非正規冒険者は否定する ~何がギルド所属の冒険者だよそんなものに自由なんかねーよ~

超自然的ニュー合金参式なまくら

第一章 オレはギルドにゃ入らねぇ!

第1話 自由ってヤツは




「お姉ちゃん!」

「キヨミ!」


 2人の抱き合う少女達が居た。1人は服に花柄の刺繍をあしらった幼子、もう1人も似た様な服装で、特に黒髪を後ろで束ねているのが目立つ。


 姉と呼ばれているのに相応しく、その体格差は幼子を胸の内に包み込んでいる。


 暫くぶりの再会を一頻り堪能して、その姉はキヨミと呼んだ妹を横に置き、目前に険しく立つ男へ潤んだ瞳を見せた。


「本当にありがとうございました……! もう2度と妹と会う事が出来ないかと」


 そして、そう言葉にする。


 クレ村と呼ばれている一つの村の入り口でこのやりとりは行われ、少女達を除けば他の住人は村内にて距離を離し遠巻きで眺めている。


 伺う様に怪しむ様に。その原因は単にあまり小綺麗と言い難い男の風貌にあるのかもしれない。

 

 髪は油と土汚れに塗れ、乱雑に切られたせいかあちらこちらに跳ねている。伸び切った無精髭も同じ有様。


 服装は動物の毛皮を加工した物だ。レザーコートを肩から羽織る。ほつれや穴、切り口などがそのまま直されていない為、荒々しさを過ぎて威圧感までもが醸し出る。


 腕や足の盛り上がった筋肉。その腕で握るのはただ木を削っただけと思しき一つの棍棒だ。

 

 原人。野生児。浮浪者——は少し違うかもしれない。湯浴びも水浴びもしていないようで垢が浮いている。ともなれば、匂いもそれなりのものである事に間違いはない。


 自然環境の中で生き抜いて来たとありありと示す風体。そんな他人から忌避される様な者は、優しげな笑みを一つ作り上げる。


「今度は取っ捕まんじゃねぇぞ。それで、金の話になるんだが……」


 それはそれとして。男は死活問題に繋がりかねない金銭的な話を持ち掛けた。


 男がこの村を訪ねたのは先日の事だった。道すがら食料が尽き、買える物はあるかとたまたま寄ったのだ。


 魔物に攫われてしまったと泣きじゃくるキヨミの姉と意気消沈する村人の面々。「俺が探そうか?」との一言を男は言った。


 そして自分を冒険者だと名乗り、完了の暁には金銭を受け取るとの契約で仕事を請け負った。経緯としてはこの様な具合である。


 男の言葉を聞いたキヨミの姉はバツが悪そうに表情を固める。勢いよく両手を合わせたらそのまま頭を傾げた。


「——割引して貰えません?」


 男は思わずズッコケた。妹の命の値段を割り引こうとするなよと、誰しもが思うであろう当然なものである。


「ま、まぁ良いけどよ。金に溢れた村とはこっちも思っていないし……まだそれなりには余裕もあるし……」


 何だかなぁと男は考えていると、横にいたキヨミが前に出た。


「おじさん助けてくれてありがとう!」

「薄汚いだけでまだお兄さんだ。殺すぞ」


 幼子はその圧力に肌を震わせた。


 キヨミの姉から銅貨の詰まった麻袋を受け取って中を改めた男は懐に仕舞う。食料は既に買い込んだのでこのまま去るかとした時に、杖を付いた老人が村の方から歩いて来た。


「またれよ」

「村長様?」


 キヨミの姉がそう言った。村長は男の前に立つと舐る様に全身を見る。


「……素質があるな」

「年の功か。流石だな爺さん」

「お主にならアレを引き抜けるやもしれん。我が村に代々伝わる聖剣ベレディクスを」


 聖剣ベレディクス。その言葉を聞いた途端に男は冷や汗が滲み出した。


「あー……あの、爺さん。それなんだけどよ」

「ベレディクスは特殊なブレイブアートを宿す聖剣じゃ。曰くこの地には昔、大地を汚染する巨大な魔物が住んでいたそうじゃ。人々は嘆き苦しみ、それを——」

「爺さんストップ! 爺さん!」


 長い話が始まりそうな予感がし、男は無理矢理村長の言葉を遮った。


「なんじゃい、まだ話の途中なのに」

「ベレディクス……って、多分これの事じゃねーかなって」


 男はレザーコートの内側から一つの剣を取り出した。いや、剣だった物か。柄は所々錆び付いているものの元の様相を残している。しかし、それが刀身に伸びていくと錆の量が増し、ある所で途切れたその部分には最早金属の面影が無い。


 錆びた上に折れた剣である。


 淡々と冷静に、厳かな雰囲気を纏っていた村長は目を見開いた。


「代々伝わる聖剣がああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 男の手から剣を奪い取り、大声を上げ大地に伏した。


「野晒しだったから随分と錆び付いててな……。引き抜こうとしたら根本の所からポッキリと」

「伝説じゃぞ!? 何してくれてんの!?」


 折れた剣を抱え村長は言った。


 言わずにとっとと去ろうと思ってたけど、どうにも罪悪感から口に出してしまった。やはり噤んでおくべきだったと男は後悔を滲ませる。


「永遠な物なんか無いって事でここは一つ……」

「ゆるさーん!! 弁償じゃ弁償しろ! 観光の目玉を……!」


 流石に聖剣の弁償に足る持ち合わせは無い。そもそも錆び付いていたのだから剣としての価値なんてないだろう。


 だがやはり申し訳なさはある。村長の罵声が続く中でどうするかと考えていると、不意にキヨミが間に入った。


「お爺ちゃん。おじ……お兄さんを許してあげて欲しいの」


 真剣な眼差しを村長に向けそう言った。


「しかし……伝説なんじゃぞ?」

「……私を助ける時にね、それとは関係無く普通にブチ折れちゃったって言ってたの。お酒飲んで酔っ払った勢いで抜こうとしたんだって」


 思い出す様にキヨミは語った。


「そうか……そういう経緯が…………うん?」

「ヤニでくっ付けて包帯巻いたら雰囲気出るから大丈夫だって。力もクソも無いから側から見たら分からない。そもそも錆びた剣見に来るなんて馬鹿のする事だ。そう言ってたの……」

「う、うん……うん? よう分からんくなって来たわい」


 有耶無耶にするにはここがチャンスだと、男は咳を一つ払って口を開く。


「選ばれ者しか触る事を許されないとか何とか言っときゃソレっぽくなるぜ。その辺りの設定は村で決めるのも楽しいんじゃねーか? 聖剣なんつーのはありふれてるんだしよ、ここは一つ創作でもって観光客の増加を狙うなんてのはどうよ。俺ならやるぜ寧ろそうする」


 男の畳み掛けに村長は瞳を閉じて考える素振りを見せた。


「あり……な気もしてきたわい」

「ならそういう事で今後は頑張ってくれよ。この村の発展を心から願ってる。グッドラック! フォーエバー!」


 男は振り返り駆け出した。後ろ髪を引かれる思いなどは微塵もなく、ただ村長が冷静な頭を取り戻す前にこの場から逃げたいとの一心で。


「あ、待って下さい! 最後にお名前を!!」


「バンガス! 非正規冒険者のバンガスだ! 明日にはこの地区から消えてっから探しても無駄だぞ! 絶対弁償なんてしねーからな! というか大事な剣ならメンテナンスぐらい確りやれや! その伝説が泣いてるぜ!」


 バンガスはキヨミの姉の言葉に対して口早に言い含め、あれよあれよという間に道の遠くに姿を消して行くのだった。

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