第6話 戦場に乾杯!


「ありゃりゃ、これまた大勢ですね。こんな一堂に会するとは思ってなかったなぁ……一抜けた!」


 マッチポップはそう言ってバンガスの背中に隠れる。


 集う全てのギルドの面々が放つ殺気。それは一羽の鳥が飛び去ると同時に、大乱闘幕開けの合図となるのだった。


 しかし、それに待ったを掛けるようにバンガスは口を大きく開く。


「やる前に!! 戦うならここから少し離れた所にしろ。邪魔臭ぇし、先達の野生動物の方々に失礼だろ! ちゃんと弁えろよ!」


 バンガスの怒声により出鼻は挫かれ、渋々と全員川向こうに歩いて行った。


「ま、見物は楽しむけどな」


 他人の争いほど肴になるもんはねぇとレザーコートを漁り、中からクリアに反射する飲料の入ったガラス瓶を取り出した。親指でコルクを弾き飛ばすと勢いよく放射線を描いて繁る雑草に埋もれた。


「あの村で酒買っといて良かったぜ」

「わ、た、し、にも。ちょーだいちょーだい♡」


 ぬるりと隣に姿を見せるマッチポップはそう催促する。バンガスは彼女の酒瓶に伸びる手を避けるように引く。


「酒はやらねぇ。全部俺んだ」

「貴方に守り切れますか? 私のクリティカルグッドスピードドドドド——あたっ」


 連続して向かう手を交わし、バンガスは酒瓶の角を軽くマッチポップの額に小突き当てる。痛そうに顔を歪め不満気な目線がバンガスへと返った。


 場所は変わって一旦尻込みした戦闘の空気。再開には少し違和感が残るものの、全員が雄叫びを上げ武器を奮い始めた。


 ショートブレードを持つ者は盾に弾かれ、逆に器用に隙間を縫うレイピアの正確さは対処出来ず。鉄塊の如き大剣には押し潰されもする。逆に言えばそれらの弱点をピンポイントで防ぐブレイブアートも持つ。


 肉体に対する『堅牢強靭』。補助をする『隙目防護』『衝撃軽減』。特に守るという事に重きが置かれ、それに付随した能力を備える場合が多い。


 聖剣であるのなら『切断強化』がポピュラーで業物であればある程効果は高く発揮される。後は『隠遁斬撃』『衝撃透過』等、剣に合った用途に分かれる。


 銃を扱う者は弓矢と対峙した時、やはり継戦能力に於いて部がある。だがそれを補うブレイブアートを持つのもまた弓矢の特権だ。


 取り回しの良さから前面に立ち易い短弓の所持者は、単純に連続性を補う『連射補正』と矢に付与された様々な効果を駆使しながら相対する。


 少し離れたクロスボウには『自動装填』『強射強化』『存在希薄』などで機を待ち、確実に仕留める一撃を放つ。


 長弓に関しては『射撃補正』『矢撃追跡』『一帯可視』とそもそも接敵しない事を前提としたブレイブアートは多い。


 銃はどうなのか?。基礎性能であればどの武装より上に立てるが、その性能の良さが災いし強力なブレイブアートを宿し難い。


 『装填加速』『回避強化』『反動抑制』。材質が良かろうが能力的向上も期待し難い。これは元が人間由来の発明で逆輸入したという経緯がそうさせるのだろうか。


 銃弾の細やかな設計には最早ブレイブアートを宿せる隙がない。この武器を目の当たりにした数多の精霊はその職人魂に火が付いたとかなんとか。


 魔法使いが如き杖ともなれば、マッチポップの持つフューエルトベロスのように予想し難い能力が付与されるのが目立つ。


 『肉体変化』『凶運付与』『木々操作』。杖は戦場を一変させやすい強力なブレイブアートが多く存在するので、価値は非常に高く値段が目を見張り経済的な面から所有に難儀させる。


 精霊も敢えて供給を絞っているので尚の事市場には出回らず、新作ともなればそれ専用のオークションまで開催されるのだ。


 武装だけでも全てが一長一短、強くもあり弱くもある。それぞれに特徴がある。ブレイブアートという概念は状況次第で如何様にも変化しうる。


 それらがぶつかり始めた現在、様々な勢力が会する戦場では混沌を極めた。


 地上の乱れに乱れる状況を俯瞰していたリビアとその一団は、遠距離武装を備える者で船の端に集まっていた。そして帆船側面の一部が開き、外れた木板の奥から黒光りする砲塔が姿を現す。


「バンガス!! 後で私とも酒を交わしてくれよ!!! 砲撃隊構えェ!!」


 リビアの指示に各々の団員は遠距離武装を構える。現状上から撃ち下ろせる方針が集うギルドの中で一番有利であると言える。


 その目標の下で切り掛かった1人の女を十字架で沈めるシューベルゲンは帆船に目を移す。


「ッチ。仕方ありません! 遠征隊、合唱!!」


 シューベルゲンが左腕を持ち上げると、数人の黒マントが後ろに着き徐に鈍い金色の喇叭ラッパを取り出し口に当てた。


 音波と砲撃が交差する裏で、世界を割ったサークルオーダーの青年は数十人に取り囲まれている。その剣気は面々の肌を震えさえ冷や汗を引き出させる。


「行くぞ、ソルベーラ、ドルニクス。起きろブートオン——!」


 二つの聖剣が引き抜かれ、緋色と翠色の旋舞が軌跡を残す。


 ——どったんばったん大騒ぎ。土煙と衝撃音が耳を劈き木々は薙ぎ倒され、この大自然を闘争という繰り返されてきた生命の営みに塗り替える。


 バンガスとマッチポップはその血気盛んな光景に瞳を奪われ呆けていた。


 こいつらマジかよ……本気と書く方のやつじゃねーか。地形すら変わるぞおい。バンガスはそう思った。


 マッチポップがふらふらと立ち上がる。


「は、は、は……ハチャメチャが押し寄せてるぜい!!(反響)」

「キャパシティ超えてもそのノリなんだな……」

「マッチポップちゃんは品質安定、生産所から直送でお贈りしておりまーす。守れ!! 自国産業!!」


 こいつ割と良識がある……いやあるか? 無い。何でもないわ俺の勘違いだ。バンガスはマッチポップの評価を改める事はなかった。


 蓋を開けたまま飲み損なっていた酒にゆっくりと口を当て流し込む。液体が舌へ流れ込むと、バンガスはその味に不快感を覚える。


「んっ! 薄いなぁこの酒!」


 水でかなり薄まっていた。寧ろこれは純然たる水である。ほんのちょっぴりアルコールが鼻をくすぐる。


 あの爺さん観光がどうのこうの言ってたけど、それよりまず正さなきゃならん所があるんじゃないか。


 バンガスは仕方ないと渋々この水を酒と見做す事とした。

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