第25話 大噴火の巻き添え


 ふと、自分の頭にもかなりの血が登っていた事に気が付いた。アズライドの必死の有様がバンガスの精神に働きかけ、少し俯瞰するように頭が回り始める。


 そうなると途端に自分がやろうとしている事が滑稽に思えた。求める自由からも離れて行ってしまっているのではないかと。


 バンガスの内に宿るブレイドリードも少し霞んでいる。この執着は断固として間違いであると告げているようだ。


 初心忘れるべからず。バンガスは戦闘態勢を解いて棍棒を下げる。


「…………やめだ、悪かったよ。大人気なかったな」

「ボコボコのボコにいたします事よ! 闘争闘争闘争ですわ!」

「止めたいんじゃねーのかよ! なんなんだ一体!?」


 意気消沈に恥ずかしくも謝る事を見せたバンガス。しかし、それに反して全く勢いが治らないアズライドの姿に言葉を荒げた。


 なんなら彼女の熱量はどんどん高まりつつある。この場の気温すら変化し、アズライドの足にある雑草が萎びているようにも見える。


 アズライドの瞳には血走るような瞳孔が開き切っていた。


「全部……壊したいですわ! 何もかも! ギャオオオオオオオオオオオオオオオン!! お覚悟! お覚悟ですわ! フ、フンビャラバアアアアアア!! 滅殺!」


 勢いばかりが先んじて、醸し出す闘気が蜃気楼を作り出す。


 バンガスは困惑した。このアズライドという女はなんなのか。そして感じた事のない心からの焦りはどうして生まれるのか。


「ヒートアップしたアズちゃんは正に暴走機関車でございます。ゲージアゲアゲライン越え。パリン。限界突破のその先に我を忘れてしまうのです」


 答え合わせのようにマッチポップは語る。


「マジ?」

「大マジマージのアップリケ」


 多少癖はある女と思っていたが、多少どころじゃねぇ! マッチポップと同等な面倒臭さじゃねーか!。


 バンガスその時初めて後悔した。思想が似ているとの一点で弟子を受け入れてしまった事に。


「普段は頑張って抑えてるみたいですけれど、私達がその枷を壊しましたね。怒りで震えて怒りが収まらない超絶大噴火タイムです」


 マッチポップがあまりに淡々と語るので、バンガスはそれが寧ろ怖い。真面目にやる時は真面目にやらないといけない時。それがマッチポップという女の子であると知っている。


「お、おいアズライド。落ち着けよ……」


 普段ブイブイ言わせているバンガスも及び腰になっている。戦う事は造作もないのだが、その迫力は今まで出会った何よりも苛烈、激烈である。


「落ち着いていますわああああ! こんなにも落ち着いているではありませんかああぁぁ! 掛かって来ないのでしたら! こっちから行きますわよ! 許せない許せない許せませんわああああああああぁぁぁ!! 冷静!」


 その圧力に物怖じしつつも仕方ないとまた棍棒を構える。その時——。


「——この前は、私達のギルメンが世話になったね」


 何処からともなく脳内に直接語りかけるような声色が届いた。エコーが掛かるように反響し、それは記憶に深く結び付ける強制力がある。


 バンガスは辺りを見やる。マッチポップとアズライドも同じ状況のようで、顔を歪めながら周囲を見渡し始めた。


 その折。


 大自然のある一角が割れる。世界の空間が歪み捩れ、恐れ多くも蹴り破るのは、すらっと伸びる右足だった。


 真黒いタイツが誘い込むかの如く妖艶に。その足先に履かれた靴は、青暗い結晶を用いて拵えたと見える彫像のようなヒール。


 地面を軽快に叩くとまるで散歩の如き優美さで現出する。チリとなった世界の欠片がその者にステージ上での登場演出かと思わせる。目を奪われるような存在感を示した。


 その者に目立つのは白というよりも透明。肩まで伸びるクリアな白髪が後ろで纏められている様だ。


 力無く全てが無意味で価値なき者と言いたげな雪原のような瞳だった。


 広く大きな手は肉が少なく関節が浮き出て、触れる者皆悉く命を吸い上げるような想像を掻き立てる。


 3人の視線はこの女に注がれる。


「調停ギルド『サークルオーダー』が1人。……さぁバンガス君。貴方を我がリーダーが御所望よ? その力、腐らせて置くには勿体無いのだから」


 言葉の色はその風体を置き去りに、感情がありありと籠るものだった。


 そこそこ——だな。バンガスはその女の振る舞いから力量を予測する。ただ奇妙なのは、その現れたる者から人の匂いがしない事だった。


 生き物であれば大なり小なり匂いがする。臭かろうと良かろうと匂いは匂いだ。それはとても奇妙に尽きる。


「タ、タイミング激悪の角刈り……」


 バンガスの小さな危機感を他所にマッチポップはそう言った。バンガスの目がアズライドに向く。


「邪魔者さんですわ!? まず貴方から破壊あそばせ!!」


 聖大楯マリオンを抱えたアズライドが、その怒りのままに突貫する。


 突然の事に白髪の女も少しの焦りを見せたが、すぐさまその聖大楯に手を当て、力を受け流すように自然に衝突を回避する。


 少し先で振り返ったアズライドの表情は怒りに満ち溢れている。


「おやおや随分と怒りんぼさんじゃないか。そんなに前だけ見ていると足下掬われちゃうよ? 聖扇メリニミア! 殻変メタモルフォーゼ!」


 聖扇メリニミア。いつの間にやら握られていた武器を開き、その白髪の女を包み込むように泡が広がる——が。


「ヘブッ!」


 アズライドの聖大楯マリオン。勢いよく投げ捨てられた聖なる武器が女の変身を差し止める。

 

 素っ頓狂に倒れた女の下にアズライドは立ち、落ちた聖大楯マリオンを拾い上げ振りかぶった。


「メリメリだかメニモニだか知りませんわああ!!! 殴打殴打殴打ですわあぁ! お煎餅さんです!! 傷口にお醤油さん塗りたくりますわあああぁぁぁ!!」


 怒りのままアズライドの攻撃が炸裂する。バンガスですら見ていられず、逸らすほどにそれはもう豪快にペシャンコである。


「南無ヘブン。ゴートゥヘルヘル命減る」

「……どうしてこうも変な女に縁が」

「類友ですよ。ズッ友ズッキューン♪」

「古くね?」


 2人の会話を他所にアズライドの発散は暫く続くのだった。


 ……辺りは静かになった。


 よく分からないけど勝ったな。そうバンガスは染み染みに思う。


「はぁはぁはぁ。やっと落ち着き……ませんわああああああぁぁぁぁぁ!!! どうして上手くいかないんですのおおおおお!! 私、こんなに頑張ってるのにいいいぃぃぃ!!」


 アズライドも落ち着きを見せたかと思ったが、その噴火は継続され聖大楯マリオンの殴打に再度活用される。


 マッチポップが慌て様に近寄った。バンガスはその蛮勇に無茶な真似をと焦りを覚えた。


「ア、アズちゃんもう喧嘩しませんので……仲直り! そう仲直りしました! ですよねバンガスさん!?」

「え? あ、おおう。仲直り! 仲直りだな!」


 マッチポップに合わせると、アズライドの目がこちらに向く。


「あっそれ仲直り! オールデイッ!」

「なっかなおり! なっかなおり!」


 もうどうにでもなれ。バンガスはマッチポップと肩を組んでステップを踏む。


 しかし血走る目は聖大楯マリオンに隠されバンガス達に正面を向ける。


「お友達同士が傷付くくらいなら……私がボカスカに致しますわあああぁぁぁぁ!! さぁ武器を構えて下さいませえええぇぇぇ!!」

「悪かったアズライド。悪かった……」

「も、もう喧嘩しないのでどうかお怒りを鎮め下さい……」


 マッチポップはまだしも何故かバンガスまで膝を付いていた。これもまたある意味自由と呼べる振る舞いなのかもしれない。少し無茶はあるが。


 そこからどうにかあの手この手でアズライドを落ち着かせ、燃料の切れたであろうアズライドは体育座りで灰になる。


 生きた心地がしなかったぜ……,


 バンガスとマッチポップの2人は一仕事終えた顔付きで、今し方アズライドにやられた女の様子を見に行った。


「ワタシ、オセンベイニナチャタヨ」

「それでよく生きてますね……」


 まるで布製品のようにヒラヒラしている。本当に何故生きているのかバンガスにも分からない。


「キョ、キョウハカエルワ。デモネ、ダイサンダイヨンノシカクガイクカラ。サヨウナラ」


 白髪の女はその言葉を残し、来た時と同じように世界を割って姿を消した。


 マッチポップの視線が突き刺さる。


「だそうですよバンガスさん」

「……前に来た奴といい、ちゃんと戦えそうにねー気配」


 調停ギルド『サークルオーダー』。不憫な奴らだな。


 バンガスは珍しくも同情していた。

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