第27話 シスターの我儘


 シューベルゲンは呆れ返るような瞳をシスターに向けた。それは隣にいる2人も同じで如何ともし難い空気感に包まれる。


「シスター……運営費、結構カツカツだってシューさん前言ってたよ」

「あまり面倒臭がると資金難で崩壊するど。この教会みたいになるど」


 2人はそう言った。


 シューベルゲンの頭の中では言葉そのままに入出費の計算で巡っている。主に商品の維持費や他メンバーに対する給金の支払い、倉庫だって借りているので都度費用が掛かる。細々とした消耗品まで含めると毎月ギリギリ。


 蝗害というイベントで起きる顧客の購買意欲の増加。それに伴って商品仕入れに邁進するのは急務なのである。


 ここで儲けておけば来年いっぱいは余裕が出来る。シューベルゲンはそう算段を立てていた。


「仕事したくないんだもーん! やだやだ。遊んで飲んで暮らしたいの!」


 しかしとしてシスターの面倒臭がりはシューベルゲンのプランを無為にするものだった。


「我儘言わないで欲しいど……。後で出そうかと思ったけど、そんな重要な話でもなさそうだから今出すど」


 認められないと両腕を畳んで左右に動くシスターの姿を無視し、太った男は自分の隣に置いてある長い木箱を前に出しその封を強引に開く。


 力で剥がすかの如く。その木箱の中にはみっちりと不揃いで歪んだ円形の根菜が詰まっていた。


「おや、時期ですか?」

「だど。妹一家が送ってくれたど。皆にもお裾分けだど」

「やった! ブロンの所の芋好きなんだ!」


 3人は木箱を囲むように集い、シスターもまたそちらへ近付く。


 屈んで見惚れるようにその内の一つを取り上げると、出し抜けにと芋へ勢いよく齧り付いた。その瞬間を目の当たりにした3人からは固まるような空気感が漏れる。


 な、生で……? いやそれよりも土も何もかも処理されてませんが……。


 明らかにドン引きのシューベルゲンを尻目に、味を確かめるようにシスターは何度も咀嚼する。生野菜のパリっとした歯応えの音に混じり、恐らく石か何か噛んでいるのか異音が挟まる。


「結構美味しいわ」


 引き続き食べ進める。


「シスター……生だし土付いてるど。そんな美味くないど」

「あら土だって食べられるのよ? 結構美味しいじゃなーい?」

「不味いど……」


 一つ食べ終えるとまた立ち上がる。そして態とらしく「こほん」と咳をすると真剣な眼差しを作る。


「少し話が逸れちゃったわね……。ブロンリボン・レッドグレーバ」

「だど」

「ハットテイク・トランスト」

「うん」

「そしてシューベルゲン・グレゴリウス」

「はい」


 名を呼ばれた3人はそれぞれ返事をし、その続くであろう指令、シスターの命令を待つ。


「私の命により今後蝗害のゴタゴタで忙しくなる事を認めません。決定事項です。私は寝ています。なので在庫を上手くやりくりして供給バランスが落ち着くまで静観をしていて下さい」


 にこやかにのたまうシスターに、シューベルゲンは仕方ありませんねと肩を落とした。


「ハット。いっぱい持って帰るど」

「わーい! ありがとうブロン!」


 太ったブロンリボンと男児のハットテイクは、シスターの事など露知らずと芋の振り分けを始めた。


「無視しないで聞いてよ! もうもう! 私、酔っ払っちゃうからね!」

「……こちらで上手くやっておきますので。シスターはどうかお気になさらず」


 盗み専門の『鼠口ねずみぐち』。物資を高値で売り付ける『雑貨屋』。この2つの裏ギルドには先を越されてしまいそうですね。……惜しいですが今まで通りやって行きましょう。


 命令は出されたとて現実的な問題は迫る。ならば、蝗害とは関係のない所から入荷すれば良い。イベント周りを国が警戒してるのは予測が立つ。多少手薄になる所が出来るかもしれない。


 言葉の隙を突く天邪鬼な考えだが仕方なし。目の前のシスターは小さな手をパチパチと鳴らす。


「シューちゃん偉い! 世界一! あ、そうだ♡ シューちゃんの壊れちゃったリボーレスボルアバン返って来たよ」

「おや、やっと直りましたか。これで一安心ですよ」


 シューベルゲンはとんだ災難だったと胸を撫で下ろした。


 バンガスにぶち折られてから配下に連れられ帰還した後、まず真っ先に自分の武装を修理出来ないかと掛け合った。


 シスターがどうやら野良の精霊と知り合いのようで、それならばと聖十字架リボーレスボルアバンを預けるに至ったのだ。


「聖アイテムが壊れるなんて初めて見たど。一体何があったど?」

「僕も気になるよ。あり得ないもんね」


 精霊の作り上げる聖アイテムは基本的に壊れる事はない。自ブレイブアートの副作用で破壊を齎す事はあれ、外部からの影響で傷をつける事はないのだ。


 シューベルゲンは毎日その現象について考察していた。未知のブレイブアートを宿す聖アイテムをバンガスが持っていたのか、はたまた大乱闘の最中に他所のギルドの聖アイテム効果を食らったのか。


「……精霊が同じ精霊のアイィテムを壊すような物を作るとは考えられません。無効化の能力は広く知れ渡っていますし破壊の事象は初めての体験です」

「多分だけど作っちゃったら精霊捕まるよね」


 聖アイテムを作る精霊とはそもそもが職人だ。それぞれの領分を根底の部分で侵す効果を付与するとは考え辛い。


 この前提がある以上聖アイテムの効果でという考えはしっくりこないのだ。であるならば、一つの可能性が導き出される。


「なので私の推測なのですが……恐らくバンガスさんはブレェイドリードの力を所有しているのかと思われます」


 棍棒との接触で折れた。そして聖アイテムを壊す強力な効果。この二つからブレイドリードが棍棒とバンガスの間で発現しているとしか考えられず。


「強力な能力だど。あり得る話だど」

「もしそうなら厄介ですね非常に……シスター?」


 3人はごちゃごちゃと話し合っている最中、シスターはひたすらに自分の小さな鞄を漁っていた。時々唸り声を上げていたのは気になっていたが。


「あれー? 私何処に仕舞ったのかなぁ。リボーレスボルアバン見つからないよー」

「長いのですから目立ちませんか? いくら拡張保存があるとはいえ定期的に整理した方が良いですよ。ズボラも程々にして下さいね」


 だらしのない方ですね本当。口にはとても出せない言葉をシューベルゲンは思う。


「あ、あったあった! ごめんね。ゴミの中に埋もれちゃってた」


 舌を出しこめかみに拳を当てるシスター。そして取り出される聖十字架リボーレスボルアバンの姿は変化していた。折れた部分を巻くように包帯がされ、その上から金色の釘のような物が点々と打ち付けられている。


 シューベルゲンはその変貌した聖十字架よりも、シスターの発言に血の気が引いた。


「ゴミを……拡張保存のアァイテムの中に……?」


 そこまでものぐさが極まっているとは……。シューベルゲンの様子を見たシスターは焦り様に手と首を振る。


「いや……冗談! 冗談なの! ゴミなんて入ってないわ言葉の綾よ!」

「ほんとかなぁ?」

「嘘だど」


 ブロンとハットの言葉は見え透いたものであると告げる。


「…………最近、見るにも増してお太りになられたのでは? 出不精が見え過ぎです」

「ガビーン。女の子に一番効いちゃう言葉……」


 最初に出会った頃と比べ随分と膨よかになった。昔を思えば思うほど、なんとも情けなくなる。


「その内オデになるど」

「その日は近いね」

「いやんいやん! ダイエット頑張るんだもん!」


 変わらぬぶりっ子は健在。ただまぁ、武器が返った事は喜びましょうかとシューベルゲンは思った。

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