第29話 気付けば崖
「そういえばお芋さんを頂いたあの村も国境に近いですわよね? でも、避難民様っぽい方々はお見かけしていないのですが」
「オーライオーライアカテントー。散らばると大変ですので一つの村に誘導しているとか。私の仕事の区分とは違いますんで詳すくないどすけども」
「そうでいらしたのね」
急に何十人と押し掛けてしまえば衣食住の用意は特に大変ですわね。きっと王国の様々なギルドが大忙しなのかもしれませんわ。
アズライドはそう考える。
「多少窮屈だろうと一纏めにしちまった方が管理するのは楽だな。散々な目に遭ってる奴らがみんな良い奴なんてのはあり得ねぇしよ。心の奥底じゃどうにか自分の為だけに悪さしようと考えてるなんて当たり前よ。逆にこういう騒動の中ほど顔がひり出んだから」
バンガスは恐らく自身の経験から基づくであろう亡命者への主観を述べる。
実際追われた者に止まらず、人が集団で動くとなれば、いざこざを持ち込む不定の輩が紛れ込むのは阻止出来ない。そこに心理的不安な要素を組み込むのであれば尚の事人間は欲望の虜囚となりやすい。
そこをいかにして抑えるかが肝であり、避難民の取り扱いを誤れば国内部の不和にも繋がるのだ。
「守るためにって意味もありますよ。裏ギルドの人達は正に稼ぎ時ですからね〜。この前の『孤児院』とか虎視眈々ビキビキと狙っている筈ですからね。後は『
マッチポップは逆にそう言った。こちらもまた一理ある言葉だ。
身元も何もかもが無い混ぜとなった集団の1人や2人、数十人ですら隙を突いて捕らえるのは容易だろう。同様に金銭を奪うのもそう難しくはない。物の売り買いともなれば値段におかしいと感じていても必需品であるのなら買わざるを得ない。
それらから守るのもまた必要な事だ。それには一箇所に固めて警備を強くする方法を取るやる方が最適と言える。
アズライドはバンガス、マッチポップ両名の言葉には何方も納得が出来た。現実的な見方という意味では共通していたから。
気になったのは知らない裏ギルドの名前が連ねられた事か。
「マッチポップちゃんは、裏ギルドに詳しいのですね?」
「仕事柄噂を聞いたり姿を見る事もありますから。嫌でございます世知辛ハンニバル。ルンルンイェイのギギギのギ」
マッチポップちゃんワールドは開かれたままであるも、その口ぶりは面倒だなと言いたげに沈んでいた。
「名前忘れちまったんだけど何処か潰したんだよな。あれ何処だっけ」
「『木こり法師』じゃないですか?」
「……だったか? しっくり来ねぇわ」
「アウトサイド中のアウトサイド。殺人鬼達の集まりでしたが、ギルド毎壊滅しましたね。ざまぁねーぜい!(絶叫)」
「上から下まで丁寧に片付けたのは覚えてんだよなぁ。大仕事だったのにやけに弱かったからな彼奴ら。揃いも揃っててんで根性もねーでやんの。あまりにも釣り合ってねーもんだから戦いだけは記憶に残ってる」
そんなこんなで話を続けていると不意にバンガスが立ち止まり、釣られてマッチポップも止まり、更に後ろのアズライドも歩みを止める。
「……崖か」
まるで立ちはだかる壁の如き高い掛けがそこにはあった。マッチポップとアズライドはバンガスの横からそれを確かめる。
「大分高いですわね。迂回するのがよろしいのではなくて?」
「ここ突っ切っちまえばもう直ぐなんだよ……。マッチポップ、お前ぇこの前アズライド抱えて飛んで来てたな」
「可愛い女の子は何処までも運んで行けるマッチポップちゃんです」
「丁度良いから手伝え。俺が先行くから後で飛んで来い」
「し、仕方ないわね! 今回だけよ!? ツンツン」
「似合ってねぇぞ」
バンガスは目の前の壁面を触りニヤリと口角を上げた。しかしその様子はアズライド、そしてマッチポップには認識出来ないものである。
「お師匠様でもかなり厳しいのでは……。天まで届きそうなほど遠いですわ」
「舐めんなよ。俺ぁ何処へだって行けるのさ」
そう言ってバンガスはレザーコートから棍棒を取り出す。ブレイドリードの効果は正にこの時のためにあると言って良い。
軽快に棍棒を振って壁に足を押し付ける。そして片足でジャンプする様にもう片足も壁に着くとバンガスの体は水平に維持される。
そのまま一歩、二歩と気軽な様子で壁を歩くバンガスにアズライドは目を奪われた。
「曲芸ですわー!! お師匠様凄いですわ!」
「す、垂直な壁を……歩いてる……?」
マッチポップも息を呑む様な表情をしている。
いくらか進むとバンガスは振り返り、まるで地上にいるのと大差ない振る舞いで地面、壁面に胡座をかいた。
「見せ物じゃねーんだけどな」
「ずるーい! 私にも使わせろー! 大道芸人め!」
「へへへ……来れるもんなら来てみやがれよ」
「フューエルトベロス! 限界を超えて!」
不満げなマッチポップが取り出したるフューエルトベロスによりその姿は掻き消える。
「ヘブッ……!」
バンガスはそう無理矢理吐き出された息に声を纏わせ、背中に振って降りたマッチポップの体重×重力の合わせ技を食い地面に降り注いだ。
ブレイドリードの効果はあれど、他者が受けている既存法則の力はそのまま影響されるようだった。
勢いよく落下したバンガスの背中には女の子座りで固まるマッチポップが居る。アズライドは目が合った。
「大丈夫ですわ!?」
「わ、分からせ完了です」
「てッ……手前ぇ、さっさと降りろ……」
バンガスにそう言われちゃんと降りるマッチポップ。多少の良識は相変わらず残している。
バンガスは「ったく」と多くを語らずもそこまで怒りを見せなかった。慣れてしまったのか処世術なのか、アズライドにはその何方も含んでいると感じる。
同時にこのままバンガスに任せ自分が後からフォローしてもらう形が正しいのかと疑問が湧いた。先程足手纏いかと聞いたが、このままでは本当にそうなってしまうのではと。
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