第8話 ギルド『運び屋』

* * * *




 とある城下町のとある食料品店。人気の少ないその店内で、ずれたグリーン帽を直す1人の青髪の女の子が紐を編んだカゴを一つ持っていた。


 同時にその手には小さな紙片に文字が書かれた物が。女の子は食い入るように凝視する。そして脳裏に記憶したその食品を目掛け一気に駆け出した。


「お肉、お魚、パンにピクルス。調味料おお! 調味料おお! 野菜野菜野菜!!」

「あ、相変わらず元気だなポップちゃん……」


 カウンターに座る肘を突いた親父が、若干困惑するような目でその女の子……マッチポップを見る。


 素早く目的の物が揃ったカゴを、その親父の居るカウンターに置いた。


「お会計よろしくお願いします!」

「はいはい……。ミザリスさんの所か?」

「その鋭さ、ナイスですね!」


 支払いを終えたマッチポップは紙袋を抱え店内から外に出る。明るい日差しが照らす真昼間に、目に映る街道は点々と人集りが存在した。恐らく食事を目的としたものだろう。


 マッチポップは絆されてちょっとお腹減ったなと思いつつ、服の内に仕舞うピンクのポシェットから、その許容量を明らかに超えた大きさの聖杖フューエルトベロスを引き出す。


「何処までも飛んで行きます。フューエルトベロス!」


 目的地はミザリスさんの背後! マッチポップの視界が白く染まり、外の風景を映していた筈が生活感のある部屋の内装へと切り替わる。


 目の前には背を向け椅子に座る何者かが居た。マッチポップの嗅覚が芳醇な茶の匂いを感じ取り、その前ではお茶を嗜んでいるのだと判断する。


 茶の入ったコップがテーブルに小さく音を鳴らし、吐息と共に手が離れ肘を後ろに引かれる。


「お邪魔します! ミザリスさん!」


 マッチポップの大声にその人は肩を竦ませた。驚いて振り返って見せたその表情に、意地悪くも楽しさを感じる。


「相変わらず驚かせるのね……いらっしゃい、びっくりしちゃったわ」


 部屋着に長い髪を纏め、その口調はゆったりと落ち着いている。老けているとも若いとも言い難く、しかし優しさを感じる女性がそこに居た。


 マッチポップはにっこりと笑い、そのテーブルに買った荷物を置く。何故か右手の平をミザリスに見せた。


「病人の、血流加速、長生きだ」

「100点」

「やったー♪」


 満点花丸合格だああ! マッチポップは心の底から喜んでいた。


 受配ギルド『運び屋』に所属するマッチポップは現在仕事の真っ只中であった。このミザリスという女性の依頼で物を買い込み、そして家まで直接直送の配達に向かう。定期依頼なのでミザリスとも顔馴染みと言った関係である。


 フューエルトベロスの効果上、マッチポップが1人で持てるという条件になってしまう為、こういった個人を相手に細々と配送する依頼を特に熟している。


「足の具合はどうですか?」


 食料品を取り出し所定の位置に置きながら、マッチポップはふと心配になりそう言った。


「今日は良い方ね。いつもありがとうね運び屋さん」

「いえいえ。これがお仕事でございますので。一度言ってみたいランキング1位」

「なんとなく分かるわね。粋のある言葉だものね……」


 マッチポップは彼女の足は病気であるとしか知らない。仕事の依頼として来ているので憚られるが、それがどういった病気なのか妙に気になり申し訳なくも口を開く。


「あまりこういう事を聞くのはあれですが、そのお病気は完治しないのですか?」

「うん。難しいみたい。腱が溶けちゃう病気なんだけど『欠損再生』のブレイブアートでも私の体質が原因で元の木阿弥になるって」


 特に嫌な顔をされず平然と語ってくれた事にマッチポップは安堵を覚える。


「うむむ……治療系の効果アイテムは極端に少ないですからね。変なブレイブアート持ちはいっぱいあるのに」

「今まで待ってきたんだからこれからも待ち続けるわ。それだけは得意だもの」


 ミザリスはそう言って微笑んだ。


 強い人だなぁ、私も頑張らなくっちゃ。気合いを新たにしたマッチポップは食料品を並び終え、ミザリスの前に立ち右手を敬礼する。


「困った事があればまた、運び屋にご連絡下さい。何時でも何処でもマッチポップちゃんは貴方の背後に!」

「それはちょっと怖いわね。でも、またね」


 最後まで優しげなその表情を見つめながらまた、マッチポップの視界は段々と移り変わる。


 今度もまた椅子に座る者の背後に現れた。お淑やかに姿勢正しいミザリスと違って、この目の前の男は背もたれに寄り掛かり両手を広げいびきをかいている。


 無機質な部屋は広く取られ、棚には写真を何枚も型に入れ置かれている。それ以外には来客用の椅子と机、花と水瓶くらいなものだ。


 頑張って依頼してきたのに。不貞腐れるようにマッチポップはそう思うと息を吸い上げた。そして……。


「寝るなあああああぁぁぁ!!」

「うわぁあ!? 何だい襲撃か爆撃かい!? ドドンドンパフパフ!!」


 男は大暴れしながら目が覚め、涎を垂らした口元を袖で拭い振り返り、しょぼつく瞳も擦り上げマッチポップと目が合った。


 白髪の混じる短髪は経た歳を思わせる。しかし顔付きは些か同年代よりも若く見られるのではないかと皺が薄い。


 グリーン帽は脱いで目の前の立派な机に畳まれていたが、その服装はマッチポップの物と相違無く、違いがあるとすれば胸に輝く金属のプレートが一枚あるだけだ。


 でもその一枚はかなり大きな差と言えるだろう。


 プレートに書かれたエネム・トールホワイトの文字。このだらしない男こそが運び屋の全権トップを司る長、リーダーなのである。


 マッチポップは不満気に腕を組んだ。


「きゃわきゃわの私が帰って来ただけです。わ、た、し、がががああ!! ぐるり回って幾星霜! してたのに!」

「あぁ……そうか、お帰り…………。飴ちゃん食べるかい?」


 生気なくそう言ってギルド長は机の引き出しから飴を取り出した。パンパンに飴が詰め込まれ隙間が無い状態には引く者もいるだろう。


「そんな物で気を引けると……? 大人になってしまったのです。マッチポップちゃんは」

「じゃあ僕が食べるよ。頂きの木、ザ・ミノル」

「捥ぐ!」

「あぁ、取られちゃった……」


 包装を解き口に放る。ミルク飴。マッチポップが最初に食べた頃から好きな味である。

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