第28話 蝗害ですわ!
* * * *
——恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。未だお恥ずかしいですわ……。
今日もバンガス追って歩くアズライドは、先日自分のしでかした行いに熱を纏わせる。
あまりにも我を忘れ過ぎたと、ここまでカッカするのはマッチポップと最初に戦った以来だと。とても身が焼け爛れるような思いだった。
アズライド、バンガス両名は現在元々の目的としていた国境を抜けるのを諦め、その歩みを北西の山岳地帯に向け進ませていた。そうなってしまうのには勿論理由がある。
「北のお国……大丈夫でしょうか」
「何ともならねぇって事はねぇだろうよ」
何故諦めるに至ったのか。歩みのさながらに、アズライドは北への国境を守る兵士とバンガスの会話を思い出した。
「——何? この先は通せないって?」
「はい。大変申し訳ありませんが」
大きな関門が設けられている北の国との境。バンガスは鋼鉄の鎧に全身を包んだ1人からそう告げられた。
他に人は無くやたらと閑散とした空気に混じり、ピリピリと張り詰めた雰囲気が此処にはあった。
やっぱり何か事件でもあったのでしょうか……。アズライドはバンガスの背中を見ながらただ話を聞いている。
「向こうの国とは仲が悪いってわけじゃなかったろ」
「あちらの国では今蝗害が発生していまして……知りませんか? 街や村には既に報が為されていると思いますが」
「あー……ま、諸事情でな。そんなにやばい事態なのか?」
「めちゃヤバです。草木に止まらず肉や無機物何もかもを食らう最悪な魔物が相変異しました。亡命する避難民も続々と出ております。……それでもと仰るのであれば門を開きますが」
「いや、止めとくわ。辛気臭ぇだろうしなんか削がれちまったよ」
「賢明なご判断かと」
踵を返したバンガスとアズライド。国境の更に関門付近ともなれば行き交う人通りも多くなる筈だが、妙に寒気が立つ伽藍堂な状態は酷く引っ掛かっていた。
その疑問は道中にも会話された。理由を聞かされた後、アズライドはそういう事情がお有りでしたのねと納得はいっている。
向こうでは恐らく国を挙げて蝗害への対処に勤しんでいる事だろう。しかし避難民が出てしまっている以上その成果は芳しくないと予想出来る。
この国にだけ逃げてきているという状況でもなさそうなので、一気に押し寄せ大挙するままに混乱状態とならないのは救いだ。
アズライドの中にある形容できない不安感は依然として存在している。
「だから言ったじゃないですか。今北の関門は越えられませんって。私達のギルドでも避難民が受け入れられた村に物資運んでんですから相当ですよ。ヤバムッチャ」
いつの間にやらアズライドの目線の先に、緑の服を纏わせるマッチポップの背中があった。毛玉がちらほら見えるが、これは素で取り忘れたのだろうか。
「……運び屋だっけ? 確か。ギルドランクいくつよ」
「4ですよ、フォー! 駆け上がれ10までの道! 3歩進んで2歩下がる♪」
「マッチポップちゃん。本当に下がらないでね?」
アズライドもバンガスもただ自然と、今までマッチポップは此処にいたのだとする反応だった。
居ないと思うからこそ驚くのだ。ならばもういっその事、常に行動していると考えた方が無駄に寿命を縮ませずに済む。
昨日の喧嘩があってか若干バンガスの言葉は軽く、控えめな物が感じられた。
「勝手に頑張ってな。俺ぁ知らねー」
「バンガスさんが入ってくれたら〜、一気に6になるのになぁ? カモンベイベシドロモドロ」
「駄目」
「あああああああぁぁぁぁ! 会話の勢いが通じない! マッチポップちゃんキングダムワールドが崩壊中! 積んで投げてポイポイポーイ補強ジャイ。私は挫けない! 勇気にピース空気は壊します」
お互いにギクシャクしてしまいそうな騒動があったとて、マッチポップのその人に対する接し方になんら違いは見られない。
変わらないなぁマッチポップちゃんは。アズライドはそう思いながら見慣れたものに安心した。
「お師匠様。マッチポップちゃんのお話だとSランクという事でしたが、此度の蝗害を解決なされたりしないのですわ?」
「自然災害だし命の営みにゃ手は出さねーよ。彼奴らだって生きてんだぜ」
「名誉ランクのM。SはセクスィーのS。アイムPぷりちぃ」
「お困りな方々が沢山おられます事よ?」
「それでもだな。大自然に生きると決めたからにゃ生存競争を是とする訳よ。外敵でもない限り——」
バンガスは分かりやすく言葉を詰まらせた。言い過ぎたとそんな気配が。
「外敵?」
「いや、何でもない。……北西の国はまだ結構距離があるんだよな。俺1人なら蝗害だろうが何だろうが突っ切れて行けたんだかな」
バンガスのブレイドリード『自由闊歩』の効果はアズライドも知っている。これも昨日仲直りがてらにバンガスが無理やり捻くり出した話題でもあった。
ブレイドリードの概念自体は実しやかに囁かれておりアズライドも知ってはいたものの、現実にそれを目の当たりにする事はなかったので「凄いですわ!」と感激していたのが記憶にも新しい。
アズライドは少しだけ瞳を落とす。バンガスの歩みの邪魔になってしまっているのかと。
「足手纏いですわ……?」
「そうかもな。でも、認めたのも俺だしな。ゆっくりのんびり行こうぜ」
バンガスのその言葉にアズライドは小さく笑った。
「ス〜〜ロ〜〜ォ〜〜」
「私もゆ〜〜くっ〜〜りで〜〜すわ〜〜」
そして唐突に始めたマッチポップの悪魔的儀式にも似た軟体的動作を真似る。
最近楽しい事の割合が増えて嬉しいですわね。もっと皆様にも分け与えられたら良いのに……。
マッチポップワールドに加わるのは劇薬であるもののその効果は絶大だ。幸福感の揺籠に誘われ全ては奇怪千万にシェイクする。負の感情が揮発しつつ溶け出るのだ。
「置いてくぞ」
バンガスは呆れ気味にそう言うのだが、何処か冗談のような余裕が感じられた。
「フリィィィィ〜〜〜ダアアアァァァムゥゥ〜ゥゥ……」
「それ以上やってみろ。昨日の続きが始まるぜ」
「ゥッ……ゥ……。うれピッピ…………」
……しかし何故かフリーダムダンスの兆候だけは見逃さず、確固たる敵意と苛立ちがそこに垣間見えるのだった。
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