第30話 ウォークイン崖
この高い崖を自分1人で登り切る。アズライド自身も正直無謀な挑戦だとしか思えない。
だが自由でありたいと思うのであれば、これは謂わば試練。乗り越えなくてはならない壁。実際の壁でもあるが。
やってやりますわ!。アズライドは胸の内に込み上げる熱い感情を放つ。
「……折角ですがお師匠様! 手助けはご無用ですわ! 私1人で攻略してみせます!」
「いや上れねーだろ素直に甘えとけよ」
「自分の事は自分でやる……。これがお師匠様の後を行く私が、やらなきゃならない大前提なのです! 頼り切りの中に自由はありませんことよ!」
瞳の中にメラメラと炎を宿すアズライド。バンガスは小さく微笑みながら立ち上がり体の砂を払った。
この断崖絶壁を越えるアイテム……そうですわ! あれがありますわ!。
アズライドはピンと来て自分の『拡張保存』付きバッグを開いた。
「えーっと……あれでもないわ。これでもないわ」
「アズちゃん何をお探しで?」
「私の持つアイテムに確か……有りましたわ!」
ごちゃごちゃとしたバッグの中で一纏りになったそのアイテムを取り上げ天に掲げる。
「てけてけてん、てん! 聖手袋クリューエン! これを応用すれば私も登れますわ! お2人はどうかお先に行って下さいませ!」
聖手袋クリューエン。まるで調理の際に熱い物を持つかの如く、内側に綿がパンパンに詰め込まれた手袋。親指とそれ以外で持ち手が作られ、細かい動作には難儀すると見える。2枚組だ。
効果はこの手袋を着けた状態で、手を繋ぎたいと強く思う者と強制的に手を繋げさせるという物。
やりますわー!。アズライドのやる気は十分を超え仕上がっている。嵌めた姿は調理場に立つ姿を想起させた。
「そこまで自信たっぷりなら、まぁ頑張れや」
バンガスはアズライドの様子に最早言葉は要らないと言いたげに振り返り、そそくさと凸凹の壁を駆け上がって行く。
「私はここでアズちゃんな勇姿を見届けます。ガールズプライド、プラカード! エイエイ女ぁ! 意地っ張り筋肉ダルマに一泡吹かせ!」
マッチポップはアズライドの隣で、手を丸めラッパを作りそう言った。
「ふんす! 全力の使命感で駆け登りますわよ!」
その意気込みのままにアズライドはゆっくりと崖に手を掛けて行く。
実際には掌を壁に押し当てるといった感覚が正しいか。アズライドは思考の1番に、この壁と手を繋ぎたいのだと強く念じて次の手を当てる。
すると強制力の働いた手袋は壁とかなり強く密着。アズライド1人の重量を支えて、もう片方にも念じると其方も密着。
足を掛けるのに問題ない出っ張りを支えにしながら交互に登って行く。
下を見たら一気に怖くなりますわ! だから絶対見ません見ないまま掛け抜く!。
意思冷めずとも歩みは慎重にならざるを得なかった。
ザラザラとした壁の質感には、肌が擦れるだけで削られそうなほどに鋭利。今にも切り裂こうと怪しく待ち構えている。
それを器用にも躱しつつ、たまに生える水気を帯びた青黒い苔が視界に映る。
過ぎ去る頃にはアズライドの熱気にやられ萎んでしまうのだが。
「イケイケゴーゴー! か、け、あ、がれ♪ レガシー一本!!」
下では相変わらずマッチポップが騒ぎ立てているも、緊迫感の中にいるアズライドには普段と変わらないそれが自分を落ち着かせる。
中腹ぐらいまで来るとやたらと強い突風が吹いた。アズライドの桃色のドレスが巻き込まれ大きくはためかせた。
さ、寒くなって来ましたわー!。素肌が妙にひんやりとして体温を奪い去る。
何とか耐えながらも進み続け、漸くアズライドの手は崖上の出っ張りに掛かるのである。
もうちょっと……。乗り上げ、前に這うようにアズライドは躍り出た。アイテムを使ったとて全身から滝のように流れる汗は止めどない。
最後の最後が特に緊張する。終わり間際というものはやけに神経を昂らせるのだ。
お師匠様との初日並みに堪えましたわ。ですが、登り切りましたのよ。為せば成るです。
「お疲れー。結構しんどいだろ」
「まだまだですわ! こんなもの朝飯前ですので!」
「そうかい」
待っていたバンガスの労いの言葉はアズライドの心に沁みていた。
間を置かずにバンガスの真後ろからひょっこりマッチポップも姿を見せる。
「ヒヤヒヤピタピタブルブル。ブレイブアートを使用しているとはいえ、流石のマッチポップちゃんもご心配の雨霰」
「応援ありがとうございました。マッチポップちゃん」
「もっと褒めて下さい。甘やかして下さい」
「マ、マッチポップちゃん最高ですわ! 超絶乙女の大納言!」
「いやぁ照れちゃうなぁ」
「変な女……」
断崖絶壁の崖クリア。アズライドの心中はやはりとして達成感に満ち溢れている。なんとかその背中を付いて行けるのだと。
この聖アイテムにも感謝ですわね。そう思いながら手袋を外そうとするが——。
「ん、あれ? 取れませんわ」
引っ付いているような感覚を手首に残して、どの方向に引っ張っても抜ける気配がない。
「どうしたのですか」
「手袋が取れなくって……」
無理矢理強めに剥がそうとすると、その瞬間明らかに場違いな電子音が手袋から響いた。
「ピコン」
「ピコン?」
アズライドとマッチポップは首を傾げる。
そして不意に、熱の籠る暖かみと肌に当たる布地の感覚が潰えた。
「あ、取れました。というか無くなりましたわ!?」
アズライドの艶々お手てが露出しているものの、今まで付けていた手袋がそっくり姿を消している。
ど、どこに行ってしまいましたの!? 何故!?。
アズライドは慌てながら辺りを見回した。
「どうなってんだこれ!!?」
次いでバンガスの大声が響いた。
アズライドとマッチポップの視線がそちらに向かうと、バンガスが持っていたであろう棍棒が地面を転がりその両手には……。
大きなカラーボールが2つ、七色にピカピカと光を放っている。
オーディエンスを沸かせるが如く定期的に色彩を移り変わらせ、名も無い音楽を幻聴させるパリピ達のマストアイテム。それがバンガス両手を覆い被さっていたのだ。
「……ちょっときゃわきゃわですね」
「何処がじゃ」
2人の掛け合いを他所にアズライドの頭はぐわんぐわんと酩酊の如く回る。
「わ、訳が分かりませんわ!? どうなってますの!?」
「もしかしてマイナス効果じゃないですか? 丁度バンガスさんの手に二つ嵌ってますし」
「ええ!? でも鑑定してくれた精霊さんは何も言ってませんでしたわ!?」
効果の分からない聖アイテムを鑑定し、その内容を教えてくれる鑑定屋と呼ばれる店がある。これは専ら製作者と同じ精霊が商うのだ。
「精霊もピンキリだぞ……性格悪いやつに当たったんじゃねーか? ていうかどうすりゃいいんだこれ……」
「な、何とか出来るアイテムがあった筈なのですわ! えー、あれでもない! これでもない!」
アズライドは自身の記憶を頼りに、この現状をどうにか出来るであろうアイテムを求めバッグを
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