはその上に肉を掛けた。大きさが足りずはみ出ているのはご愛嬌か。


 バンガスの目がこの女性に向いた。


「……っておいおい! いつの間に現れたんだこの野郎!」

「今更! 今更! それに私は野郎じゃないですよ! お忘れですか? お忘れじゃないですよね? そう、忘れられない筈。マッチポンプじゃないよでお馴染みのマッチ・ポップです」


 マッチポップは慣れ親しんだ様にその口上を述べた。バンガスは心底嫌そうに焼いている肉へ視線を戻す。


 勘弁してくれよ。その心は正に否の反応である。マッチポップが自分の元に来る理由はただ一つ。それ以外の意味を持たない。


「相変わらず急に来るもんだ。何度言われたって俺ぁ頭を縦には振らねーよ。ギルドにゃ入らねー」

「ちょっとカクンとするだけ。ちょっと、ちょーっと!」

「嫌です」

「もう一声!」

「お断りだってーの!」

「ありがとうございます!」


 ああああああ……嫌だああああああ……!。


 バンガスはもうウンザリだと、このやり取りも何度やったか知れないと、マッチポップ特有の絡み方に肩を落とす。


「お前ぇと喋ると疲れんだよマッチポップ。もういいって一番しつけーよ。自由にやるんだよこっちは。なんだって誘いたがる奴ぁ多いんだ」

「おやおや。はてはて。もしやもしや? ご自身が今お人気である事をお知らない? とんだおとぼけ坊やだぜ!(音響)」


 バンガスは思わず眉間を揉んだ。そしてそのまま項垂れる。


 この女がバンガスの下に来るのは大体週に1度だった。最近はペースが増して2度この口調に付き合わされている。


 多いって流石に。多過ぎる。この変な喋り方には着いていけねーんだよ。バンガスは肉を返しながら感情を噛み締めそう思った。


「人気があるなんて宣うほど痛々しい奴でもねぇよ俺は。肉食うか?」

「きゃう〜ん♪ 私は鎖に繋がれたこ、い、ぬ。ね、こ。こ、と、り。後は……」

「あーもう、煩ぇぇぇよッ!!」


 もう帰ってくれよと、ただただそう思い願うばかりのバンガスである。

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