第26話 裏ギルド『孤児院』
* * * *
暗がりの天幕が降り、月明かりは雲というフィルターに掛かり星々の命脈さえも朧げにする。
営みは寝静まる。自然の風力は途絶え、微かにだが湿った雨の気配を感じさせる匂いが辺りには生じている。
崩れ落ちた教会がそこにはある。
伸びる塔が立っていたと思しき残骸が横に倒れ、鐘が瓦礫を潰す有様が目を引いた。
付随するように家屋の半身はその崩壊に釣られ、残った所も屋根瓦の殆どが滑り落ち割れていた。
蔦と苔に覆われた信奉者の像が立つ。周辺の庭は雑草が歓喜を上げるように生え広がっているが、残る痕跡から元々は人の手が加えられていたのだろうと推察出来る。
ただの残骸。歴史の屍。そんな役目の終えた教会を足音も立てず目指す1人の男が居た。
黒いスーツに黒いローブを羽織り、そのキューティクル輝くサラサラヘアーに掛かる目元には小さな丸眼鏡が置かれている。
銀色のアームカバーは灯り少ない夜の道行きでも主張する。
シューベルゲン・グレゴリウス。その表情は嘲笑うわけでも嫌味なわけでもない。特に何も考えずといった具合。
気になるのは顎の位置か。若干カクカクするので何処かズレている。手慰みに鳴らしてしまう。
皆様もうお集まりでしょうか。そう思いながらシューベルゲンは像を中心として囲む小さな階段を登り、元は両開きであるも現在は半分を失くすその扉の先へ歩く。
既に目の前にいる者達は見えている。私が最後ですねと淡々と思う。
1人はまるでボールのようにシルエットが丸く、香ばしい肉の匂いと共に行儀の悪い咀嚼音を響かせている。汗を滲ませ食事に没頭するその姿は強迫観念をも感じさせる。
もう1人は子供のように背が低い。いや、実際に子供なのかもしれない。童のように無邪気な笑顔に不釣り合いな黒い眼が特徴だ。何故かその全身が古傷で塗れている。
この特徴的な2人を前にして、その先に講壇の側で、もう1人が屈み込んで祈りを捧げている。
「お待たせしてしまいましたか」
シューベルゲンは静かに告げ、男児と太った男の間に立った。
「待ってないけど待ってたよ。良いか悪いかは僕に分からないけど」
「申し訳ありませんね」
子供の言葉にそう返す。口だけのものだ。
「オデに飯奢ってくれど。それでチャ、チャラにする……」
「私が破産してしまいますよ」
まるで演技をするように、困ったと言葉に色を乗せる。
際限なく食い散らかされてしまえば、お金等いくらあったとて足りないのですから。
内心では本当に参っているが、それを感じさせない胡散臭さはあった。
「皆——忙しい所集まってもらってごめんなさいね」
奥で両手を握り締めていたもう1人。青白い聖堂服に身を包み、振り返ったそのフードの端から金色の髪を覗かせる。
同じく金色の瞳は聖母の如く優しげで、垂れているのも相まって、見る者の精神をその内に抱え込む。ゆったりとした泥濘の印象を与えた。
時間が恐ろしく溶けていくように。意識が喜んで受け入れるかのように。
その幻惑は火として、誘われる者は虫なのだろう。
「そこまで忙しくは……」
「暇!」
「常に食事時だど」
しかしそんな雰囲気にも慣れているようで、この場の3人は続け様にそう口にする。
シューベルゲン。男児。太った男。そしてこのシスター。4人の管理職でもって裏ギルド『孤児院』は経営されている。
そもそも裏ギルドとは、ギルドと付いているものの公的機関に認められた手続きを踏んだものじゃない。もっと原始的なただのグループ、寄り合い所帯といった面が大きい。
行き場のない者達が、その素養を糸として吊り上げる、吹けば飛ぶような紙切れの如き集まり。相互補助。
反社会的行いによって名声と地位を得る。問題になればなるほど、彼等にとってはランクが上がるとされるのだ。
シスターは肉付きの良い人差し指を一本立て、そして小さくメトロノームのように揺らした。随分と健康的な肌色である。
「うふふ……今日はね? 知っているかもしれないのだけど、とある北の国の話をしたいと思ったのよ」
誇らし気にそう言った。シューベルゲンは彼女が何を言いたいのかピンと来た。
「あぁ、蝗害ですか」
「シューちゃんネタバラシ早すぎ! もうちょっと含みを持たせたかったのに!」
肌に走る皺からもうぶりっ子をかますような歳でもない。しかし持ち前の整った顔立ちには補うほどの力はある。
「攫って来る予定だったよ」
「俺たち何処でも行くど」
男児と太った男はそう述べる。シューベルゲンもわざわざ集めて言わなくても、自分達のギルドとしての存在意義から避難民の1人や2人は攫いに向かう予定を立てていた。
倉庫もまだまだ空きがある。裏ギルド対策を強く推し進めるこの国の方針のせいで難易度は上がっているので今の内に抑えておきたい。
「在庫から考えてそろそろ入荷したいと思っていましたからね。最近は何処も目が厳しいので、こんな機会を逃すわけにいきません」
シューベルゲンはそう言った。シスターは瞳を閉じると若干上を向く。何故かタイミングよろしく雲の切れ間から彼女へ月明かりが差した。
「そう。蝗害により国を追われた避難民が今一ヶ所の村に集まっている。正に私達『孤児院』の出番で稼ぎ時、これからがチャンスの繁忙期なんだけどね——面倒じゃないかしら?」
シスターは何者をも逃れさせないと、そんな意思を内在させるが如き圧を乗せる。
「面倒?」
「ええ。繁忙期って事は忙しいって事でしょ? 私、そんな面倒臭い事したくないなーって思って。皆んなも楽したくて堪らないでしょう?」
真面目に考えていたシューベルゲンは一気に呆れ返る。
そういう事ですか。この何時にも増して鳥肌の立つ媚び
溜息を吐きながら、ズレた眼鏡の間を持ち上げる。
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