第7話 終わりの三撃
「酒酒酒酒、酒ッさけえええぇぇぇぇ!! 愛してる♪ てってれーてんてん♪」
「歌ってもやらんけど」
「チクショー! 私の純情歌に乗せて、しかし届かぬマイスイートピ〜。いけず! いけず! いけず! いけず! あっそれ!」
「鬱陶しいいいぃぃ!! 黙ってられねぇのかよ!」
マッチポップの執着心はあまりにも凄まじく、その歯牙は常にバンガスの喉元まで手が伸びた。交わす方からすれば鬱陶しい事この上ない。
不意に止まったマッチポップの手が引かれ、正された姿勢に人形のような目が閉じられる。
「私が本当に黙る時、それは——いや、私って黙れるの? そもそも黙るってなんなのでしょうか。口を閉じる事? 思考を閉じる事? 存在を消す事? 私が私である故にその全ては不適切であると言えます。あぁ、メメントモリ」
静か、されど狂う。マッチポップの存在強度は未だ下降を見せず、加速するばかりな有様に愕然とするバンガスである。
「元々不味いけど、酒が不味くなると言っとくわ」
「ビターマインド。苦くてしつこいお、あ、じ♡。謀ったなああぁぁぁ! 心の城門押し開け隊。かわちーですねぇサイコーですねぇ」
「差し引きマイナス50」
「この美貌は無量大数ううぅぅぅ。うがああああおおおおおおお!!! 天光!! ぴかーっぴかぴかっ。ビガビガ!」
「つかれた」
水が美味い。バンガスはそう思った。
天を我が物とする空の帆船は、それでも一点に目立つ事が災いし、遠距離武器の飽和攻撃に晒されていた。分厚い装甲故に機能を失う事はなかったが、やがて限界を迎えたのか煙を上げ高度を下げていく。
「バンガス! バンガァァァァァァス! この船墜ちようとも! されどまたいつか! お前を奪いに来るからなぁぁぁ!!」
バランスの崩れた船内で船員に抱えられながら、リビアはそう泣き叫び、遠くの彼方へと帆船ごと姿を消して行くのであった。
レイドボス的な扱いを受けた強力なギルドが一つ退場し、この戦闘は多少の静けさを伴って続行される。方針の一団は大多数のギルドのメンバーを床に着かせ、結果だけ見た時に彼等の役割は間引きの位置に収まるだろう。
数人の叫び声と闘志の吠えが響き渡り、それも暫くすれば途絶え、この大自然は元の環境を取り戻す。……破壊された箇所を除いて。
バンガスは飲み干した酒瓶をレザーコートに仕舞う。
「随分静かになっちゃいましたね。ここは一つ、私が盛り上げて」
「やらんでいい。ま、決着がついたんだろうその空気だこれは」
戦闘の後の静けさ。帷が降りた際に漂う、体の芯から熱を奪うような感覚。バンガスにはそれが感じられた。
全員眠りに着いたかなとバンガスが思っていると、川向こうから千鳥足に規則性がなく蹴る音に加え大きく息を枯らした呼吸が近付いて来る。
「お、誰か来ますね誰でしょね。あなたはだーれ?」
マッチポップの鳴き声を横で聴きつつ、バンガスは掴み損ねた棍棒を再度握り直し立ち上がる。
「トドメ刺しに行くかな」
「ド、ドSですね……バンガスさん」
バンガスは胸を張って棍棒を肩に担ぎ、小川の方へ歩いて行くと生き残った者の姿を見せる。
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんとか勝利致しましたよぉフゥフフ」
黒いマントは泥や土煙に塗れ、髪も同じく汚れ、眼鏡に至っては右側半分を消失し左の耳から情けなくフレームが垂れ下がる。
奴隷商ギルド『孤児院』そこに所属するシューベルゲンが震える両足で立つ。
「シュー……シューベルゲン? か確か。お前ぇが最後まで立ってんのかよ」
「間一髪でしたがね。全く方針にはしてやられましたよ、私の部隊が全滅させられるとは……。その代償は払って貰いましたが、我らがリーダーには小言を言われそうです」
少し遠くを見るような目をシューベルゲンは地面に落とす。
「あの剣呑な奴ぁどうしたよ。強そうだったろ」
「砲撃に巻き込まれ吹き飛びました」
「あ、普通にやられちゃうのね。あんな
俺こそが強者ですけど文句ありますか。そんな立ち振る舞いだったのに存外期待外れだな。
バンガスはそう思った。
シューベルゲンは乾いた笑いを浮かべると、その片手に持つ鋭利な針を備えた金属製の輪を見せ付けた。
「ふっふっふ。貴方にはこの首輪、聖枷パライゾゥを嵌めて貰いますよ。この戦いで被った損害も貴方1人でチャラに出来るどころかお釣りもわんさか……」
「おらよ」
話を遮るバンガスの上腕二頭筋に力が籠り、血管がピンピンに浮き出ると、振りかぶって投じられた棍棒が回転し勢いよくシューベルゲンに向かう。
シューベルゲンは冷静に叩き落とした。その折、棍棒と接触した十字架は、小気味良く中心辺りで割り折れる。
その十字架は皮一枚で繋がり、右へ左へと揺蕩する様をマッチポップ、シューベルゲンは時が止まったように見つめた。
「……Oh Nooooooooooo!!! わた、わ、わたたきしの、聖十字架リボーレス・ボルアバンが! なんて事を……何で!? どうして壊れるのですか!?」
「ただの棍棒なのでは!!??」
発狂するシューベルゲンに困惑するマッチポップ。バンガスはマッチポップの方へ振り返った。
「使ってりゃ壊れる。そりゃ自然な事だ」
無表情にその言葉を言い放ち、レザーコートに手を突っ込むとまた棍棒を取り出した。
「そんな訳ないでしょう! お、おのれ……おのれぇぇぇぇ!! 絶対に許しません! あな、貴方ァ!! 八つ裂きにしてッ!!」
頭に血が昇った様子のシューベルゲンは服の内側に手を入れる。
その動きをバンガスは『拡張保存』のアイテムだと当たりを付け、足の前脛骨筋から長母趾伸筋までを一気に張り漲らし砂利土を跳ね上げる。
その瞬発は瞬く間にシューベルゲンの目前に迫る。
「あらよっと」
「へぶッッ!!」
振り下げた棍棒は聖枷パライゾを砕き散らし、連続してシューベルゲンの顎を撃ち抜いた。
首をガクンガクンと揺らす白目のシューベルゲンはそのまま仰向けに沈むのであった。
「はあーあ。これで終了……」
仕舞いだと面倒に片が付いたバンガスは火の元に戻る。口をパクパクさせていたマッチポップは晴れやかに両腕を高く掲げた。
「VVV! 大勝利のDDD! バンガスさんの獲得権はこの私! 運び屋のマッチポップが得たりいいい!! 爆弾投下!」
「お前も寝るか?」
棍棒は依然、バンガスの手元にある。
「冗談です。ご冗談。イッツアジョーク! あーやめてやめてやめて下さい! 今日はもう帰りますから! また来ますけど!」
「もう来んなよ……」
「アディオス・ア・ミーゴ!! 次回のマッチポップちゃんをお楽しみに!」
勢いのままに聖杖フューエルトベロスの鳥の装飾が淡く発光し、マッチポップの姿形は露の如くその場から消失するのだった。
バンガスに許される精神的な限界値を見極めるのは、このマッチポップという女はとても上手かったのである。
「程遠いな……自由……」
誰も居なくなった大自然の小川のほとり、噛み締めるようなバンガスの言葉がポツリと残るのだった。
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